霊界の門 ・見えないものの力

霊界や因縁から、現在の自分をみつめ、「見えないものの力」を味方にしましょう。

咋鳥文様(さくちょうもんよう)

2013年04月02日 | 心霊現象
「さくちょうもよう」あるいは「さくちょうもんよう」と読みます。
新歌舞伎座のお披露目があり、あちこちのチャンネルで紹介されているその「中身」に、興味を抱いてみておりました。
私は旧歌舞伎座へは、数回行ってみましたが、比べようがないほど全てに気を留めていない事に、今更のように反省しています。
そこで4月2日からの興業とあって、本日はその話を少しばかり・・・。
今日の題材に書いたこの「咋鳥文様」って、何?となる。
TVの中では、簡単な説明があった。
奈良の正倉院に収められている品物で、この模様が見受けられる、と。
この縁起の良いといわれている鳥、つまり「咋鳥(さくちょう)」が枝をくわえて、4羽舞っている様を『新歌舞伎座』の玄関の絨毯(じゅうたん)の絵としてデザインされたもの、という。
画面で見る限り、私には覚えがない。
玄関の絨毯なんて、足を止めて見入る場所ではない。行く前から「是非見なさい」と念押しされていたら、きっと間違いなく記憶に留めただろうが、ほとんどの人は、靴で踏みつけて「座席」の方へと急ぐに決まっている。
そして、今般の新建築物に対する念の入った説明を聞いて、踏みつけられてよれよれにならないうちに、是非その文様の「咋鳥」にお目にかかりたいと、思う次第である。

検索したものを少し書き留めました。それによると・・・。
「咋鳥文様」とは、花枝をくわえる「花喰鳥」と、綬帯をくわえる「含綬鳥」の総称である。
花枝とは蓮華の花の枝のこと。綬帯とは、身分を示すための社会性と、道具を吊るす実用性。
とある。

本来は「正倉院」に行ってみれば、一目瞭然なのであろうが、毎日はやっていない。
それどころか、年に一回か二回くらいの「御開帳」?じゃないんですかねぇ。
だから庶民には、なじみがないとくる。
昔の偉い人、それも天皇の貴重な品とかが多いという理由もあるのだろうが、正倉院の名前は社会科で習ってかろうじて知っているが、その中身などとんとねぇ、・・・という日本人が多いだろう。
その建物の中にはあの「蘭奢待」もある。(かってブログで書いたあの香木)
蘭奢待にしろ咋鳥模様にしろ、正倉院内に閉じ込められて日の目をみるのは、まず無いに等しい。
そんな代物を、庶民が知るわけもない。とまあ、やっかみ半分で「ならば、見てやれ!」となる
この真理状態に突かれて、いよいよ新歌舞伎座へと足が向く、とまあこういう寸法でしょうか。

シルクロードを渡ってたどり着いた品々が多いと聞く。
日本はその「シルクロード」の終着点となったらしい。
その品の数々は、当時と同じ光を放って我々の目にふれるという、この奇跡にまず驚く。ともすれば、もうとっくに形さえ無く、色さえも無いであろうその品々が、千年という時間の単位を越えて
この日本に残っている。
これからは、近いところでは「新歌舞伎座」の文様を見に行き、次には「正倉院」の御開帳を待って
千年の月日を偲びながら、あのシルクロードをも心に描けたら、今生の思い出としては大満足である。

TVでは、その他の観賞スポットを案内していたが、なんたって建物それ自体が目的ではない。
まず、歌舞伎を観賞することである。
料金が高いとか、センスが古いとかは言い訳であれば、一度今生の土産にお勧めする。
出来れば、彼ら「歌舞伎役者」の息づかいの聞こえる?、それがわかる場所がいい。
あの汗をみれば、息づかいを聞けば、「彼ら」が何を伝えようとしているか、何を残そうとしているかが、少しは分かる気がしてくる。
日本の伝統芸ではあろうが、分かりずらいのが難点だった事を、今度の新建築物は、近代の物を使ってお客を安心させる。
役者が語る台詞の意味や、場面の細かい案内や説明などが、座席の前のアプリケーションで、見ることが出来る。
正倉院の古いデザインの咋鳥もあれば、新式機械によるシステムも駆使されている。
そして「そこ」で演じ踊る「役者」は、過去を受け継ぎ「今」を現し、未来に継承する使命を誓って
舞台に立っている。

「新春初顔見せ興業」では、ほとんどの役者さんが短時間ではあるが、舞台を務める。
実にいいチャンスである。この「新春」を一度見ただけでも、「わたし、歌舞伎見たし、知ってるわよ~」と言いたくもなる。
多分私もそのたぐいであろう。(たねを明かせば、接待がほとんどであったが)


さてさて、今ころはもう「新歌舞伎座」にて、お披露目興業が行われているころだろうか?
この雨の日、玄関の絨毯の中で飛ぶ「咋鳥」は、少し濡れながらも鮮やかな色を保ちながら、私の
行く日を待っていてくれるだろう~。



1 コメント

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Unknown (mira1965)
2013-04-03 23:02:27
チャンスをいただいたと思い、正倉院について調べてみました。
正倉院にはすでに宝物は保存されておらず、宝庫とよばれる二つのお蔵に宝物が
保存されています。

毎年秋に、勅使を迎えて手や口を清めて6つの扉の鍵につけられた麻縄(勅封)を
はさみで切ります。これが、「開封の儀」です。昨年は、勅使を含め正倉院事務所長、
東大寺関係者ら17名程度が、この儀式に参加しました。
それから、学芸員らが立ち入り入念な調査が行われるわけです。その調査期間は、
約二ヶ月に及ぶといいます。その二ヶ月の間に二週間という短い正倉院展を行います。

正倉院展は、年一度です。
整理が済んでいる9000件程度の宝物のうちだいたい70件程度が、
奈良国立博物館で開催される正倉院展には出されます。
だから、一度いっただけではほんの少ししか見ることができません。
正直なところ元気で長生きをする必要があります。
また、毎年展示される宝物が変わるので、写真集などでみつけた憧れの宝物の
現物を鑑賞するために、何年も待つ必要があったりします。開催の期間の短さと
熱烈なリピーターが多いので非常に混み合います。

正倉院展がおわり、宝庫での調査も終えると、今度は「閉封の儀」が行われ再び
勅使をお迎えします。6つの扉を閉じて、鍵に麻縄(勅封)を巻き宝物は
次の秋の「開封の儀」までの眠りにつきます。
気がついていないだけかもしれませんが、報道されるのは、「開封の儀」のみの
ように思います。
宝物の写真は、宮内庁ホームページでもみられます。

まず、おすすめの歌舞伎座に行くことでしょうね。私も出かけてみたいと
思っていますが、知り合いとてなくテレビで眺めるばかりです。でも
あの明るく笑い声が響くロビーは、私のような孤独で暗いところがお似合いの人間には
場違いで正直気後れします。かなうならば、地獄の門の前でお会いする前に、
歌舞伎座でやまとなでしこ同士でお会いしたいものですね。

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