キューバの馬車です。
船がキューバの港に着いたあと、私達はいつものように、グループで行く観光バスを見送り、ぶらぶらと町中を歩き始めました。歩くと、なにかが必ず待っているからです。
すると、私達がいつも自由行動しているのをどこか船中で聞いたのか、2グループ程知らん顔して少しあとから着いて来るのです。
少し町中を歩いていると観光客専用かと思われる馬車を見つけました。それをチャアターして、いろんな所を見て周って幾らぐらいか聞くと25ドルぐらいと言うのです。おそらく当時のレートで四千円ぐらいだったので、20ドルにサービスしてもらいました。無論、後をつけて来た人達も別の馬車に乗りました。老婆心なのか、20ドルぐらいで良いと伝えてあげようと思いましたが、辞めました。
いずれにしてもこれで、一人8千円も取る観光バスツアーのバスの中での詰まらない解説や、決まったコースを旗印につられて歩く旅からも解放されました。
公用語か外国語か知りませんが、馬車の業者は英語が通じたのであれこれ教えて貰いながら、私達はおもしろそうなところや店に止まって貰い、買い物や見学を楽しみました。
日本は第二次世界対戦でパナマ運河のこともあって相当な規模を射程に入れていたようで、キューバにも日本軍の残した高射砲や戦車の残骸があり、驚きました。
キューバで多いアメリカの古いオープンカーをレストアしたものです。
私の好きな古いアメリカのオープンカーがいたるところにあり、時々止まって念入りに見て回ったり、時間は瞬く間に過ぎました。
帰りにふっと想いついてブエノビスタ・ソシアルクラブという私の好きな南米音楽バンドを知っているかと、馬車の業者に聞くと、なんと知っていると言うのです。その上、今日そのバンドのライヴがあるというので再び驚き、どこであるのか?と聞くと、近くでというのでまたまた驚きました。そのライヴ会場は、なんと船が着岸しているごく近くの喫茶店のような小さなところでした。
そんな近くで彼等のセッションが聞ければ最高と思い、とにかく現地のお金の残りを全て出し、アイスコーヒーとサンドウィッチを食べれるか?と聞くと、笑いながら小銭のお釣りを出し、今日ブエナビスタのライヴあるか?と聞くと、あるというのでチケットの値段を聞くと、約500円ぐらいでした。
慌ててそのチケットをドルで買おうとすると「、OK、今夜7時からね!」というのです。何と、今夜7時は船の出航時間で、余りに遅れると荷物ごと全てを港にほおり出されて、置いて行かれる最も怖い事態になります。
私は泣く泣くライヴを諦めました。
キューバでは馬車やいろんな人がチップを要求しないところが、約20年前に来た時と全く異なっていました。
それは、教育のせいかと思います。
ゲバラは理想と理念の中で生き、カストロは政治と政策に生き続けている実態が、そのようなことでもよくわかります。
私はもともとキューバのフアンなのです。キューバのような小さい国が、独立を目指して、アメリカやソビエト、中国などと対等に渡り合っているからです。カストロの演説では自然資源だけに頼らず、人材資源を育て、医者も人材輸出しているとのことでした。20年ほどの間に、非常に人も国も成長発達したと思いました。
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