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文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
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忘れられない一冊 親友の顔が一瞬に曇った…週刊朝日6月24日号より

2011年06月19日 14時25分07秒 | 日記
張競 ちょう・きょう=1953年、上海生まれ。明治大学教授。著書に『海を越える日本文学』など。

書物をめぐる記憶はつねに快い気持ちを伴うものとは限らない。ときには不意の痛みをよみがえらせることもある。

小学校時代にはY君という無二の親友がいる。ともに登下校し、放課後も一緒に宿題をしたり、遊んだりしていた。Y君は顔立ちが可愛くて、数学の成績も抜群にいい。それだけでも女子生徒にモテるが、彼はなんと小学校の低学年から子役とし。て映画に出演していた。

小学校を卒業した後、運良く同じ中学校に進学した。中三のある日、彼は何か重大な秘密でもあるように僕を呼び出し、途轍もなく面白い小説がある、と言って一冊の本を貸してくれた。表紙をみると、ツルゲーネフの『初恋』であった。

そのとき、まだ文化大革命の真っただ中で、『初恋』はいうにおよばず、ツルゲーネフという作家の名前も初耳であった。ところが、読み始めたら止まらなくなった。それまで見たことも聞いたこともなかった情緒世界で、恋愛とはこんなに美しく、清らかなものなのか、と夢想を膨らませていた。

大方の若者が夢想するのにとどまったが、早熟のY君はいち早く夢を現実のものにしようとした。もともと女子生徒の憧れのまとであったから、恋人ができるまでにはそう時間は長くかからなかった。桃色の噂が広まったのはいいが、約一年後、学校から懲戒処分を受けた。

あろうことか、彼は同級生の女子生徒を妊娠させてしまったのだ。
当時、青年学生の思想改造の一環として、高校生も全員、年に1ヵ月ほど農村に働きに行かなければならない。Y君が寝泊まりしている村は僕が泊まっていた村から徒歩一時間もかかるところにあった。

ある日の夜、僕のところに訪ねてきた彼は、部屋の一角に腰を下ろし、いつものように雑談しはじめた。何かの拍子に『初恋』の話を持ち出すと、なぜか彼の顔は一瞬に曇り、さりげなく話題をそらした。

数日後に、思いもよらぬニュースが飛び込んできた。Y君は上海市内で自殺したという。馴染みの料理屋で大好きな焼き鮫子と小龍包を食べてから帰宅し、殺虫剤を二本も仰いだ。

理由ははっきりわからなかったが、恋愛をめぐるトラブルによるものらしい。
悔やまれる、早過ぎる死であった。

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