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文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

光と影、二つのイギリスの物語…5・4/11号、ニューズ・ウィークから。

2011年05月01日 07時37分31秒 | 日記
…前文略。

過去30年で製造業は消滅
 
それでも、最近の莫大な財政赤字と公共事業の大幅削減に頼った景気回復策ほど、イギリス人にイギリス人らしさを失わせる政策は過去に例がない。
ウィリアムの両親であるチャールズ皇太子とダイアナ妃が結婚した81年、イギリスの状況はエリザベス女王が戴冠した53年と大して変わっていなかった。
 
ロイヤルカップルをひと目見ようと、結婚式が執り行われたセントポール寺院からバッキンガム宮殿までの沿道は、数え切れないほどの群衆で埋め尽くされていた(その大部分は白人だった)。
 彼らの愛国心は実に素直なものだった。第二次大戦後に人気を博したコメディー映画や、ロンドン大空襲を描いた映画に登場するような、ビールを飲めば歌いだすような陽気な人々だ。彼らはたいてい郊外に住んでいて、大きなイベントがあるとロンドンに見物にやって来るー。
 
今では首をかしげるようなことも、当時は当然と見なされた。チャールズとダイアナが王室専用列車でハネムーンに出掛けたときも、たった2人の「客」を乗せた王室所有船ブリタニア号が220人の船員と20人の将校を乗せて地中海をクルーズしたときも、問題視する人はいなかった。
 
そんな贅沢は21世紀の到来とともに終わった。今ではブリタニア号は博物館となり、王室列車はほとんど使われていない。
 
実体経済の変化はもっと大きかった。チャールズとダイアナが結婚したとき、イギリスには炭鉱労働者が25万人いて、造船業も健在だった。鉄鋼や自動車、菓子、衣服、ビールを製造する工場もあった。それが今は炭鉱業と造船業、それに繊維業は消滅したと言っていい。
 
生き残った産業もほとんどが外国資本の傘下に入った。81年当時、イギリスの板チョコがスイスかアメリカの会社によって製造されることになるなんて誰が想像しただろう。ロンドンの水道はドイツ、電力はフランス企業が供給し、イギリスの製鋼所の未来はムンバイやバンコクの会社に握られるなんて……。
 
とはいえ、81年がイギリスの黄金時代だったわけではない。チャールズとダイアナの結婚式は、社会の分断と不穏に苦しむ国にとっての、いっときの安堵と気晴らしでもあった。

…中略。
  
オーストラリアでなら共和制支持者が騒がしいデモを起こすのを見慣れているが、イギリスで王室のメンバーがイギリス人の暴徒に襲撃されたのは18世紀以来のことだ。

…後略。

怒号の中で との小見出しで以下の写真が掲載されていた。

劇場に行く途中でチャールズ皇太子夫妻の乗った車は大学授業料値上げに反対する学生デモ隊に取り囲まれた(2010年12月9日)


イアン・ジャック(ジャーナリスト)さんの記事から、抜粋。

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