以下は、6/6に発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである事を証明している。
随分前に、世界中のプリマから大変な尊敬を受けているモナコ王立バレエ学校の老女性教授が来日した。
その時に彼女が芸術家の存在意義について語った言葉である。
『芸術家が大事な存在なのは、隠された、隠れた真実に光を当てて、それを表現する事が出来る唯一の存在だからです。』
彼女の言葉に異議を唱えるものはいないだろう。
高山正之は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであるだけではなく、戦後の世界で唯一無二の芸術家と言っても全く過言ではない。
一方、大江…彼については、故人を悪くは言いたくないが。
村上等、作家と称する人間達、自分達を芸術家だと思いこんでいる人間達の多くは、芸術家の名にも値しない存在なのである。
何故なら、彼らは、隠された、隠れた真実に光を当てて、それを表現する、どころか、朝日新聞等が作り出した嘘を表現して来ただけの人間達だからである。
彼らの様な存在は、日本に限らず、世界中の国においても同様なはずである。
つまり、真の芸術家とは、極少数しか存在していないのである。
私が、今の世界で、最もノーベル文学賞に相応しいのは、高山正之を措いて他にはいない、と言及している事の正しさを、本論文も見事に証明している。
日本国民のみならず世界中の人達が必読。
狡いフランス人
コミュニズムを日本人は共産主義と訳した。
キョーは「狂」とか「凶」に通じる。
サンは「惨」だ。
併せて「狂惨」主義。
言霊の幸(さきわ)う国は共産主義の本質を直感してそんな響きの字を当てた。
しかし英語圈では語感はむしろ尤もらしい。
フランクリン・ルーズベルトなどはもろ幻惑されてグルジアの小男スターリンに騙され続けた。
アーネスト・ヘミングウェイも同じ。
スペイン内戦が起きると『誰がために鐘は鳴る』を書いて赤い人民戦線に肩入れした。
己を仮託した主人公は若い大学講師ロバート・ジョーダン。
職業が「大学講師」というところに米国人の知性が共産主義に憧れていたことをよく示している。
ソ連将校から主人公に与えられた任務は鉄橋の爆破だ。
そのために反フランコ派のゲリラ組織に協力を求めるが、そこで髪を短く刈った少女マリアに会う。
キスの仕方も知らない少女と激しく愛し合った青年はその3日後、鉄橋とともに散っていく。
1943年に封切られた映画では短髪のマリアをイングリッド・バーグマンが演じた。
その髪型はちょうど「口ーマの休日」のヘップバーンカットと同じにマリアカットの名でその当時、大はやりした。
では、なぜマリアは短髪だったのか。
町長の娘だった彼女の家をフランコ派の兵士が襲い、両親を殺し、彼女を凌辱し、挙句に頭を丸刈りにする辱めを与える。
旧約聖書には「女は髪を二つに分けて結べ」とあり、結びを解いて髪を靡かせるのは「ふしだら」と続く。
神は女の髪に男を惑わす魅力を持たせ、ただ乱用は慎めと言っている。
神も畏敬する女の髪。
それを刈って丸坊主にするのは女性への最大の侮辱になるが、先日の天声人語にマリアと同じ辱めを受けた女の話かあった。
連合軍は1944年6月、ノルマンディー海岸に上陸。多くの血を流してパリを解放する。
パリ市民は丸4年ぶりの解放を喜ぶ。同時にナチ占領下で独軍将兵と通じ、子までなした「ナチ協力者」の女を引き出し、丸坊主にして嘲笑に曝した。
戦争の生んだ残酷な一場面を捉えたロバート・キャパの一枚に天声人語子は「市民か丸刈りの女か、どちらに正義があるのか」を問うている。
結論は戦争の醜さで片づけるが、そんなものか。
この国はナチスが攻め込んでくると聞いてアルデンヌの森の前にセネガルの兵士を2万人並べた。
独・機甲部隊相手に彼らは戦い、全滅した。
それに怖気づいた仏政府は「パリを守る」を囗実に早々にナチに降伏した。
あとはナチ占領下でのんびり過ごした。
名画『天井桟敷の人々』はそのころにパリで作られた。
連合国軍はその間にアフリカや大西洋で独軍と血で血を洗う戦いを続けていた。
いやド・ゴールは亡命政権を樹立し、アフリカで独、伊と戦い、ノルマンディー上陸作戦にも参加して血を流しているじゃないか。
それはどうか。
アフリカで戦ったのは植民地チャドの兵士らだ。
ノルマンディーに上陸したのもチャドやモロッコ、タヒチなど植民地の兵士ばかりだ。
ド・ゴールは、では何をしていたか。
戦中も仏植民地の温存を図り、戦闘員を狩り出すのに忙しかった。
戦後は日本が独立させた仏印を取り返して「栄光のフランス再建」のためにと搾取を続けた。
ベトナム戦争は起きて当然だった。
いやレジスタンスが頑張った。
それも嘘だ。
レジスタンス蜂起は独軍がパリを出ていってからだ。
戦争は植民地人に任せっ放し。
自分たちはナチに媚び、8万ものユダヤ人の財産を奪って収容所に送り込んでいる。
それでか弱い女を坊主にして愛国者を装う。
天声人語子は知らないだろうが、キャパはそういうフランス人の欺瞞をむき出して撮ったのだ。