一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』……二人の天才に愛された女神……

2009年10月25日 | 映画
「一日中ずっと、昼も夜も、あなたを想います」

あなたは……
(キョロキョロしない! そう、あなたのことです)
あなたは、かつて、異性から、このような言葉を投げかけられたことがあるだろうか?
……たぶん、ないと思う。(オイオイ)
絶対に、ないと思う。(コラコラ)
もし、このような言葉を、好きな異性から贈られたら、たぶん、確実に、人生を踏み外すのではないだろうか……あなたなら……(ちょっとちょっと)

「子供の情景」や「トロイメライ」など後世に残る名曲を輩出した天才作曲家ロベルト・シューマンの妻クララは、14歳も年下のブラームスから、
「一日中ずっと、昼も夜も、あなたを想います」
との言葉を捧げられる。
だが、人生を踏み外さない。
ここが普通の女性とは違うところ。

このしっかり者のクララ・シューマンとは、どんな女性だったのか?
クラシック・ファンの間では有名だが、そうではない人にとってはそれほど馴染みのある名前とは言えないのではないだろうか?
本国ドイツでは、知らない人はいないくらい有名な女性で、ヨーロッパ共通通貨ユーロに統合される前のドイツマルク紙幣に、クララの肖像が使われていたほど。

【クララ・ヨゼフィーネ・シューマン】(1819年~1896年)
ドイツのピアニスト、作曲家。
ピアノ教師フリードリヒ・ヴィークの次女(長女は生後まもなく死亡)として生まれる。
19世紀に活躍した女流ピアニストであり、また作曲家ロベルト・シューマンの妻としても広く知られている。
プロデビューは9才。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会で、モーツァルト・ピアノ協奏曲のソリストを務め、当時のライプツィヒ、ザクセン王国のみならず、現在のドイツ全域に天才少女としてその名を知られるようになった。
以後、19世紀において最も人気を有する女流ピアニストとなった。
ピアニストとしてヨーロッパツアーを廻りながら(シューマンを経済の面でも支えていたといわれている)、妻として7人もの子供を育てている。
しかも、実は極めて優れた作曲家であり、多くのピアノ曲、ピアノ協奏曲、室内楽、歌曲を残している。
驚くべき女性なのだ。
しかも美しい!(コラコラ)


上の肖像画は、ちょっと美しすぎるくらい美しいので、今回の映画を見た人からは、クララを演じたマルティナ・ゲデックはミスキャストではないかとの声もあったようだが、クララの肖像画(写真?)は他にもあって、こちらの方がよりクララの実像に近いのではないかと思われる。


マルティナ・ゲデックも、こちらのクララにはよく似ていると思う。
7人もの子供を産み(っていうか常時妊娠中って感じではなかったろうか?)、育て、ピアニストとしてヨーロッパ各地を飛び回り、しかも作曲活動もこなす。
逞しい女性でありながら、ブラームスを虜にするような女性的な魅力も持っていた……とすれば、マルティナ・ゲデックは適役だったと思われる。


映画を見るまでは、「マルティナ・ゲデックではちょっと逞しすぎるかな」と、実は私も心配していた。
だがそれは杞憂であった。
むしろ、見終わった後では、このクララの役はマルティナ・ゲデック以外では考えられないと思ったほど。
彼女は実にうまく演じていた。
そしてすこぶる魅力的だった。
相手がマルティナ・ゲデックなら、私も人生を踏み外すかもしれないと思った。(コラコラ)


これまでもクララ・シューマンの生涯は、様々な形で劇化されている。
『愛の調べ』(1947年)
『哀愁のトロイメライ』(1983年)
という2本の楽聖映画が特に有名で、
クララ役を、それぞれ、キャサリン・ヘップバーンとナターシャ・キンスキーが演じている。
『愛の調べ』はクララの後半生を、
『哀愁のトロイメライ』は前半生を描いている。
今回の『クララ・シューマン 愛の協奏曲』では、どちらかというと後半生なのだが、夫妻とブラームスのやりとりに重点が置かれ、特に興味深い作品に仕上がっている。
クララ役は、先程紹介したようにマルティナ・ゲデック。
『善き人のためのソナタ』(2006年)で話題を集めた女優で、この作品でも素晴らしい演技をしている。


シューマン役は、名優パスカル・グレゴリー。
最近では『エディット・ピアフ ~愛の賛歌~』(2007年)が印象に残っている。
本作でも、シューマンに乗り移ったかのように、狂気を宿した天才を熱演している。


ブラームス役には、マリック・ジディ。
時にエキセントリックに、時にロマンティックに、クララを愛する美青年をひたむきに演じていて好感がもてた。


監督は、ブラームス家の末裔に当たるヘルマ・サンダース=ブラームス。
本作で、これまでタブーとされてきたクララ・シューマンとヨハネス・ブラームスの関係に大胆に切り込み、本国ドイツでは大きな反響を巻き起こしたとか。


全編に、三人の楽曲が流れ、音楽で会話しているような部分も多い。
登場順に紹介すると、
①ロベルト・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54~第1楽章
②ヨハネス・ブラームス:ピアノ・トリオ第1番 ロ長調Op.8~第2楽章
③ロベルト・シューマン:交響曲第3番 変ロ短調「ライン」Op.97~第1楽章、第2楽章
④ヨハネス・ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番 嬰へ短調Op.2~第1楽章
⑤ロベルト・シューマン:色とりどりの小品Op.99~第4曲「音楽帖第1番」
⑥ヨハネス・ブラームス:子守歌Op.49-4
⑦ロベルト・シューマン:ピアノ・ソナタ第1番 嬰へ短調Op.11~第1楽章
⑧ヨハネス・ブラームス:ハンガリー舞曲集~第5番 嬰へ短調
⑨ロベルト・シューマン:幻想小曲集 Op.12~第1曲「夕べに」
⑩クララ・シューマン: ロマンス・ヴァリエ(ピアノのためのロマンスと変奏)Op.3
⑪ロベルト・シューマン:クララ・ヴィークのロマンスによる即興曲
 (クララ・ヴィークの主題による10の即興曲)Op.5
⑫ヨハネス・ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調Op.15~第1楽章
冒頭にクララが演奏するロベルト・シューマンのピアノ協奏曲が流れ、
最後にクララが演奏するヨハネス・ブラームスのピアノ協奏曲が流れるというニクイ構成。

もしクララという女性がいなかったならば、シューマンもブラームスも存在しなかったと言われるほど、両天才に多大な影響を及ぼした美しくも逞しい女神。
シューマンの死後、ブラームスはクララに結婚を申し込んだが、クララは断ったとか。
でも、クララとブラームスは夫婦以上の強い絆で結ばれ、その関係は生涯続いたそうだ。
ブラームスは生涯独身を通し、クララが亡くなると、数ヶ月後にブラームスも後を追うように亡くなっている。
「愛」とは、かくも深きものなのである。
我々が「愛」だの「恋」だのと言っているのは、本当はまがい物かもしれない……
そう思わせるほど、クララとブラームスの愛は、私の心に染み入った。


佐賀では、10月17日(土)より10月30日(金)までシアター・シエマにて公開中。
長崎では、11月21日(土)より長崎セントラルにて公開予定。

おまけ①
予告編
おまけ②
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調Op.90~第3楽章

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