以下は2021年2月11日に産経新聞出版から、中国の電撃侵略2021-2024,と題して出版された、門田隆将と石平の対談集からである。
現在の日本を代表する気鋭の評論家である御両名の最新著作である。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読である。
中国が隣国として存在している日本国民全員は今すぐに最寄りの書店に向かわなければならない。
彼らならではの中国についての世界最高レベルの真実の解明である。
世界の人たちには私が出来るだけ知らしめよう。
天安門事件と中国幻想
門田
問題は「どの時点で中国の本性に西側が気づけばよかったか」です。
現在の日本を代表する気鋭の評論家である御両名の最新著作である。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読である。
中国が隣国として存在している日本国民全員は今すぐに最寄りの書店に向かわなければならない。
彼らならではの中国についての世界最高レベルの真実の解明である。
世界の人たちには私が出来るだけ知らしめよう。
天安門事件と中国幻想
門田
問題は「どの時点で中国の本性に西側が気づけばよかったか」です。
私は1989年には気づく必要があったと思います。
89年の6.4「天安門事件」で胡耀邦・趙紫陽体制が崩壊して事件が起こり、中国が本性を現したわけですからね。
あの残忍な本性は、いくら経済発展しても変わらないと悟らなければならなかった。
しかし、日本の指導者もアメリカも欧州も「中国市場が大きくなったときには真っ先に儲けさせてもらわなければ……」と、中国の人権問題をほったらかしにして経済的利益のためにヒタ走ったのです。
これに対して、中国は感謝するどころか、92年2月25日には「領海法(中華人民共和国領海および接続水域法)」まで作って彼らの領土領海の中に尖閣諸島を入れ、「これは中国のものだ」と大いに主張を始めたわけです。
それなのに、日本はその8ヵ月後の10月23日には天皇陛下の訪中をしてしまいました。
「天皇訪中」によって、天安門事件で非難を浴びていた中国を国際仕会に復帰させたのが日本です。
当時、私は『週刊新潮』のデスクでしたので、宏池会の宮沢喜一政権で河野洋平氏や加藤紘一氏といった親中派の官房長官がいかに暗躍したかを知っています。
田中角栄の日中国交正常化のときの外務省の中国課長、橋本恕氏がこのときは中国大使。
気脈を通じた共産党幹部たちと組んで、天皇訪中を実現させたのです。
89年の天安門事件で”中国幻想゛は間違いだったと「答えが出た」のに、それでも中国共産党の側に立って、その利益のために動いた日本人と国際社会の罪ははかり知れませんよ。
石平
今、門田さんは89年以降、中国はもう本性を隠さなくなったと指摘されましたが、実はそこが非常に大きなポイントです。
もう隠す必要がないと彼らはわかったのですよ。
天安門事件の結果として、中国共産党内の「改革派」である趙紫陽一派が葬り去られました。
ここで重要なのは、胡耀邦や趙紫陽という「改革派」もしょせんは共産党の幹部であって、共産党の統治を維持する目的は鄧小平と変わりないということです。
彼ら「改革派」に「中国共産党を改革する」という意識はまったくありません。
しかし「改革派」は中国の現状を認識していた。
中国は徹底的に立ち後れていて、発展させるには西側と友好関係を結ぶ以外にないという認識です。
西側と交流し投資を呼び込むためには、ある程度、西側の価値観も受け入れるべきで、中国共産党独裁政権のやり方を多少、柔軟に変える必要があるということです。
しかし鄧小平たちはそれを許さず、結果的に天安門事件で「改革派」は葬り去られ、江沢民が抜擢された。
そうして江沢民政権が始まります。
皮肉なことに、ポスト天安門事件では趙紫陽より鄧小平の考え方が正しいと証明されました。
要するに「西側に迎合しなければ商売してもらえず中国が困ることになる」というのが趙紫陽たちの基本的な考え方だったわけです。
でもご心配はご無用」だった。
鄧小平が正しかったと証明したのは日本、そしてアメリカです。
天安門であれほど酷い弾圧をしたのに、西側は相変わらず寄ってくるわけですからね。
見事に「鄧小平理論」の正しさを証明してくれたのです。
特に日本は率先して制裁を解除し、「天皇訪中」を実現させ、中国を国際社会に復帰させた。
アメリカも共犯ですけれども。
門田
アメリカも「共犯」というより「主犯」に近いですね。
ブッシュとサッチャー、米英のトップ二人が中国共産党の本質をわかっていなかったということが様々な文書から明らかになっています。
89年の6.4「天安門事件」で胡耀邦・趙紫陽体制が崩壊して事件が起こり、中国が本性を現したわけですからね。
あの残忍な本性は、いくら経済発展しても変わらないと悟らなければならなかった。
しかし、日本の指導者もアメリカも欧州も「中国市場が大きくなったときには真っ先に儲けさせてもらわなければ……」と、中国の人権問題をほったらかしにして経済的利益のためにヒタ走ったのです。
これに対して、中国は感謝するどころか、92年2月25日には「領海法(中華人民共和国領海および接続水域法)」まで作って彼らの領土領海の中に尖閣諸島を入れ、「これは中国のものだ」と大いに主張を始めたわけです。
それなのに、日本はその8ヵ月後の10月23日には天皇陛下の訪中をしてしまいました。
「天皇訪中」によって、天安門事件で非難を浴びていた中国を国際仕会に復帰させたのが日本です。
当時、私は『週刊新潮』のデスクでしたので、宏池会の宮沢喜一政権で河野洋平氏や加藤紘一氏といった親中派の官房長官がいかに暗躍したかを知っています。
田中角栄の日中国交正常化のときの外務省の中国課長、橋本恕氏がこのときは中国大使。
気脈を通じた共産党幹部たちと組んで、天皇訪中を実現させたのです。
89年の天安門事件で”中国幻想゛は間違いだったと「答えが出た」のに、それでも中国共産党の側に立って、その利益のために動いた日本人と国際社会の罪ははかり知れませんよ。
石平
今、門田さんは89年以降、中国はもう本性を隠さなくなったと指摘されましたが、実はそこが非常に大きなポイントです。
もう隠す必要がないと彼らはわかったのですよ。
天安門事件の結果として、中国共産党内の「改革派」である趙紫陽一派が葬り去られました。
ここで重要なのは、胡耀邦や趙紫陽という「改革派」もしょせんは共産党の幹部であって、共産党の統治を維持する目的は鄧小平と変わりないということです。
彼ら「改革派」に「中国共産党を改革する」という意識はまったくありません。
しかし「改革派」は中国の現状を認識していた。
中国は徹底的に立ち後れていて、発展させるには西側と友好関係を結ぶ以外にないという認識です。
西側と交流し投資を呼び込むためには、ある程度、西側の価値観も受け入れるべきで、中国共産党独裁政権のやり方を多少、柔軟に変える必要があるということです。
しかし鄧小平たちはそれを許さず、結果的に天安門事件で「改革派」は葬り去られ、江沢民が抜擢された。
そうして江沢民政権が始まります。
皮肉なことに、ポスト天安門事件では趙紫陽より鄧小平の考え方が正しいと証明されました。
要するに「西側に迎合しなければ商売してもらえず中国が困ることになる」というのが趙紫陽たちの基本的な考え方だったわけです。
でもご心配はご無用」だった。
鄧小平が正しかったと証明したのは日本、そしてアメリカです。
天安門であれほど酷い弾圧をしたのに、西側は相変わらず寄ってくるわけですからね。
見事に「鄧小平理論」の正しさを証明してくれたのです。
特に日本は率先して制裁を解除し、「天皇訪中」を実現させ、中国を国際社会に復帰させた。
アメリカも共犯ですけれども。
門田
アメリカも「共犯」というより「主犯」に近いですね。
ブッシュとサッチャー、米英のトップ二人が中国共産党の本質をわかっていなかったということが様々な文書から明らかになっています。
独裁に自信を持った理由
石平
アメリカは日本の動きを喜んでいたのですよ。
日本が率先して中国と関係を修復すればアメリカもやりやすくなります。
結果として、天安門事件以降の中国共産党は完全に自信をつけました。
だから天安門事件以降、「社会主義市場経済」という概念を持ち出した。
彼らが自信をつけた証拠です。
「社会主義」とは一党独裁のことです。
つまり、一党独裁を堅持しながら経済を発展させることができると考えたわけです。
西側はどうせおカネを持ってくるのだから、一党独裁と経済成長には何の矛盾もない。
逆に経済の成長が一党独裁を補強する、と。
ということで1990年代は中国共産党にとって万々歳になりました。国内では弾圧をやりたい放題。
少数民族に対しても弾圧し放題。
西側はそれにほとんど口出しをしないか、多少口にしても実際には何の行動も起こさない。
何も言わずに中国と商売をする。
つまり、中国は国内で独裁をやりながら、西側から自分たちの欲しいものを何でも取ってくることができたのです。
いや、取らなくても勝手に西側が持ってくる始末。
そういう中国にとって、共産党の独裁は”ハッピー”以外の何ものでもないですよ。
国内では独裁だから、もちろん誰からも妨害されない。
あらゆる反対意見を封殺できる。
この路線の極めつきが今の習近平政権です。
「われわれの制度的優越性」「われわれの文化の優越性」を赤裸々に語り、「われわれはすべて西側より優れている」としています。
西側を“上から目線”で見下ろして、その一方で欲しいものは何でも盗む。技術もおカネも取る。
とうとう情報を隠蔽してウイルスをばらまき、それで苦しむ西側を、高みの見物する余裕すら出てきています。
門田
「習近平の中国」にとっていちばんのターゲットであったトランプ政権は、実際にコロナによって大きなダメージを受け、盤石だった選挙戦に敗れてしまった。
もちろん、不正による得票の操作を含めての意味ですが……。
アメリカの新型コロナウイルスによる死者数は、2020年末、ついに第二次世界大戦の戦死者数を上まわりました。
中国の新型コロナウイルスがついに最大ターゲットを叩きつぶしてしまったわけですから、歴史の岐路として何百年経とうと世界史に残る大事件として刻印されます。
この稿続く。
石平
アメリカは日本の動きを喜んでいたのですよ。
日本が率先して中国と関係を修復すればアメリカもやりやすくなります。
結果として、天安門事件以降の中国共産党は完全に自信をつけました。
だから天安門事件以降、「社会主義市場経済」という概念を持ち出した。
彼らが自信をつけた証拠です。
「社会主義」とは一党独裁のことです。
つまり、一党独裁を堅持しながら経済を発展させることができると考えたわけです。
西側はどうせおカネを持ってくるのだから、一党独裁と経済成長には何の矛盾もない。
逆に経済の成長が一党独裁を補強する、と。
ということで1990年代は中国共産党にとって万々歳になりました。国内では弾圧をやりたい放題。
少数民族に対しても弾圧し放題。
西側はそれにほとんど口出しをしないか、多少口にしても実際には何の行動も起こさない。
何も言わずに中国と商売をする。
つまり、中国は国内で独裁をやりながら、西側から自分たちの欲しいものを何でも取ってくることができたのです。
いや、取らなくても勝手に西側が持ってくる始末。
そういう中国にとって、共産党の独裁は”ハッピー”以外の何ものでもないですよ。
国内では独裁だから、もちろん誰からも妨害されない。
あらゆる反対意見を封殺できる。
この路線の極めつきが今の習近平政権です。
「われわれの制度的優越性」「われわれの文化の優越性」を赤裸々に語り、「われわれはすべて西側より優れている」としています。
西側を“上から目線”で見下ろして、その一方で欲しいものは何でも盗む。技術もおカネも取る。
とうとう情報を隠蔽してウイルスをばらまき、それで苦しむ西側を、高みの見物する余裕すら出てきています。
門田
「習近平の中国」にとっていちばんのターゲットであったトランプ政権は、実際にコロナによって大きなダメージを受け、盤石だった選挙戦に敗れてしまった。
もちろん、不正による得票の操作を含めての意味ですが……。
アメリカの新型コロナウイルスによる死者数は、2020年末、ついに第二次世界大戦の戦死者数を上まわりました。
中国の新型コロナウイルスがついに最大ターゲットを叩きつぶしてしまったわけですから、歴史の岐路として何百年経とうと世界史に残る大事件として刻印されます。
この稿続く。
