百醜千拙草

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科学技術の進歩と欲

2015-10-09 | Weblog
George Churchが CRISPR/Cas9 をつかった遺伝子改変ブタを使ってヒト用の移植臓器を作る会社を作ったとの話。

Gene-editing record smashed in pigs

ブタ細胞のDNAに入り込んでいる多くのウイルスなどの有害遺伝子を潰して移植後の安全性を高めるのが目的のようです。
冒頭にGeneticistと紹介されていますが、この方はいつからGeneticistになったのでしょう。確か本人は自分をTechnologistと呼んでいたような気がしますが。
研究室はCRISPR/Cas9技術の開発トップグループの一つですし、最近はin situ sequencing技術の開発をしていたように思います。CRISPRの応用として臓器移植というのはナルホドとは思うのですが、ハードコアな基礎技術の開発をやっている研究室が、臨床応用を目指しての会社をつくるというのはちょっと驚きました。

このあたりの金と労働力がある大御所はドンドンと外へと分野を広げていきます。それで新しいものが生まれたりもします。分野の垣根を越えて発展するというのは科学技術においては喜ばしいことでしょう。

しかし、果たして、それが人類や地球というレベルにとっても良いことなのかどうか、私は、大学に入ったころから同じような疑問を持ち続けています。

科学技術の進歩は急速な産業化を進め、環境を凄まじい勢いで変えていっており、年間300種以上の生物が絶滅していっている一方で人間の人口は爆発的に増加しつつ、より多くの人々が高エネルギー消費型のライフスタイルを追求しようとしています。絶滅した種は戻らないし、破壊された環境も戻らない、われわれ人間は己の欲ゆえに、地球環境を破壊します。破壊することは作り上げることよりもはるかに簡単です。そして人間は自分たちが破壊したものを元に戻すことはほとんどの場合できないのです。結果、破壊した地球環境のために、生物学的な適応は間に合わず、遠からず多くの人間が飢えや新たな疾病に苦しむことになるのではないかと私は危惧しています。

最近では、洗顔料に含まれる5ミクロンぐらいのプラスティックの粒子が大量に海洋に存在して、プランクトンを捕食する生物に取り込まれたりすることで、海洋生態にかなりの悪影響を及ぼしているという話を聞きました。洗顔プラスティック粒子入りの魚をわれわれも食べていることでしょう。洗顔料に含まれるレベルの量でも無視できない量になるんだなあと思った次第です。

さて、CRIPRの応用についてですが、すでにヒトを含む哺乳類動物の遺伝子改変は実際になされておりますが、私が問題に思うのは、これらが、ほとんど「技術的にできるからやってみた」というカジュアルさで研究が行われいるように見えることです。最初に遺伝子組み換え技術ができたときの慎重さに比べると、倫理的問題、長期的影響などの議論があまりなされないまま、安易に進んでいる感があります。「核分裂が兵器や発電に使えそうなので、とりあえず原発や原爆をいっぱい作ってみた」という感じに近いのではないでしょうか。その結果が第二次大戦での大量の無差別殺人であり、福島、スリーマイルやチェルノブイリでの取り返しのつかない事故です。増え続ける核廃棄物で、そのリスクは年々大きくなるばかりです。CRISPRでいろんな遺伝子を潰すのは技術的には簡単です。遺伝子組み換え作物も同じです。しかし、そのconsequencesをわれわれは十分に知る能力がありません。

遺伝子組み換え作物にしてもその人工的な変異作物が野生種に入り込んでいるという報告もあります。その長期的影響がどのようなものか誰も知りません。ただ、目先のことしか人間は見ることができず、専門家であっても目先のデータからとりあえず大丈夫そうだ、というようなレベルの安全性の理解しかありません。

加えて、多くの科学技術は、多かれ少なかれ目先の利益を目指すことがモチベーションとなって進歩してきました。個人のレベルで言えば、研究の大義名分はいろいろあれど、論文を書きたい、ポジションやグラントを取りたい、有名になりたい、パテントをとって儲けたい、などの欲がその動機の根本にあることがほとんどでしょう。「苦しむ人を助けたい」という気持ちでさえ、皮肉な見方をすればその人個人の欲です。そういうのが悪いとは言いません、人間ですからエゴや欲があるのは当たり前です。しかし欲には際限がなく、欲は人間の目をくらませ、視野狭窄に陥らせて、ブレーキが効かなくなることもしばしばあります。(欲と言えば、話はずれますが、このニュースを聞いて、ため息がでました)

病気で苦しむ人にとっては、苦しみが取れるのであれば、豚の腎臓でも心臓でも移植して貰いたいと思うのは自然なことでしょう。事実、そういうことが技術的にできつつあるのですから。それは結局、ヒトと動物とのキメラを作るということになるわけです。私は必ずしも「脳」が人間であることを決める中枢であるとは思っておりませんので、ヒトと動物とのキメラをつくるというアイデアに抵抗があります。臓器移植後にドナーの人の性格もレシピエントに移植された、という話はよく聞きます。ならば、ブタの臓器移植後に性格もブタ化するかも知れません。(私は、今はヒトのキメラについてはこのように考えていますが、もちろん、私自身が心不全で毎日が苦しみの連続なのであれば、この意見は簡単に変わるかもしれません)

今日からしばらく学会に出かけてきますので、来週はじめはお休みします。ウチの学会も縮小気味で、最近は余り行ってよかったと思う経験が少なくなってきたような気がします。心臓関係はもっと悲惨だという話を聞きますが。そのうち神経科学系も縮小されていくのかなあ、と思いました。
ま、学会といってもグラントや研究のネタ探し、旧友や研究仲間との交流など、ま、私の個人的な欲を満たすためのものですが。
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