裁判に対する中国の姿勢に驚かざるを得ないとともに、東京裁判の判決がいかに杜撰であるか…この判決が、日本に南京事件という十字架を背負わせることになるわけです。
2023/01/07
本章はGoogleで検索妨害の犯罪に遭っていた。
インターネットは人類史上最大の、かつ最速の図書館である。
インターネットで世界有数の企業になった御社には、インターネットを清浄に維持する義務があります。
先ずは、本件の犯罪者を特定し、刑事告訴して厳罰に処してください。
再発信します。
以下は月刊誌WiLL2月新春号からである。
石平さんと阿羅健一さんの対談特集である。
阿羅健一さんが私が永遠に愛する母校の先輩である事は既述の通り。
日本国民のみならず世界中の人達が必読。
江沢民が仕掛けた「南京事件」の大ウソ
2022年は南京事件から85年目。
毎年12月13日には、南京で記念式典が開催される。
日本よ、いつまで黙っているのか!
江沢民の反日政策
石平
江沢民元国家主席が亡くなりましたけど、天安門事件で西側諸国から制裁を受け、中国は外交的に孤立状態に陥っていました。
しかし、日本を巧みに利用し、どこよりも早く経済制裁を解除させ、1991年には、海部俊樹首相が訪中しています。
思う存分に日本を利用した指導者だった。
阿羅
翌92年には天皇・皇后両陛下も中国を訪問された。
石平
それによって中国は国際社会に復帰する足掛かりを得たのです。
そうやって日本の人恩を受けながら、江沢民は恩を仇で返すように「反日」を利用しまくった。
「愛国主義教育運動」を展開し、中国国内に抗日戦争紀念館を増設しています。
そして歴史問題で日本を叩く時に必ず持ち出してきたのが、南京事件。
もはや国策となっており、江沢民以降、南京事件は靖國参拝と並んで日本叩きの最強カードの一つになっている。
実は中国では次の二つがタブー視されている。
一つは「南京事件」。
30万人も虐殺されたなんてウソだ、疑問だと言えば、半殺しの目にあう。
もう一つが台湾統一。
これを否定したら、確実に抹殺される(笑)。
中国人は「台湾は我が国の神聖なる領土」であると思い込んでいるからです。
この二つは”宗教的信念”にまで高まっていると言っても過言ではありません。
阿羅
そういえば、2021年末、上海にある専門学校「上海震旦(しんたん)職業学院」の女性教師、宋庚一氏が、授業中、「南京事件の犠牲者が30万人だったというデータの裏付けはない」と発言。
中国政府の見解を疑問視し、その上で「永遠に憎しみ続けるべきではなく、戦争がなぜ起きたのかを、改めて考えることが重要だ」と至極まともな主張をした。
ネットでこの発言が拡散し、物議を醸しました。
「無知で恥知らずだ」などという批判が相次ぎ、学校側は、社会に悪影響を与えたとして、宋氏を除籍処分にしています。
南京事件は事実無根
石平
南京事件は中国人のナショナリズムを剌激します。
阿羅
日本は中国からの攻撃に完令に受け身になっている。
南京では『南京大虐殺における国際安全区の研究』『侵害と交渉一日本軍の南京での残虐行為における第三国の権益』など、『南京大虐殺』シリーズの新刊8冊が発表されています。
南京大学出版社の編集審定者である楊金栄氏によると『南京大虐殺』シリーズは、2014年以降、10数ヵ国・地域での海外出版ルートを開拓、英語版、スペイン謡版、韓国語版などを刊行しており、ドイツ語版事業も企画されている。
そうやって世界中に発信しています。
石平
ありもしない南京事件について、日本は声を大にして反論すべきです。
そんな中、阿羅さんは最近、同時に2冊の本を出された。
阿羅
『決定版 南京事件はなかった目覚めよ外務省!』(展転社)、『決定版「南京事件」日本人50人の証言』(扶桑社)です。
当時のジャーナリストや軍人、画家、写真家などの声を集めた『50人の証言』は、小学館から刊行した『南京事件』日本人48人の証言』をもとにしていますが、今回は軍人2人の証言も加えて、増補改訂しました。
石平
それは素晴らしい。
阿羅さんが南京事件を調べる中で、事実無根であるという結論に至った根拠は何でしょうか。
阿羅
1946年、中国と米国の検察官が4月5日から6月8日まで中国に行き、合同の戦争犯罪証拠調査を行っています。
中国からの証拠提出、証人尋問もありましたが、結果的に、法廷は南京事件を認めます。
その理由を法廷は、「殺害された一般人と捕虜の総数は、20万人以上であったことが示されている。これら見積もりが誇張でないことは、埋葬隊とその他の団体が埋葬した遺体が、15万5千人に及んだ事実によって証明されている」と述べ、15万5千人の埋葬記録があるとしています。
埋葬記録があるのなら、それをチェックしてみようと思ったのです。
石平
するとー?
阿羅
法廷に提出された埋葬記録によると、崇善堂(すうぜんどう)という慈善団体が11万2千余体を埋葬、紅卍字会(こうまんじかい)という慈善団体も4万3千余体を埋葬、あわせると15万5千体になる。このほか7万余人が虐殺されたという証拠が法廷に提出され、それによって法廷は20万人の殺害を認めています。
偽証・虚偽証言を丸のみ
石平
そうなると埋葬記録そのものを見る必要があります。
阿羅
ええ。中国には昔から慈善団体がたくさんありました。
捨てられた赤ん坊を育てたり、身寄りのない老人を世話したり、冬になれば炊き出しを行い、行き倒れになった死体を埋葬するなど、そういう活動をする組織です。
南京でも実に50近くの慈善団体があり、しかもほとんどが民問団体で、寄付金によって賄われていた。
崇善堂は清の時代から下町で赤ちゃんを養育し、そのための施設を持ち、世話する女性がいました。
ところが、南京が戦場になる頃、世話する女性は南京を離れており、寄付金も集まりません。
南京陥落後からしばらくして、南京市から資金を援助されると、ほそぼそと赤ちゃんの養育を再開します。
そんな状況で、シャベルや荷車、人夫を抱える余裕なんてありませんから、何10万人も埋葬することなど到底できません。
実際に南京陥落後の宣教師の日記や手紙、日本外交官の記録、日本と中国の新聞など、どこにも崇善堂が埋葬活動をした記録はない。
石平
となると、合同調査なんて言っていますけどー。
阿羅
ウソなんです。
崇善堂が11万2千余体を埋葬した記録とは架空のものなのです。
戦後、南京で戦争裁判が開かれると、中国の検察官が主導し、デマ宣伝に合わせ、1938年に埋葬したという文書を作成します。
いつ、どこで遺体を発見し、男女子供の数はそれぞれいくつで、埋葬した場所はどこか、と事実であるかのように偽造する。
崇善堂にかかわる人も埋葬活動に従事したと証言し、その文書が東京裁判に提出されます。
それらを東京裁判はそっくり認め、判決文に書いてしまった。
石平
中国側の偽造・虚偽証言を丸のみしてしまった。
阿羅
裁判に対する中国の姿勢に驚かざるを得ないとともに、東京裁判の判決がいかに杜撰であるか、改めて驚きます。
そして、この判決が、日本に南京事件という十字架を背負わせることになるわけです。
歴史教育の90%がウソ
石平
私自身、四川省に生まれ、北京大学で学びましたが、高校3年生まで南京事件に関して一度も聞かされたことがありません。
学校ではもちろん教えられていなかったのです。
阿羅
中国の中学校歴史教科書に南京事件が初めて記述されたのは、1979年です。
建国からすでに30年も経っていますからね。
石平
そう、私が大学生の頃、南京事件が盛んに言われるようになった。
でも、話を聞いても矛盾だらけで、本当にあったのか疑問でした。
4年生のときのことですが、学生寮で暮らしていました。
一部屋に2段ベッドが4つ並び、8人の共同生活です。その中の1人が南京出身者でした。
彼に「祖父母から南京事件のことを聞いたことがあるか?」と尋ねたら、「一切ない」と。
彼の一族は、先祖代々、南京亟内で商売をしていました。
しかも祖父は8人兄弟で、みな南京市民だったのですが、1人も殺されていない。
30万人虐殺されたというのなら、1人くらいいてもおかしくありません。
阿羅
貴重な証言ですね。
南京事件の関係資料が2015年、ユネスコの世界記憶遺産に登録されましたが一刻も早く撤回させるべきです。
立命館大学の北村稔名誉教授が指摘されていますが、世界記憶遺産に登録される際、資料の中に谷寿夫中将に対する「死刑判決書正本」が含まれており、その判決書には大虐殺の証拠の一つとして、「日本軍が現場で撮影した都市住民皆殺しの映画を、わが軍の勝利の後に押収した」と記されているとのことです。
この映画は、1938年に制作された『戦線後方記録映画南京』(撮影・白井茂 編集・秋元憲 音楽・江文也 現地録音・藤井愼一 解説・徳川夢声)で、現在では日本でDVDに復刻されており、完全版を見ることができます。
映像には、193712月17日の入城式に始まる南京市内の状況が詳細に映し出されていますが、なんと正月の準備をする穏やかな日本兵たち、電線の復旧をする中国人技師、1938年1月1日の南京自治委員会成立式典に参集した大量の市民とその傍を行進する日本海軍軍楽隊、便衣兵(市内に潜む平服の兵士)でないことを証明する安全居住証の交付場面などが”活写”されているのです。
「虐殺なんてあり得ない」― 大写しにされる市民たちの穏やかな表情こそ何よりの[証拠]ではありませんか。
映画は谷寿夫中将の裁判当日、多くの傍聴人の目の前で上映されました。
そんな映画を大虐殺の証拠の一つに挙げる「死刑判決書正本」は、まったくのデタラメ。
北村氏によれば、裁判での映画上映に係わる一連の経緯は、当時の国民党の機関紙「中央日報」の影印版や中国共産党が刊行した『南京大屠殺史料集』に収録される国民政府公文書心ら再現できるとのことです。
石平
ユネスコはその映画を見直すべきです。
とにかく中国という国はウソを平然とつきます。
毛沢東時代私たちが受けた歴史教育の90%がウソだった。
南京事件もウソだとわかっても、まったく驚きません。
ああまたウソをついたのかと、そんな印象です。
阿羅
1995年、初めて南京を訪れた際、「侵華日軍南京大屠殺遇難同凰紀念館」にも立ち寄りました。
その頃は小さく、真っ暗で汚い記念館でしたね。
1997年、南京へ行った時、案内人がつきました。年齢は60歳くらいだったと思いますが、日本語が達者だった。
私はその人に「今までは南京事件なんて話は中国国内でなかったのに、なぜ今になって言うのですか」と聞いたのです。
その答えが「日中友好を考えて言わなかった」と。
1998年、上海に行った時、両親が中国共産党員だった通訳者にも聞いてみたら、やはり「日中友好だ」と言う。
そう教育されているのでしょうか(笑)。
石平
ウソも方便というやつだ(笑)
1970年代以前、中国では「日中友好」なんて意識はまったくない。
抗日映画がたくさんつくられていましたが、登場する日本人将校は鼻の下にちょびヒゲをつけ、威圧的な態度を取る悪役として描かれており、口を開けば「バカヤロウー」。
だから、私が最初に覚えた日本語は「バカヤロウ」(笑)。
とにかく日本を軍国主義的な敵国だと見なしていた。
「日中友好」が言われるのは、1972年、田中角栄が訪中して以降です。
阿羅
その通りです。