以下は今日の産経新聞8ぺージからである。
見出し以外の文中強調は私。
85年前のテロたたえる「式典」の有無
上海支局長 川崎真澄
現在は韓国の国旗となっている「太極旗」を背に、左手に手榴弾、右手に拳銃を握って、鋭い目つきで正面をにらみつける。
尹奉吉という朝鮮半島出身の男の写真だ。
上海市内の魯迅公園(旧虹口公園)に置かれたこの男の記念館のスクリーンに大きく映し出され、中国語で「義士」とたたえらた。
戦前、10万人近い日本人が暮らしていた上海。
尹奉吉は1932(昭和7)年4月29日に虹口公園で行われた天皇誕生日(天長節)式典に侵入、爆弾を投擲して上海派遣軍司令官として出席した白川義則陸軍大将ら要人2人を殺害した「上海天長節爆弾事件」のテロ実行犯だ。
後に外相となった重光葵が右足を失う重傷を負うなど、多数の死傷者を出した。
この男は韓国で、伊藤博文元首相を09年10月に暗殺した安重根にも次ぐ“英雄”とされる。
今年は尹奉吉の事件から85周年を迎える。
入場料が15元(約250円)の記念館で昨年12月から、反日的な言論で知られる韓国の女優ソン・ヘギョさんらが寄贈したハングルと中国語で書かれた尹奉吉の紹介パンフレット配布が始まった。
その説明によると、尹奉吉は事件現場で逮捕されて「残虐な拷問」を日本軍から受けた後、32年5月25日に軍法会議で死刑が言い渡されて金沢に送られ、同年12月19日に銃殺された。「壮烈に身命をささげた」となっている。24歳だった。
尹奉吉に爆殺テロを命じた人物として記念館では、日本による朝鮮半島統治に反発して亡命、当時の上海フランス租界に「大韓民国臨時政府」を設置したメンバーの1人である金九(1876~1949年)までたたえている。
強盗殺人で収監されたり、数々の暗殺にも関与したりした金九。
ヒットマンとなる尹奉吉を事件当日の朝食に招き、お互いの懐中時計を交換して、弁当箱と水筒に仕込んだ爆弾を手渡した。
明らかに組織的なテロであったことを物語る。
この稿続く。