百醜千拙草

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Funding mechanismの変化

2015-10-30 | Weblog
先日、アメリカのNIHで基礎的研究に資金を分配しているNIGMSのディレクターの話を聞く機会がありました。NIGMSの年間予算は約$3 billion、NIH総予算の約1/10、4番目に大きいNIH instituteです。アメリカのトップ基礎研究室の多くがここから資金を得ています。
アメリカでのNIHからの研究資金の大部分が、R (Research grant) シリーズというメカニズムで分配されますが、現在これらの資金は、プロジェクトベースで審査されて、採用、不採用が決められます。つまり、今後、数年にわたってやりたいプロジェクトを申請し、NIHはそのプロジェクトから期待される見返りとリスクを評価して、研究費を出すかどうかを判断するというやり方です。大抵の国での競争的な科学研究資金の分配は、プロジェクトベースだと思います。

しかし、NIHのサポートによる研究活動は税金で賄われる国家の活動ですから、税金を支払う方から見れば、これは投資です。すなわち、研究成果の少なくとも一部は、なんらかの形で社会に還元されることが期待されています。投資である以上、いかに少ないリスクで高いリターンを得るか、という視点から研究資金分配を考えるべきだという意見があるのは当然です。その観点から、プロジェクトベースでの審査で研究資金の配分を決めることが本当にリターンの最大化にベストの方法であるのかという疑問は以前からあります。

また、プロジェクトベースの資金配分は研究者にとっても不安定なものです。研究はそもそもserendipitiousなもので、道路工事などと違って、今後、数年間の計画という青写真を書けば、ほぼその通りに進んで期待される結果が出るというものではありません。むしろ、期待される結果が出ないことの方がはるかに多いでしょう。そうして、プロジェクトが行き詰まってしまった場合、プロジェクトベースの申請では、そのプロジェクトのリニューアルを申請してもおそらく通らないでしょう。半数以上の研究者が一本のグラントで全てを賄っているような現状で、もしもリニューアルができなければ、そこで研究室の縮小、閉鎖、廃業、ということに直結します。そういう恐怖が、研究をよりconservativeでゆえにリターンの少ないものにしていまう傾向を後押しします。

さて、投資という面から研究資金分配を見ると、ポートフォリオのdiversificationというのは投資の基礎です。研究においても、広く浅くばら撒いて、稀に驚くようなところから大ブレークする可能性のある所にも栄養を与えておくことは大切だと私も思います。過去のノーベル賞となったRNAiの発見にしてもiPSにしても、これらは超一流ラボが潤沢な資金で打ち上げたプロジェクトから生まれたものではなく、ごく小さな、プロジェクトとさえいえないような研究から生まれたものです。一方、ブルーチップに集中投資するやり方は、安全だが高リターンは望めないやりかただと思います。あいにく日本では「集中と選択」という短期的には良いかもしれないが、長期的に大きなリターンの見込めない投資方法を取っているように思います。巨大企業が身動きが取れなくなってあっという間に潰れてしまうのはよく見ることです。まして研究の世界では、彗星のように現れて、インパクトの高い仕事を連発し、彗星のように去っていく研究室を目のあたりにすることは日常茶飯事です。集中と選択では、このあたかも何もないところから突然出てくるハイインパクト研究の芽を摘んでしまうと思います。

それで、NIGMSやその他二、三のNIH institutionでは、新たにR35というメカニズムを試験的に採用することにしたそうです。すなわち、プロジェクトベースの資金配分ではなく、プログラムベース(研究者ベース)で資金を配分するということです。「Maximizing Investigators' Research Awards (MIRA)」と呼ばれるこのメカニズムは、研究者一人あたりの研究資金の上限を限定する一方で、その資金の使用にはかなりのフレキシビリティが認められ、またリニューアルに当たってはその継続性をできるだけ考慮するという点がユニークです。現在グラントを3本以上持っている研究室にとっては、むしろ資金は縮小されるのですが、そのプロジェクトベースの3本のグラントを維持するために費やされる(不必要な)時間や労力のことを考えると、その安定性は研究者にとってははうれしいものでしょう。また比較的自由に研究プロジェクトを変更できるので、研究者がより自由に研究を展開でき、それによってよりserendipitousな発見を促進するという点もあろうと思います。

もちろん、これは現在、そこそこ成功している一握りの人にとっては有利なプログラムと思います。若手や実績に少ない人々にどう対処していくのか、というところがまだまだわかりませんが、私は、よい試みだと思います。
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