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銀行マンからコンサルタント、そして推理作家となった池井戸潤

2006-04-04 06:01:29 | Weblog
銀行マンからコンサルタント、そして推理作家となった池井戸潤

銀行出身の推理小説作家池井戸潤(いけいど・じゅん)が、ちょっと気になった。その理由は、本稿の最後に記したダイヤモンド社発行のPR誌「経」(二〇〇四年八月)に掲載されたエッセイを読んだから。早速、二〇〇四年八月に講談社文庫の一冊として刊行された『銀行狐』を購入してみた。私が最初に読んだ池井戸潤の作品が、この『銀行狐』である。『銀行狐』には、五篇の中篇が収録。何れも小説現代等の雑誌に一九九八年から二〇〇一年にかけて掲載されたもの。二〇〇一年に講談社から単行本として刊行されている。
今は、推理小説作家として知られる池井戸潤(いけいど・じゅん)。一九六三年に岐阜県で生まれ、一九九五年まで三菱銀行に勤務していた。この間、一貫して融資業務に携わる。銀行を辞めてからは、㈱プラネットサーブ代表取締役に就任、資金繰りを中心としたコンサルティング業務についていた。業務の傍ら、精力的に著作に取り組む。例えば、次のようなタイトルの本を書いている。

『お金を借りる会社の心得』一九九六年・中経出版
『銀行融資をうまく引き出す法』一九九六年・日本実業出版社
『会社の格付』一九九七年・中経出版
『シティバンクの経営戦略』一九九八年・近代セールス社
『貸し渋りに勝つ 銀行借入はこうする』一九九八年・日本実業出版社
『図解 これだけ覚える融資の基礎知識』一九九九年・近代セールス社

上記六冊の著作の多くは借りる側の立場から書かれている。一方、最後の『図解 これだけ覚える融資の基礎知識』は、銀行の融資担当者の入門書。すなわち、貸す側の立場から書かれている。目次を見ていて、「社内ウォッチングの方法」という見出しが気になった。そこには、ウォッチングのポイントとして「トイレ、階段、予定表」等と書いてある。これらは融資の現場で綿々と語り継がれていることの由。例えば、トイレの掃除は社内モラールを写す鏡であり、階段に積まれたダンボールは返品によるデッドストックではないかと疑う。営業用黒板(予定表)には受注状況がリアルタイムに反映されているというのだ。

池井戸潤は、銀行を舞台にした推理小説『果つる底なき』(講談社)で第四十四回江戸川乱歩賞を受賞した。これが一九九八年のこと。授賞式は同年九月に帝国ホテルで行われた。これがコンサルタントから作家への重要なターニングポイントとなる。池井戸潤は、『銀行総務特命』(講談社)、『MIST』(双葉社)、『仇敵』(実業之日本社)、『BT’63』(朝日新聞社)、『株価暴落』(文藝春秋)など多数の作品を次々と発表していった。江戸川乱歩賞の歴史は古い。まだ江戸川乱歩(一八九四-一九六五)が存命中の一九五四年に創設されている。この年、江戸川乱歩は還暦記念として日本探偵作家クラブ(日本推理小説作家クラブの前身)百万円の寄付をした。これを基金として翌一九五五年に第一回の江戸川乱歩賞受賞者が決まった。第一回は、中島河太郎『探偵小説辞典』、第二回はポケットミステリーを出版した早川書房が受賞する。三回目以降は書き下ろしの長編作品を募集、その最高作品に江戸川乱歩賞を贈るという方法に改められた。これまで、仁木悦子(第三回)、多岐川恭(第四回)、陳瞬臣(第七回)、森村誠一(第十五回)等が江戸川乱歩賞を受賞している。ちなみに、『果つる底なき』は、東京・渋谷にある銀行(小説では二都銀行)が舞台。東急プラザ、道玄坂、松涛、富ヶ谷、南平台。このように渋谷とその周辺の地名が頻出する作品だ。待ち合わせの場所として渋谷駅のモアイの像が出てきたりする。銀行の業務用として使用するのが古い三菱ミニカである。このあたりの叙述は元三菱銀行員だった池井戸潤の体験がそのまま反映して要に見え、リアリティを感じる。『果つる底なき』には柳葉朔太郎という名前の経営者が出てくる。柳葉朔太郎に関して、後に池井戸潤は「社長、ごめん」というタイトルで短い文を「新刊ニュース」(二〇〇四年八月)に寄稿している。以下は、その抄録。
                   ○
 柳葉朔太郎に謝らなければならない。『果つる底なき』の登場人物である柳葉朔太郎だ。
 実はこの人物にはモデルがいる。私が銀行員時代、大変かわいがってくれた取引先の社長だ。その後、不幸にもある会社の倒産事件に巻き込まれ、血も涙もない銀行の債権回収にさらされた悲劇の経営者である。
 私は融資の担当者としてこの事件の一部始終を目撃し、これをベースにしてミステリ小説を書いた。それが『果つる底なき』だった。
(中略)
 魂のこもった小説を書きたい。
 銀行で働く人たち、その取引先の人たちの魂の叫びに耳を傾け、それを小説にしたい。銀行という特殊な職場だが、私が書いているのは、結局どんな世界でも共通した人間の営みであるはずだ―銀行ミステリから出発した作家としての私の興味は今、徐々にその枠組みを広げ続けている。
                    ○
池井戸潤が慶應義塾大学法学部を卒業、三菱銀行に入社したのは一九八八年のことである。人事面接で入行が決まったとき、「これで君は一生安泰だ」と、祝いの酒をおごってくれた先輩行員に真顔で言われた。その言葉を池井戸潤はいまだに覚えており、そのことを短いエッセイに書き残している。当時は、バブル経済華やかなりし頃。「これで君は一生安泰だ」という先輩行員の言葉は何の違和感もなく受け入れられたに違いない。それ以前でも銀行に就職が決まれば「一生安泰」。これが世間では信じられていた。池井戸潤は「いま自分が一生安泰だと思っている銀行員が何人いるだろうか。それほど当時の銀行というのは、危機感の欠片もない組織であり、いわゆる世間でいうエリート意識の塊のような組織であった」と発言している(ダイヤモンド社「経」二〇〇四年八月)。