辛うじて残している本棚の類の場所から、買った記憶のない本が出て来た…信長 秋山駿 …黒字は芥川。
…前略 しかし、この独創的な男は、同時に、もっとも不思議な、もっとも不可解な男であった。どういう性情の人間なのか、何をどう生きようとしたのか、さっぱり明らかにならぬ。到る処で暗い。独創とは、本来そういうものかも知れぬ。単なる理解をきっぱりと拒否している。
どだい、言葉が、無い。言葉は人間の証である。信長の発した言葉を、われわれは大して知らない。「であるか」とか「是非に及ばず」といった類のものばかりである。人の天才性を顕わすもの、言葉を鞭のように使って、一閃現実の難局を切り拓く名文句とか、ふと内部の深層を垣間見せる隠された爪のような小さな言動、そういうものが見当らぬ。
…後略
秋山駿は、今は誰も知らないと思うが、一時代を築いた文芸評論家だったはず。