一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『リスボンに誘われて』 ……すべてを投げ出して旅に出たことありますか?……

2014年10月30日 | 映画
もう20年ほども昔のことである。
徒歩日本縦断の途中、
とある町の、とある銭湯に入った。
躰を洗い、大きな浴槽に浸かっていると、
地元の60代くらいのおじさんが話しかけてきた。
大きなザックを背負って銭湯に入ってきた、
日焼けした男に興味を持ったようだった。
私が、
「歩いて日本列島を縦断している」
と言うと、
おじさんは、
「俺もやってみたかったな~」
と過去形で残念そうに言ったのだった。
私が、
「今からでもできますよ。ただ歩くだけですから」
と言っても、
「いやいや、そんなに簡単にできるものじゃない」
と仰る。
「いやいや、歩くだけですから、簡単ですよ」
と私が応じても、聞く耳を持たない。
徒歩日本縦断の間、こんなやりとりが、各地で、幾度となくあった。
パックやツアーの旅行ならば誰にでもできるが、
たった一人ですべてを自分で計画して、
単独で数ヶ月に及ぶ旅に出るのは、
けっこう勇気が必要のようなのだ。
ましてや、妻子がいるのに、
会社を辞めて旅に出るとなると、やはり「誰しも」とならないらしい。
まあ、当たり前か……(笑)

「なぜ、徒歩日本縦断を思い立ったのか?」
それは、ある一冊の本との出逢いがあったからだ。
その本とは、
アラン・ブース著『ニッポン縦断日記』(東京書籍1988.10刊)。
会社からの帰り道、私は本書を書店で見つけ、買った。
そして、通勤電車の中で、数日かけて読了した。
本書を読んで、歩いて日本を縦断した男がいることを初めて知った。
それも日本人ではない外国の人が……。
とても面白く、何度も読み返しているうちに、
私の胸の内にとんでもない思いが芽生えた。
〈私も徒歩日本縦断というものをやってみたい!〉
妻と二人の子供がいる中年の平凡な会社員であった私にとっては、
それこそ、一大決心であった。
決意するまでには数年を要したが、
決意してからは、即実行に移した。
妻の承諾を得、
会社を辞め、
徒歩日本縦断の旅に出たのは、1995年の夏のことであった。

「定年退職後にやればいいじゃないか……」
と言う人もいたが、
定年まで待てなかった。
それに、定年の頃には、体力も落ち、感受性も鈍っていると思った。
まだ体力もあり、感受性も豊かな年齢の頃にやってみたかったのだ。
会社を辞めてから旅に出るのだから、
旅から帰ったときに再就職先があるかどうかも分らなかった。
そう簡単に見つかる筈もないし、
見つからなければ、なんでもやるつもりでいた。
そんなギリギリのヒリヒリするような感覚で旅をしたので、
徒歩日本縦断の旅は、生涯忘れることのできないものとなった。
これまで、あの旅を後悔したことはないし、
これからもすることはないだろう。
むしろ、われながら、
「よくぞやった」
との気持ちの方が強い。

そういえば、私の旅は、すべて、衝動的な「思いつき」だ。
だから、すべて単独行。ひとり旅。
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「富士山」も、
海抜0メートルから登る北アルプス「剱岳」も、
海抜0メートルから登る北アルプス「白馬岳」も、
海抜0メートルから登る「六甲全山縦走」も、
海抜0メートルから登る「雲仙普賢岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「屋久島・宮之浦岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「経ヶ岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「天山」も……
(タイトルをクリックするとレポが読めます)

先日、シアターシエマで、映画『リスボンに誘われて』を見て、
そんな私の旅のあれこれを思い出したのであるが、
この映画もまた、
衝動的に列車に飛び乗り、
スイスのベルンから、ポルトガルのリスボンへと、
旅をした男の物語である。

スイスのベルンの高校で、
古典文献学を教えるライムント・グレゴリウスは、
ラテン語とギリシア語に精通する、知性と教養に溢れた人物だ。
5年前に離婚してからは孤独な一人暮らし。
毎日が同じことの繰り返しだが、特に不満は無かった。
だが……
ある嵐の朝、学校へ向かう途中、
吊り橋から飛び降りようとした若い女性を助け、
彼女が残した1冊の本を手にした時から、
ライムントのすべてが変わる。


本に挟まれたリスボン行きの切符を届けようと駅へ走り、
衝動的に夜行列車に飛び乗ってしまうのだ。


車中で読んだ本に心を奪われた彼は、


リスボンに到着すると、作者のアマデウを訪ねる。
アマデウは留守だったが、彼の妹が在宅しており、
「この本はこの世に100冊しかない本だ」と告げる。


その後、
アマデウは実は若くして亡くなっていた……と知ったライムントは、
彼の親友や教師を訪ね歩く。
医者として関わったある事件、
危険な政治活動への参加、
親友を裏切るほどの情熱的な恋……
アマデウの素顔と謎を解き明かしていくライムント。
そしてついに、彼が本を著した本当の理由に辿り着くのだが……

この世に100冊しか存在しない本と出会い、
そこに綴られた一言一句に魂を揺さぶられた男は、
著者に会うために、リスボン行きの夜行列車に飛び乗る。
旅先で、著者の素顔と謎が明らかになるにつれて、
色彩に乏しかった男の人生も色鮮やかに輝いていく……
本好き、旅好きの私には、
堪えられない面白さを持った映画であった。

原作は、2004年に出版され、31カ国で翻訳、全世界で400万部を突破した、
パスカル・メルシエのベストセラー小説。


監督は、『ペレ』『愛の風景』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた、
名匠ビレ・アウグスト。

主人公のライムントには、『運命の逆転』でアカデミー賞を受賞した、
ジェレミー・アイアンズ。
『フランス軍中尉の女』(1981年)、『ダメージ』(1992年)、『愛と精霊の家』(1993年)、『ロリータ』(1997年)など、印象深い作品に多く出演しているが、
一般的には、『ダイ・ハード3』(1995年)での、
クールで冷酷な犯人役で記憶されている方が多いことと思う。
本作『リスボンに誘われて』では、
妻に「あなたといると退屈」と言われて離婚した過去を持つ、
冴えない中年男を好演していた。


その他、
『イングロリアス・バスターズ』のメラニー・ロラン、


『アメリカン・ハッスル』のジャック・ヒューストン、


『ヒトラー~最期の12日間~』のブルーノ・ガンツ、


『愛を読むひと』のレナ・オリン、


『スイミング・プール』のシャーロット・ランプリングなど、


欧州を代表する豪華実力派俳優陣が共演しているが、
その中でも、私が特に惹かれたのは、マルティナ・ゲデック。


『善き人のためのソナタ』(2007年日本公開)や、
『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(2009年日本公開)でも魅力的だったが、
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
本作でも、主人公に好意を寄せる女性を演じていて、実に魅力的だった。
彼女に再び逢えただけでも、この映画を見る価値はあったと思う。


坂道、石畳、路地裏、路面電車……
ポルトガルのリスボンは、
長崎県生まれの私としては、どこか懐かしさを感じさせる。
主人公と共に、美しいリスボンの街をさまよううちに、
映画を見ている鑑賞者も、旅をしている気分にさせられる。


ミステリー要素も加わっているので、
謎解きをしながら最後まで飽きずに楽しむことができる。
そして、最後には、胸をキュンとさせられる。
実に魅力的な映画なのである。


旅好き、
本好き、
そして映画好きのあなた、
(すべてを投げ出して旅に出るみたいに)
いますぐ映画館へ……


【蛇足】
徒歩日本縦断から帰ると、
友人知人は、私ではなく、徒歩日本縦断の旅を許した私の配偶者の方ばかりを褒めた。
「ダメ夫の旅を、よく許可したわね」と。
あまりに配偶者の方ばかり褒めるので、
「いつも家でテレビばかり観ているので、夫がいない方が楽だったんだよ」
と言うと、
「そもそも、タクさんと結婚したこと自体が彼女にとって冒険だったと思うの。それだけでも、タクさんよりずっとスゴイ!」
と、妙な褒め方をする。
それで、納得させられる自分もいる。(爆)
私の配偶者もかつてこう言ったことがある。
「あなたの奥さんが務まるのは私の他にいないわ」
と。
配偶者に感謝。

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