総力特集「官邸迷走40日」の全行状。独占スクープ…4月28日号、週刊文春、続き。
十四日、水素爆発の悪夢が現実となる。菅首相は夜が明けるのももどかしいとばかりに、翌十五日の朝五時半に東京電力本店に乗り込み、マイク片手に顔を紅潮させて、こう叫んだ。「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事はなにも決まらないぞ! いったい何をやってるんだ!」
オペレーションルームに集まった東電の勝俣恒久会長や清水正孝社長以下、二百人を超える社員たちは、その剣幕にポカンとするばかりだった*芥川は、この部分を読んだ時には、もう笑うしかなかった*というが、皮肉なことに菅首相の言葉は、その後の首相官邸の混乱ぶりを予言していた。途中、徹夜の疲れから、別室で居眠りする場面もあり、菅首相が官邸に戻ったのは三時間半後のことだった。
この日の午後、田中真紀子氏、松木謙公氏、沓掛哲男氏など地元に原発を抱える民主党議員たちが、官邸に押しかけた。
「本当に二十キロ退避でいいんですか? 最初は五十キロなどに設定して、事態が安定したら、狭めていくべきではないか」
田中氏が問い詰めると、菅首相は「そんなことはわかっている! しかし五十キロだ、百キロだという話になると国の根幹が揺らぐんだ」と声を荒げた。さらに田中氏が「今、アメリカ人なんかは東京からどんどん逃げているんですよ!」と迫ると、ヤケクソ気味に、こう言い放った。「アメリカ人なんか、日本にI人もいなくなるでしょうな。場合によっては、列島から日本人が出て行かなきゃならなくなるかもしれない。そうならないように努力するということだ」
さらに菅首相はこうつけ加えたという。「チェルノブイリ以上になる可能性だってある」結果的に菅首相の〝見立て″は、正しかったわけだ。
が、その後の官邸の対応を振り返ると、「チェルノブイリ以上」の事態に見合ったものだとは、到底言い難い。
「象徴的なのは初期段階で米国の支援を断ったことです」(日米外交筋)
既に報じられている通り、菅首相は、米国政府からの冷却材の散布など支援の申し出を断っている。
「米軍が働くのを日本人は黙ってテレビで見ておけというのか。日本のことは、まずは自衛隊に頼む。それが国家というものだ」
菅首相は、断った理由を周囲にそう語っているというが、実はこのとき、米国側は重要な“忠告”を行なっている。
「原子炉を冷却するために『海水を使うべきではない』と指摘したんです。漏れたプルトニウムが、海水に含まれる天然の放射性物質と化学反応を起こして、放射線濃度がさらに高まる恐れがあった。それが今まさに問題となっている『汚染水』です」(前出・外交筋)
一方で、官邸には事故発生から間もなく、汚染水を出さずに原子炉を冷却する方法も、進言されていた。
「佐賀大学の元学長で五号機の復水器を設計した上原春男氏は、津波で故障した冷却装置の復旧は当分見込めないとして、外付けの熱交換機による原子炉冷却を
提案していました。この方法なら汚染水も出ないし、上原氏はそのための機器を確保して、菅首相に電話で説明したそうです」(別の官邸関係者)
ところがー。「今仰った装置は、どこにどう取り付けるんですか」「取り付けるとして、どこに穴を開けるんですか?」菅首相は、その電話で上原氏に次から次へと疑問を投げかけたのだという。
「菅首相は『きちっとしたことがわからないと判断できない』と言い訳していたようですが、この切迫した状況下、総理は大局的な判断をすることが大事で、技術的な細かい点は、専門家に任せればいい。一体、何をやってるんだ、と周囲も首を傾げていました」(同前)
だが結局、この案は判断されないまま放置されてしまう。そして四月四日、菅首相は、低濃度汚染水の海への放出を決断する。
「外務省では十六時から定例の外国大使館向けブリーフィングで『準備が整い次第放出』と説明しましたが、実際には十九時すぎには放出されていた。ブリーフに出席してなかった韓国やロシアに対する事前通告もなかった。韓国が『日本は無能』と罵倒するのも当然、という失態です」(同前)
…以下略。
十四日、水素爆発の悪夢が現実となる。菅首相は夜が明けるのももどかしいとばかりに、翌十五日の朝五時半に東京電力本店に乗り込み、マイク片手に顔を紅潮させて、こう叫んだ。「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事はなにも決まらないぞ! いったい何をやってるんだ!」
オペレーションルームに集まった東電の勝俣恒久会長や清水正孝社長以下、二百人を超える社員たちは、その剣幕にポカンとするばかりだった*芥川は、この部分を読んだ時には、もう笑うしかなかった*というが、皮肉なことに菅首相の言葉は、その後の首相官邸の混乱ぶりを予言していた。途中、徹夜の疲れから、別室で居眠りする場面もあり、菅首相が官邸に戻ったのは三時間半後のことだった。
この日の午後、田中真紀子氏、松木謙公氏、沓掛哲男氏など地元に原発を抱える民主党議員たちが、官邸に押しかけた。
「本当に二十キロ退避でいいんですか? 最初は五十キロなどに設定して、事態が安定したら、狭めていくべきではないか」
田中氏が問い詰めると、菅首相は「そんなことはわかっている! しかし五十キロだ、百キロだという話になると国の根幹が揺らぐんだ」と声を荒げた。さらに田中氏が「今、アメリカ人なんかは東京からどんどん逃げているんですよ!」と迫ると、ヤケクソ気味に、こう言い放った。「アメリカ人なんか、日本にI人もいなくなるでしょうな。場合によっては、列島から日本人が出て行かなきゃならなくなるかもしれない。そうならないように努力するということだ」
さらに菅首相はこうつけ加えたという。「チェルノブイリ以上になる可能性だってある」結果的に菅首相の〝見立て″は、正しかったわけだ。
が、その後の官邸の対応を振り返ると、「チェルノブイリ以上」の事態に見合ったものだとは、到底言い難い。
「象徴的なのは初期段階で米国の支援を断ったことです」(日米外交筋)
既に報じられている通り、菅首相は、米国政府からの冷却材の散布など支援の申し出を断っている。
「米軍が働くのを日本人は黙ってテレビで見ておけというのか。日本のことは、まずは自衛隊に頼む。それが国家というものだ」
菅首相は、断った理由を周囲にそう語っているというが、実はこのとき、米国側は重要な“忠告”を行なっている。
「原子炉を冷却するために『海水を使うべきではない』と指摘したんです。漏れたプルトニウムが、海水に含まれる天然の放射性物質と化学反応を起こして、放射線濃度がさらに高まる恐れがあった。それが今まさに問題となっている『汚染水』です」(前出・外交筋)
一方で、官邸には事故発生から間もなく、汚染水を出さずに原子炉を冷却する方法も、進言されていた。
「佐賀大学の元学長で五号機の復水器を設計した上原春男氏は、津波で故障した冷却装置の復旧は当分見込めないとして、外付けの熱交換機による原子炉冷却を
提案していました。この方法なら汚染水も出ないし、上原氏はそのための機器を確保して、菅首相に電話で説明したそうです」(別の官邸関係者)
ところがー。「今仰った装置は、どこにどう取り付けるんですか」「取り付けるとして、どこに穴を開けるんですか?」菅首相は、その電話で上原氏に次から次へと疑問を投げかけたのだという。
「菅首相は『きちっとしたことがわからないと判断できない』と言い訳していたようですが、この切迫した状況下、総理は大局的な判断をすることが大事で、技術的な細かい点は、専門家に任せればいい。一体、何をやってるんだ、と周囲も首を傾げていました」(同前)
だが結局、この案は判断されないまま放置されてしまう。そして四月四日、菅首相は、低濃度汚染水の海への放出を決断する。
「外務省では十六時から定例の外国大使館向けブリーフィングで『準備が整い次第放出』と説明しましたが、実際には十九時すぎには放出されていた。ブリーフに出席してなかった韓国やロシアに対する事前通告もなかった。韓国が『日本は無能』と罵倒するのも当然、という失態です」(同前)
…以下略。