あるブログに、
浜昼顔がもう咲いた
との、記事がありました
草花にはあまり関心がない私です
が
「浜昼顔」と聞くと
一つの歌を思い出します
五木ひろしが歌う
「浜昼顔」
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演歌にはとんと興味はないのですが
この曲の作詞は
寺山修司
親の無い子のする恋は・・・♪
失恋の歌なのですが
寺山修司独特の孤独感が
切なく、心に沁みます
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寺山修司(呼び捨てゴメンナサイ)
といえば
1971年 映画「書を捨てよ街に出よう」
当時福岡市内に住み
ある学校へ通っていた私は
同じクラスの女の子と
授業を抜け出し
その映画を二人で観に行ったのです
津軽弁のセリフに加え
低いぼそぼそと話すセリフが
ほとんど聞き取れず
まえもって脚本を読んでいた私には
なんとか理解できたが
一緒に行ったY子ちゃんは
おそらく、何のことだかわからなかっただろう
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Y子ちゃんは
卒業後、郷里の大分県耶馬渓に戻り
設計事務所に勤めた
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一度中津で短い時間だが
逢う事ができた
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時々 電話でたわいも無いことを
話したりしていたが
ある日
結婚することになった
と彼女は言い出した
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それ以来、電話で話すこともなくなった
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私と同じ今年56歳
今どうしているだろう
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「浜昼顔」から思い出した
遠い昔の思い出です
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よろしかったら
クリッ区お願いいたします
彼女も甘酸っぱく思い出しておられるかも--。
泣いてますか・・・ゴメンナサイ!
耶馬溪! 近くですよ~中津で~?
益々近くなりました。
逢えたのですか・・・良かったですね~! =^-^=
心残りがあったら云ってください!
でも お嫁に行ったのね~あ~~。。。。
遠い昔私も中津で・・・・思い出有ります=^-^=
淡い恋をされていたんですね・・・・。
私もいつか、今の恋をtananobuさんのように思い出す日が来るんでしょうね・・・。
そうです! 「いちご白書をもう一度」のようでしょ!
当時の私は、肩までのロングヘアーで
無精ひげでした・・・・
昔を懐かしむとは、私も歳ですか・・・・・。
今回の絵は、趣を変えてみました
墨痕鮮やかに文字を書きたかったのですが
絵の具が見当たらず、中途半端な濃さになったのが、残念です
にゃん吉さんの中津での思い出は?・・・・
恋の思い出ですか?
耶馬溪・中津はよく行きますよ~
英彦山経由なら、耶馬渓まで1時間です
そのとおり!
ななままさんが生まれる、ずーっと前から生きてました(笑)
こんな記事をかいて、少し恥ずかしい気持ちです
いまさら恥ずかしがっても遅いですが(笑)
いい恋なら、思い出にしてはだめですよ
津軽弁はまた難しいと思います。
我々でも聞き取れません。(^^;)
昔なら、途絶えた時点でそれでオシマイだったでしょうが、今は、携帯にずーっとその番号が残ります。
今の若い人はその番号を引きづるのか、消去するのかが、分かれ目でしょうね。
津軽弁を生で聴いたことはありません
退職したら、北のほうへ気ままぶらぶらする予定です。