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中国が「ピークパワーの罠」に陥っている以上、棍棒は手放せない。

2021年10月22日 17時17分21秒 | 全般

以下は今日の産経新聞に掲載された湯浅博の定期連載コラムからである。
彼も数少ない本物のジャーナリストの一人である。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
「ピークパワーの罠」に陥る中国
劇的な成長でピークを迎えた大国が、一転して減速に苦しむと、他国に攻撃的になることを「ピークパワーの罠」という。
この手の「罠」に陥ると、全体主義の為政者は、国内での反対意見を容赦なく弾圧し、対外的には排他的な影響力を行使して、経済的な勢いを取り戻そうとする。
それは、覇権国家が別の新興大国に置き換わる「パワーシフト」とは明らかに違う。
むしろ、ピークを迎えた新興大国それ自身が、差し迫った衰退によって引き起こされるとの分析だ。
いずれも念頭にあるのは中国である。
急速な台頭と衰退への恐怖 
同じ罠でも、ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が2つの大国が恐怖と敵意のスパイラルに陥ることを、「トゥキディデスの罠」として、米中関係を巧みに表現していた。 
紀元前5世紀に起きたアテネの台頭と、迎え撃つスパルタの恐怖が、避けることのできないペロポネソス戦争を引き起こしたと、古代の歴史家トゥキディデスは書いた。
なるほど、現役覇権国の米国が、台頭する新興大国の中国と戦争することが避けられなくなるとの前提は、徐々に現実昧を帯びてくる。
これが第1の仮説だ。
しかし、ジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズ教授とタフツ大学のマイケル・べックリー准教授は米外交誌「フォーリン・ポリシー」で、米中関係の対立について別のシナリオを用意している。
新興大国の急成長は、覇権国家になる野心を膨らませ、それが人々の期待を高め、戦略的ライバルを緊張させる。
するとライバルたちは同盟の輪を広げ、その圧力を受けて新興大国は、やがて経済が停滞して成長が鈍化する。
問題はその先だ。
新興大国は差し迫った危機感から、手遅れになる前に現状を打破しようと大胆な行動に出る。
これが「ピークパワーの罠に向かいつつある中国のいま」であるとする第2の仮説になる。
ブランズ教授らは19世紀の終わりから20世紀初頭に台頭した帝政ロシア、ドイツ帝国、そして大日本帝国などを例に挙げて類似性を比較する。
それらに共通しているのは、「急速な台頭と衰退への恐怖であり、栄光への道が妨げられる」と結論づけられたときに悲劇が起こる。
「中華民族の夢」原動力は失速 
確かに現在の中国も、2030年前後に米国の国内総生産(GDP)を抜くことが予測され、習近平国家主席は「中華民族の夢」を大いに吹かした。
17年10月の中国共産党大会では、今世紀の半ばまでに「中華民族が世界の諸民族の中に聳(そび)え立つ」と、世界の覇権国になることを宣言したのだ。
しかし、中国が台頭するための原動力はすでに失速している。
中国政府が発表した経済成長率は07年の14%から19年には6%に低下しており、実際の成長率は2%に近いとさえいわれている。
武漢発の新型コロナワイルス禍の拡大がそれに拍車をかける。
しかも、債務総額は08年から19年の問に8倍に急増しているという。
生産労働人口が下降したまま人口動態の危機が忍び寄り、20年から50年までに2億人の労働人口を失い、代わりに2億人の高齢者を獲得する事態を迎える。
経済減速に苦しむピークパワー中国は、国内ではウイグル人を弾圧し、香港民主勢力を壊滅させ、国内を締め上げて一切の政権批判を許さない。
さらに、鄧小平路線の「先富(せんぷ)論」を退けて金持ちたたきで左旋回すると、怪しげな「共同富裕」を掲げた。
対外的には、「外敵には徹底抗戦、融和を唱えるのは国賊」という排外ムード全開である。
習氏はこの7月1日の中国共産党創建100年の演説で、「台湾独立へのいかなるたくらみも完全に粉砕する」と武力行使をほのめかした。
実際に、中国空軍の戦闘機、爆撃機、対濳哨戒機などが、国慶節の10月1日から4日までに、台湾の防空識別圈(ADIZ)に進入し、累計機数は過去最多の149機に達した。
これらの威嚇行動は、台湾の防空体制の弱点を探り、南シナ海の東沙(英語名プラタス)諸島に駐留する台湾の海軍陸戦隊(海兵隊)との通信ラインを圧迫している。
かくして、中国指導部は「ピークパワーの罠」という軌道をまっしぐら。
「手遅れになる前に現状を打破しよう」と、ます ます攻撃的になっていく。  
左手には棍棒 右手で握手  
そんな中国に対し、アフガニスタンから撤収したバイデン米政権は、すかさず戦略転換して「対中リバランス(再均衡)」へとかじを切った。
アフガン撤収のタイミングで、米英豪3力国からなる安全保障の新しい枠組み「AUKUS(オーカス)」を発足させ、日米豪印4ヵ国の戦略対話「クアッド」の対面による初の首脳会合を開催した。
米国はこれら硬軟2枚の抑止カードで中国の包囲ラインを構築する構えだ。
実は、中国軍機が派手に台湾南西部を威嚇しているころ、米海軍の2つの空母打撃群が英空母や日本のヘリコプター搭載型護衛艦のほか、オランダ、カナダ、ニュージランドの艦艇とともに、沖縄南西海域で共同訓練を展開していた。
3隻の空母と1隻のヘリコプター搭載型護衛艦が、同じ海域で共同訓練するのは冷戦後初めてのことだ。
それから1週間後の10月9日、習氏は辛亥革命110周年式典で、これらの力に反応した。
台湾独立派を「統一への障害で、民族復興の深刻なリスク」と非難しながらも、「平和的な方式による祖国統一の実現」を訴えた。
これより前の9月21日、バイデン米大統領は国連総会の一般討論演説で、「中国」という国名に触れなかった。
かろうじて、「人種的、民族的、宗教的少数者を標的とした弾圧は非難されなければならない」と示唆するにとどめ、軟化政策に転じたかのように見えた。
実際には、左手で多国間共同訓練という棍棒(こんぼう)をかざしつつ、右手で米中会談という握手を呼び掛けていた。
中国が「ピークパワーの罠」に陥っている以上、棍棒は手放せない。
歴史は、偶発事故や誤算が、幾多の戦争を引き起こしてきたことを教えているからだ。

 

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