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労働関係:『雇用』を誰がどうやって保証するか?

2007-01-13 | 経営実務
昨日のエントリからの続き。「ホワイトカラー・エグゼンプション」の様々な議論を見ながら「労使関係」のあり方を考えていた時に、ふと「雇用というのは、誰がどのように担保する必要があるのか?」ということを考える必要があるのではないかと感じました。

まず、本日のエントリにおいては、「雇用の安定」について「雇用そのものの維持」「雇用が維持されなくなった状態における生活基盤の担保」「雇用が維持されなくなった状態からの回復
の3側面を誰が担うのかという観点から考えたいと思います。
戦後からバブル崩壊までの間におけるかつての日本では、雇用の安定の3側面の担い手は、
●「雇用そのものの維持」の担い手 ⇒ 雇用者たる企業(≒終身雇用)
●「雇用が維持されなくなった状態における生活基盤の担保」の担い手 ⇒ 国(≒失業保険)
●「雇用喪失状態からの回復」の担い手 ⇒ 主に国(≒職安)という時

という状況が長く長く続いてきました。同一企業における雇用の維持が原則ですので、労使関係も「ある企業で出来るだけ長く出来るだけ良い条件で勤める」とことを目指すものとなりました。これらは例えば「企業別に組織された労働組合」や「年功序列の賃金体系」、また「解雇権濫用法理(及びこれを織り込んだ労働基準法)」という形で具現化されてきました。

しかし、現在の日本においては、雇用維持・雇用喪失時の生活基盤担保・雇用回復の3つの役割については「大きなうねり」として変化を始めています。例えば「非正規雇用」の代表例とされる派遣社員という勤務形態では、「雇用そのものの維持」の担い手は主に派遣元企業(人材派遣会社)となります。仮に派遣先企業と派遣元企業の間で派遣契約が打ち切りとなったとしても、派遣元企業が適切な条件で適切な派遣先を紹介できれば問題ありません。また、「雇用喪失状態からの回復」についても派遣元企業が(自分たちの商売として)ある程度対応してくれますし、「別の派遣先に登録する」という形で対応することもできます。この点については「正社員」よりも充実しているといえるかもしれません。

ただ、現在の登録型派遣の場合には「雇用が維持されなくなった状態における生活基盤の担保」は、派遣社員の場合「雇用保険」に加入されない(又は出来ない)ケースが多々あることから、この部分のサポートは更なる拡充が必要と考えられます。したがって、雇用の安定を先ほどの3側面から見たときには
●「雇用そのものの維持」の担い手 ⇒ 雇用者たる派遣元企業(1社に限られない)
●「雇用が維持されなくなった状態における生活基盤の担保」の担い手 ⇒ 一部国(要改善)
●「雇用喪失状態からの回復」の担い手 ⇒ 主に人材派遣会社(+一部国)

という関係が成り立ちます。

ところで、「雇用の安定」と一口にいった場合でも、これが必ずしも「同一勤務先における雇用の維持」を直ちに指すものではありません。例えば、先の派遣社員の例で言えば、たとえ実際に勤務する派遣先が一定期間ごとに変わったとしても、継続的に派遣就業が行われていればこれは十分に「雇用の安定」が図られているといえます。したがって、「雇用の安定」を図るための方策としては「同一勤務先における雇用の維持」だけではなく、「雇用喪失状態からの早期回復(=すぐに次の職が見つかる環境)」もまた同じように重要であると考えられます。実際、正社員の場合には今でも「同一雇用先での雇用維持」が大前提となっていますが、派遣社員の場合にはどちらかといえば「雇用喪失状態からの早期回復」という点にもウエイトが置かれていると私は考えます。

では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」が仮に導入された場合はどうなるかを考えると、先のエントリでも少し触れましたが、経営者側からすれば「包括的な指揮命令権」を手放すわけですから、本音ベースでは「労働時間規制」だけではなくて「解雇」についても自由にしてくれといいたい部分があると考えられます。すなわち「ホワイトカラー・エグゼンプション」の対象者になるような人については、「同一勤務先における雇用の維持」について企業側に従来どおりの期待を求めるのが「そもそも筋が違う」といわれかねない部分を孕んでいます。(実際に、ヘッド・ハンティングにて高年収の部長クラスで採用された方が、その後の「能力不足を理由とした解雇」の効力を争った裁判で、解雇が有効とされた事例があります。)

こうなると、「ホワイトカラー・エグゼンプション」が本来の形で機能するためには、「いつでも会社を辞められる=辞めても次の職がすぐに見つかる環境」が求められると考えられます。このためには「労使共に活発なアクセスがある労働市場」が不可欠であり、労働市場が「雇用喪失状態からの早期回復」の担い手となる段階まで来る必要があります。

一方、「雇用喪失状態の間の生活基盤の確保」は、「自己保証」という形になります。とはいえ、自己保証を行うためには、その前段階として「将来の保証に当てられる程度に充実した報酬」が不可欠です。つまり、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の元で「高収入」が担保されなければならないのは「そうしなければ、設計上のバランスに欠く」ためであり、「残業代に対する見返りの担保」はごく一部の要素に過ぎないのです。。

したがって、「ホワイトカラー・エグゼンプションの下での雇用の安定」の担い手について、先の表現に合わせ考えると
●「雇用そのものの維持」の担い手 ⇒ 自己の選択(WCEを選択するか否かという意味で)
●「雇用が維持されなくなった状態における生活基盤の担保」の担い手 ⇒ WCEでの勤務先+自己選択(高報酬+自己ストックという形で)
●「雇用喪失状態からの回復」の担い手 ⇒ 労使双方から活発なアクセスがある労働市場
となると考えられます。このことからも、「ホワイトカラー・エグゼンプション」が(意図したかどうかは別として)「雇用関係の新たな選択肢」を志向していることが伺えると私は考えます。

本日の話で注意いただきたいのは「日本における労働組合は、過去から現在に至るまでの間、雇用の安定の担い手としての位置づけはされていない」という点です。日本の労働組合は「雇用環境・雇用条件の改善」において重要な役割を果たしてきましたが、こと「雇用そのものを維持する」ということにおいて「担い手に働きかける」ことはできても「自らが担い手になる」ことはありませんでした(厳密に言えば、組合費の積み立てによる少々の「生活保証」程度の範囲に収まっていた考えられます)。実際、不況に端を発した経営悪化に伴って「早期退職」や「整理解雇」となった労働者に対して、労働組合が「雇用の回復」に直接的な役割を果たしたという話しは残念ながら聞いたことがありません。

しかし、実際には労働組合の役割の中で最も重要なものが「雇用の担保」であり、労働組合はこの問題に対して最も「労働者の立場」でアグレッシブな対策を取れる能力を持っていると私は考えます。その中でも、事実上労働組合にのみ認められている「労働者供給事業」の活用は、人材派遣・パート・アルバイトといった『非正規雇用』と呼ばれる人たちの諸所の問題について、「解決の切り札」となる力すら持っていると私は考えます。もちろん、このためには「労働組合のあり方」そのものを変えなければなりませんが、この点については又別の機会に考えたいと思います。

昨日も参照した池田氏のブログの中で、「究極の雇用政策は、経済を活性化させること」という意見がありますが、これでは「パンが無ければ、お菓子を食べればいいじゃない?」という話しと同列です。そもそも雇用政策とは「何らかの要因で雇用環境が不安定になったときに、いかにして雇用を安定させるか」ということです。私の個人的な意見としては「環境変化に対して柔軟に対応を図る」ために複数のオプションを持った方が良いとは思いますが、もしかしたら「画一的なルール」の方が環境そのものをコントロールできるという発想があるかもしれません。しかし、いずれにしても「雇用のあり方」について触れるのが「雇用政策」であることには代わりがありません。「雇用」と「経済」は密接な結びつきがあるのは確かですが、「雇用政策」と「経済政策」はある面においては相互に独立して議論されるべきものであると私は考えます。

長くなりましたが本日はここまで。この問題は、引き続き考えていきたいと思います。


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2 コメント

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コメントありがとうございます (Swind)
2007-01-17 19:21:06
Azumino_Kaku様>
コメントありがとうございました。

私の立場としては、本質的には「プロのビジネスパーソン」への道を開き、「働き方の選択肢」を増やすこととなるWCE制度の導入自身は賛成です。ただし、これを「従来の日本的労使慣行」の中で運用してしまうと、賛成・反対以前の問題として恐らくうまく行かないだろうという考えです。

年収基準というのはあくまでも要件の一つに過ぎず、WCEを本来趣旨で動かしていくためのポイントとしては「(プロ契約としての)従業員の個別同意」と「不同意に対する(≒プロ契約を選択しないことに対する)現在及び将来にわたる不利益取り扱いの禁止」がきちんと行われることこそが重要だと考えます。

この「今までに無い労使関係」という選択肢を経営者・労働者(特に組合)が許容出来るか否か?という視点での議論が待たれると私は感じます。

またコメントをお寄せ頂ければ幸いですm(_ _)m
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ご意見に賛成します (Azumino_Kaku)
2007-01-16 18:11:59
はじめてコメントさせていただきます。
実はこの議論を、きちんと追っておりませんが
「働く者の権利をまもる」という方向性が見えない以上、各論はさておき、私個人は「WCE反対」です。

長期的なリスクを回避するために、短期的リスクを取るというのは理解できますが、結果として弱い方にしわ寄せがくるのは、世の常、歴史が証明しているところであります。
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