以下は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之が2020/12/31に出版した最新刊からである。
日本国民全員のみならず世界中の人たちが必読である。
特に、朝日新聞という自分達の国を世界に向かって貶める事に快感をもっているだけではなく、その為なら、どんな捏造でも行う、先進諸国の何処にもない愚劣な新聞で生計を立てている人間達と、これを購読している人間達。
わけても、ドイツに学べ、と言って来た所謂学者達。
この新聞の反日記事を利用して反日記事を書き続けて来た南ドイツ新聞で生計を立てている人間達。
この新聞等を購読し、毎年、年末に、ジョン・ラーベが捏造した南京大虐殺物語を、恒例行事として放映しているテレビ局で生計を立てている人間達、
結果として、反日思想を持っているというドイツ国民の約半数。
米国の、韓国の代理人であるアレクシス・ダデン等の学者と称する人間達は必読である。
世界最高の本であると言っても過言ではない。
日本国民全員のみならず世界中の人たちが必読である。
特に、朝日新聞という自分達の国を世界に向かって貶める事に快感をもっているだけではなく、その為なら、どんな捏造でも行う、先進諸国の何処にもない愚劣な新聞で生計を立てている人間達と、これを購読している人間達。
わけても、ドイツに学べ、と言って来た所謂学者達。
この新聞の反日記事を利用して反日記事を書き続けて来た南ドイツ新聞で生計を立てている人間達。
この新聞等を購読し、毎年、年末に、ジョン・ラーベが捏造した南京大虐殺物語を、恒例行事として放映しているテレビ局で生計を立てている人間達、
結果として、反日思想を持っているというドイツ国民の約半数。
米国の、韓国の代理人であるアレクシス・ダデン等の学者と称する人間達は必読である。
世界最高の本であると言っても過言ではない。
中国の言うことをそのまま報じるのが報道なのか
朝日新聞記者の清田治史が詐話師吉田清治と巡り合ったのがもう30年以上前。
以後、吉田の話が嘘だと知りつつ、だから裹も取らず、その嘘の上に嘘を重ねて暮らした。
ために「日本軍は20万人朝鮮人女性を強制連行して性の奴隷にした」嘘が世界に広がり、韓国人の多い米国では在留邦人への執拗で悪質な嫌がらせが続いている。
あの民族性だ、死人が出るのも時間の問題になって、当時の朝日新聞社長、木村伊量がやっとのこと吉田清治の話は嘘でした、記事も削除しましたと言った。
今後起きるだろう邦人殺傷事件の責任はもう朝日にはありませんという意味だ。
でも日本人はそう受け取らない。
社長が謝った。
当然、朝日は偽りに満ちた国連報告書を出したクマラスワミや、教科書に「天皇の贈り物20万の性奴隷」を載せる米マグロウヒル社を訪ねて訂正を頼んで、日本人の名誉を回復するとばかり思っていた。
しかしそんな気配はちっともないどころか、直接の責任者、杉浦信之は「慰安婦問題は朝日新聞の捏造だといういわれなき批判が起きています」「戦時下の性をどう考えるか。慰安婦問題はこうした今日的なテーマにもつながるのです」(14年8月5日)と奇妙な捨て台詞を残していった。
何を言いたいのか、2015年になってやっと分かってきた。
数研出版が今年度の高校教科書から吉田証言を基にした「慰安婦強制連行」を削ると朝日は「事実をなぜ削るのか」と社説(15年1月22日)で抗議した。
さらに在日支那人の班某が「山西省で日本軍に毎日のように強姦された5人の女性」を支援する会を立ち上げたと報じた。
班の話を裏づける証拠は示さない。
朝日が裏取りをした様子もない。
山西省と言えば終戦の後、2600人の日本兵が閭錫山の傭兵にされ、500人が殺された。
日本人関係者も多いのに、この人たちにも取材した様子もない。
支那人の言いっ放しを検証せずに載せる。
本多勝一がやり、清田治史がやって間違いを起こした。
それを反省して「多角的な取材をして」と渡辺雅隆新社長は約束したのではなかったのか。
朝日はその疑問に答えるつもりか、2015年7月2日付紙面ではっきり反省放棄を通告した。
「慰安所は軍の施設」の見出しで「従軍慰安婦はいた」と京大教授永井和に語らせたのだ。
かつて植村隆の嘘を補強するために朝日は中大の吉見義明に「軍が関与」を書かせた。
その焼き直し版だ。
中で永井は岡村寧次大将の「上海事変のときに二、三の強姦があった。長崎県知事に要請して慰安団を招き、強姦が止んだ」を引用し、慰安所は「軍の後方施設」であり、慰安婦の募集や渡航まで軍が関与したと語る。
この男も杉浦も「戦場の性」を知っているのだろうか。
例えば旧約聖書民数記でモーゼは戦争とは相手民族の淘汰にあるとしてその方法を詳述している。
その第一は種を持つ男は「たとえ赤ん坊でも殺せ」であり「男を知った女」つまり結婚した女は妊娠している可能性があるから「これも殺せ」。
だから妊婦は腹を割いて胎児を取り出して殺すのが形だった。
そして「男を知らぬ女は神がお前らにくださったもの。好きにするがいい」と民族の純血を汚すための強姦を勧める。
これが戦争の形だ。
モーゼの戦争論は現代も生きる。
戦場に出た米兵も韓国兵も略奪し強姦し、殺した。
毛沢東の支那はモンゴルに出てまず男を殺し、妊娠した女の「局所に手を突っ込んで胎児を引きだして殺した」「女の股間を荒縄でしごき性器を破壊した」(楊海英『墓標なき草原』)
しかし日本はキリスト教徒ではない。
旧約聖書とは違う戦争をした。
関ヶ原でも稲の収穫が終わるのを待って戦い、敵の姫君も犯さなかった。
徳川家光の母小督は落城した小谷城からお市の方とともに救われている。
戦場でも支那や米国と違って日本は強姦を許さなかった。
とはいえ戦場の生理は軍規を超えるときもある。
どう日本式の強姦しない戦争を守るか。
岡村寧次の言葉はそれを示したものだ。
永井も朝日もそういう日本人の心を知らない。
根性が悪いのか、実は日本人ではないからなのか、日本を貶めることに専念する。
朴槿恵に似た品性だ。
