一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ロマンスドール』 ……蒼井優が魅力的なタナダユキ監督の最新作……

2020年02月02日 | 映画
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映画『ロマンスドール』を見たいと思った理由は、ふたつ。
ひとつは、私の好きな蒼井優が出演していること。
『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)に始まり、
『花とアリス』(2004年)
『ニライカナイからの手紙』(2005年)
などの主演作を経て、
『フラガール』(2006年)で魅力爆発。


その後、
『百万円と苦虫女』(2008年)
『洋菓子店コアンドル』(2011年)
『アズミ・ハルコは行方不明』(2016年)
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)
『長いお別れ』(2019年)
『宮本から君へ』(2019年)
などで、女優としての地位を確立してきた。
映画だけではなく、
舞台『アンチゴーヌ』(2018年、栗山民也演出)も観たことにより、
私の彼女へのファン度は何倍にも増した。
本当に素晴らしい女優である。
蒼井優が出演しているだけで、「見る価値あり」なのである。


『ロマンスドール』を見たいと思ったもうひとつの理由は、
監督がタナダユキであること。
蒼井優の主演作『百万円と苦虫女』(2008年)の監督として名を挙げ、


以降、
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『四十九日のレシピ』(2013年)
『ロマンス』(2015年)
などで、私たちを楽しませてくれている。


私の好きな蒼井優とタナダユキ監督が、
『百万円と苦虫女』以来、11年ぶりにタッグを組んだのが、
本作『ロマンスドール』なのである。


本来は、昨年(2019年)秋に公開予定であったのだが、
キャストのピエール瀧が麻薬取締法違反の容疑で逮捕、起訴されたため、
公開を延期していたのだ。
しかし、上映を希望する意見が多数寄せられたため、
2019年8月9日に、
「2020年正月第二弾」(2020年1月24日)での公開と、
「再撮影を行なわない」という方針を発表していた。
で、先日、ようやく見ることができたのである。



北村哲雄(高橋一生)は、
東京の美大の彫刻家を卒業後、しばらくフリーターをしていたが、
大学時代の先輩に紹介され、ラブドール製作工場(久保田商会)で働くことになる。


久保田商会には、
社長で、元警官の久保田薫(ピエール瀧)の他、
管理業務を担当している田代まりあ(渡辺えり)や、
ドール造形士の相川金次(きたろう)など、
気の好い仲間がいて、働きやすかった。


ある日、
ラブドールの胸の部分の不備を社長から指摘された哲雄と相川は、
よりリアルな胸を作るだめに、美術モデルを呼ぶことにする。
ラブドールの胸の型取りというと誰も来ない恐れがあるので、
医療用の胸の型取りと嘘をつき募集をする。
そして、やってきたが園子(蒼井優)だった。


最初はやる気満々であった相川であったが、
いざとなったらビビり、胸の型取りを哲雄に任せる。
恐る恐る型を取る哲雄であったが、
園子の美しさに一目惚れしてしまう。
忘れ物を届けるために園子を追いかけた哲雄は、
勢いに任せ、「好きです!」と告白してしまう。


やがて、付き合い始め、結婚した二人であったが、


哲雄は自分がラブドール職人であることを園子に隠し続けていた。


園子への嘘は、哲雄の心に重くのしかかり、
次第に帰宅の足も重くなっていく。
それでも、園子は、料理を作り、寝ないで待っている。


寝ないで待っていることが重荷になり、
哲雄は残業を重ね、


たまに早く帰ることができる日があっても、居酒屋で酒を呑み、


夜遅くに帰宅する。
そして、哲雄と園子は、次第にセックスレスになっていく。


そんなある日、園子は、
「実家の父の具合が良くないみたいだから、2、3日泊まってきます」
との置手紙を残して、いなくなっていた。
だが、園子の実家から、「園子と電話がつながらない」と電話があり、
園子の嘘が判明。
そして、数日後の夜、酔った状態で、男に送られて帰宅する。
怒る哲雄であったが、
園子から、
「私に隠していることない?」
と、逆に詰問される。


ラブドール職人であることを白状した哲雄は、
「他にもあるでしょう?」
という更なる問いに、
ゲームセンターで知り合ったひろ子(三浦透子)という若いOLと、
一度だけ浮気したことを白状する。


それを聞いて、園子は、
ずっと胸の中に抱えてきた秘密を哲雄に打ち明けるのだった……



ご存じの方も多いと思うが、
ラブドールとは、要するにダッチワイフのことで、
主に男性がセックスを擬似的に楽しむための実物の女性に近い形状の人形である。
ダッチワイフは、かつては、
ビニール製の浮き輪のような、空気を入れて膨らませる風船式であったが、
時代とともに、
ぬいぐるみ式、ウレタン製、ソフトビニール製、ラテックス製・シリコン製と変化し、
シリコン製などの高級ダッチワイフを、ラブドールと呼ぶようになった。


原作となる小説『ロマンスドール』は、
タナダユキ監督自身が2008 年に雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載し、
翌年刊行されたもので、(2009年2月刊行、2019年11月に文庫化)


発表から10年を経て、
監督自身の手で映画化したのが本作である。


刻々と本物に近づいていく人形と、
刻々と嘘くさくなっていく生身の人間……
夫がラブドール職人という型破りな設定と、
衝撃的な展開の中で、
愛にも仕事にも純粋な男女が強く惹かれ合い、
そして時間とともに変わっていく感情と関係を、
高橋一生と蒼井優が繊細に演じていて、感心させられた。


脚本を読んだ時、なんて絶望的な話だろうと思いました。幾重にも連なって、絶望が襲いかかってくる。一昨年の12月末から約1カ月撮影させていただきましたが、死にたくなりましたもん、悲しくて。(『キネマ旬報』2020年2月上旬号)

こう語るのは、哲雄を演じた高橋一生。
「誰かを好きになることは、自分の世界とはレイヤーの違う相手に惹かれること……」
と定義する高橋一生は、
さらに、こう続ける。

園子がいくら待てども、彼女が寝ない限り、哲雄は帰って来ない。それはもう、全く違う層に生きているということ。日常的にもよくあると思います。いつの間にか会わなくなった友人や、別れてしまった恋人など、同じ世界に生きているはずなのに、完全にレイヤーが変わってしまった感じが、夫婦間で起きている。一人でいるより二人でいる方が、後半の二人は孤独でした。(『キネマ旬報』2020年2月上旬号)

前半は、そのほとんどが哲雄の視点で描かれるので、
園子が日常生活で何をしているのかが判らない。
だが、その前半の、決して多くはない登場シーンで、
蒼井優は、
心の変化、
肉体の変化(ネタバレになるのでこれ以上言えないが……)を、
見事に表現する。
見る者に、
〈何かあるんじゃないか……〉
と思わせる。
その心の誘導の仕方が、
〈さすが蒼井優!〉
と叫びたくなるほど素晴らしかった。


私が園子を好きなのは、すごくいい奥さんで、いい子だけど、きちんとダメな部分があるというか、意外と大胆なところがある。タナダさんらしい人物像だなぁと思いますね。園子役はおもしろかった。体温が、あるようなないような感覚で演じられて楽しかったです。

私たち夫婦を通して、ご自身の普段を見る。人に対して伝えられていること、伝えられてない言葉とかが見つかっていく感じじゃないかなと思います。映画って、そういうものじゃないですか。私たちを通して見る…スクリーンって鏡みたいだと思うから。
(「ウォーカープラス」インタビューより)

蒼井優はこのように語っていたが、
本作を見て、
自分の人生や結婚生活を振り返ってみた人も多かったのではないかと考える。
長年一緒に暮らしていても、
お互いのことはなかなか解らないものだ。
二人の溝を何で埋めるのか?
その答えのひとつが本作であるような気がした。



主要キャストである高橋一生と蒼井優以外にも、
きたろう、


渡辺えり、


三浦透子など、


魅力的な俳優たちが共演しており、
なかでも
久保田商会の社長・久保田薫を演じたピエール瀧は素晴らしく、
その存在感は圧倒的であった。
代役を務める俳優は思いつかないし、
製作委員会とタナダユキ監督が下した、
「再撮影を行なわない」
という判断は、正解だったと思う。


ここ数年、
ネット上の過度な“芸能人叩”きが続いているが、
TVや雑誌なども“芸能人叩き”を煽っており、
日本中が異様な状態に陥っている。
法律を犯したならば、罰せられるのは当然だとしても、
その者が出演した映画には罪はない。
TVと違って映画は、映画館まで行って、お金を払って見るものだ。
見たくない者がいたら、見なければいい。
それだけの話だ。
最近は、法律を犯していなくても(モラルの問題のみで)叩かれる芸能人も多い。
マスメディアから叩かれ、一般人から叩かれ、
すべてを失うまで叩かれ続ける。
本当に可哀想でならない。
私にとっては、映画での演技がすべてで、
俳優たちの私生活にはまったく興味はない。
不倫しようが、素行が悪かろうが、一向にかまわない。
多少“問題あり”でも、映画での演技が良ければイイのである。
“おしどり夫婦”だの“清純派”などと言われて周囲から褒めそやされても、
演技が下手だったら、こちらの方が悲惨だ。
むしろ、多少“問題あり”でも、演技が上手く、存在感がある方が、何倍もイイ。
なので、
ピエール瀧、沢尻エリカ、東出昌大、唐田えりかには、
(いろんな意味で)本当に頑張ってもらいたい。
先日の初公判で、沢尻エリカ被告は、起訴された内容を認めたうえで、
「女優への復帰は考えていない」
と述べていたが、
私は、
「待っている」
と声をかけたい。
沢尻エリカに代わる女優はいなし、唯一無二の存在だからだ。
同様に、ピエール瀧にも東出昌大にも唐田えりかにも、
俳優を諦めてもらいたくない。
これらの経験が活きるのが俳優という仕事だからだ。

話がまたまた脱線してしまったが、(笑)
映画『ロマンスドール』は、かようにピエール瀧の存在が光っており、
素晴らしい作品だったということだ。
映画館で、ぜひぜひ。

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