文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

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「抑止なき世界」は戦争を招く

2023年08月31日 11時49分05秒 | 全般

以下は25日に発売された月刊誌Willの巻頭に掲載されている、湯浅博の連載コラム「文明の不作法」からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
文中強調は私。

「抑止なき世界」は戦争を招く
フランスのエマニュエル・マクロン大統領が北京訪問中の四月、小欄は米国メディアとの会見内容にあきれて「黙れマクロン!」と叱ったことがある。 
台湾海峡の緊張の高まりを「我ら欧州の危機ではない」などと言い、日米豪による対中抑止の努力をぶち壊すようなヘマをした。  
幸いなことに君子と政治家は、袋叩きにあうとあっさり豹変する。
間もなく、このマクロン外交を振り付けした大統領府のエマニュエル・ボン外交顧問が、米国のアスペン安全保障フォーラムに登壇するとマクロンの前言をあっさりと撒回した。  
ボン顧問は「台湾危機の際には、責任をもってあなた方の側につく」と米国側に媚びるような姿勢に転じた。
「最も重要なことは、中国の行動を阻止することだ」と対中抑止の重要性を明確に語ったものだ。  
それに比べると自民党の麻生太郎副総裁はさすがで、伊達にボルサリーノを被っているわけではなかった。
マクロンとボンが崩しかけた対中抑止論を、あのしわがれ声で立て直したではないか。  
麻生は八月八日に台北市内で行った講演で、台湾防衛で「戦う覚悟」と「明確な意思による抑止力」の強烈なパンチを繰り出していた。 
麻生は日本、台湾、そして米国などの有志国が「強い抑止力を機能させる覚悟が求められている。それは戦う覚悟です」と語り、戦争をさせないための抑止力の重要性を語った。
「台湾有事は日本有事」であることを考えれば、いかに抑止力が決定的なものであるかが分かる。 
日本国内では逆に、その抑止論の足を引っ張り、または否定する偽善者がTVのワイドショーで「軽率のそしりを免れない」と訳知り顔に話す。
立憲民主党の幹部は中国の反発を先回りして、麻生発言に「許容範囲を超えている」と批判した。 
そういえば、静かな鎮魂の日のはずなのに、広島、長崎の被爆地からも政治的な発言が飛び出した。
広島市の松井一實市長が八月六日の平和宣言で「核抑止破綻論」と世界に発信していた。
従って、麻生発言は戦争回避には「抑止力」が欠かせないとの反論にもなっていた。 先の大戦末期に、広島と長崎に米国が投下した原子爆弾で、おびただしい命が奪われた。 
世界で核の脅威が高まる中、松井市長は平和記念式典で「核抑止論は破綻していることを直視する必要がある」と訴え、続く長崎市の鈴木史朗市長も「核抑止への依存からの脱却を勇気を持って決断すべき」と核兵器の廃絶を訴えた。 
むしろ、日本周辺の戦略環境は抑止力の必要性を高めている。
ロシアはユーラシア大陸の西で核の恫喝を続け、その東にはなお核戦力を増強する中国がある。
半島の付け根には、核開発に没頭する北朝鮮があって、かの大陸では「悪魔の跳梁」が止まらないのだ。 
原爆の悲惨さを世界に伝えることにより、核の恐怖の実相を知る人が増え、核兵器の使用のハードルが高くはなる。
しかし、仮にもロシアのプーチン大統領が「ウクライナヘの脅しは金輪際しない」と応じたとして、その口約束を信じることができるのだろうか。 
中国の習近平国家主席や北朝鮮の三代目が、松井発言に応じて「核廃絶」の理想主義を掲げたらどうだろう。
独裁制や民主制を問わずとも、政治指導者が国益を背に語る理想主義ほど怪しげなものはない。 
プーチンは「ウクライナ攻撃はしない」と確約しながら昨年二月に侵略を開始した。習近平は南シナ海の「人工島を軍事化しない」と当時のオバマ米大統領に約束しながら要塞化した。
北の三代目は長距離弾道ミサイルを人工衛星打ち上げのためのロケットだとうそぶいているではないか。 
あのオバマとても、「核なき世界」の演説でノーベル平和賞を受賞してしまうと、そこに至るまでの核抑止は否定できないと軌道修正している。
核の不使用への意識は高まっても、「核ゼロ」につながるほど現実世界は甘くないのだ。 
これら国際政治の現実を無視して「核抑止破綻論」を世界に訴え、「核の傘」からの離脱を日本政府に求めることは、逆に中国、ロシア、北朝鮮の枢軸国家を利することになる。
戦略的な有利性を与えれば、彼ら枢軸側が核による恫喝を高める誘惑に逆らえない。 核が廃絶されないから「核の傘」が必要になるのであって、その逆ではない。
当然ながら、岸田文雄首相が拡大抑止から離脱したとしても、核廃絶が進むものではないのだ。


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