伝統工芸 桐たんす と ともに歩む

伝統工芸桐たんす屋
桐たんす 相徳 四代目のページです。
伝統工芸関連の情報交換の場になればいいと思います。

金物屋さんのご主人が

2004-10-24 11:50:38 | 桐たんす
先日 金物屋さんのご主人がお亡くなりになりました。
桐たんすの金物として 本当に専業の金物屋さん

長く闘病生活であったので 
その間奥さんを中心に 金物屋さんはしっかりと営業してきたわけだから
お亡くなりになったからといって
そのお店への影響は それほど大きくはないのでしょう。
その点は 安心です。

お亡くなりになったご主人は 体も大きい人で 気持も大きい人でした。
当社は 父の代から いろいろと お世話になり
変わったものを作らなければならないときには ずいぶんと相談させていただいています。
一肌脱いでいただいていたというところでしょうか。

今の天皇お即位のときの式典の時の 金具
あそこの先のあの金具 あれはうち という話もおうかがいしました。
いろいろなところで一肌脱いでいたのでしょう。

ご主人 比較的若くしてお亡くなりになられたのですが
非常に苦労人。
小学生のころから奉公に出されたということでした。
奉公先から学校に通っていた。
時代的な背景もあるのでしょうし 家庭の事情もあったのでしょう。
その多くを語るわけではないのですが とうより ほとんど話すことはなかったのですが

夏の熱い日の草むしりをさせられてて 
ボーっとしながら 本当につらいと思ったよね とか ぽつりぽつりと 
つらかったよね これからどうなるんだろうと クソッと 思ったよね あのころ とか
本当に 時々

で そうした時期を乗り越えて 努力して 独立して

クソッと 見てろよ という気持もあったのでしょう

いやぁ かあちゃんにも苦労させちゃったよね
ほんとは まずは かぁちゃん孝行しないといけないんだけどさ なかなかね
これがやっぱりそうもなかなか行かないんだよね とか また ポツリポツリと


苦労して 努力して 独立して 

男気のある人でした。苦労すること そのたいへんさを知っている人でしたので
それだけ 周りには暖かいところのある人でした。

そうした 苦労や 努力や 意地や そうしたことって
あまり 多くはかたらない
きいても まぁ 今となっちゃぁね とか言うばかりで
ほんとんどきく事はありませんでした。
断片的にほんとにすこしだけ・・・

ご家族の中や 社内ではともかく 
まわりには そうした思いが そうした思いで身についた知識や経験は
なかなか 継承されては行かないから
もうすこしいろいろ聞いておけばよかったんだけどは 残念です。

おしい方をなくしました



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