以下は月刊誌正論今月号に「特集 北朝鮮の魔の手」と題して掲載されている論文からである。
文在寅ルーピー政権の末路
古田博司
韓国不信社会の洗礼
いま私の手元に、1980年4月15日付の契約書のコピーが残されている。
韓国の名門大学、延世大学の日本語教師として赴任した時のもので、もう字もかすれている。
ハングルの太枠篆書体で印が押され、原物には仰々しく金ぴかの丸いシールが貼られていた。
契約書第4項に、「本学堂で勤務する期間に月21万5000ウォンの俸給を支払うことを契約事項として申し添える」と、書かれていた。
当時の私は26歳、大学院を出て行く場所もなく、友人の勧めで韓国に渡ることにした。
着いてすぐ、送られてきた契約書をもって延世大学の当該事務所を訪れた時のことは忘れられない。
当時韓国の大学出の会社員の平均給与は300,000ウォンと聞いていた。
宿舎もあると手紙にあったので、まあなんとか暮らせるのではないかと安心していたのだが、事務員が下手な日本語で、「給与は15万ウォンしか出せない。宿舎はないので下宿を探せ」というのにはさすがに驚いた。
「契約書と違うじゃないか」と言うと、返ってきた答えがふるっている。
「では、帰りますか」と言うではないか。
私は心の中で、「一流大学からしてこれだ。こんな国なのだ」と、呟いた。
これが私の韓国という不信社会の「洗礼」である。
なぜ今まで著作にそのことを書かなかったのか。
私が旺盛に書く時代は1990年代からである。
その頃は、まだ日本中に「進歩的文化人」や「良心的知識人」の広めたアジア贖罪論やアジア主義という、アジア友好連帯の虚構が横溢していて、そんなことを書こうものなら出版社の編集者が許さなかった。
1995年にちくま新書で出した『朝鮮民族を読み解く』は、今では文庫になっていて、まだ売れているが、これすらも実は当時の編集担当者から一章丸々書き直しを命ぜられたものである。
物書きは時代を見て、書くしかないというのが私の実感である。
早すぎると読者に届かないし、編集者が左につむじを曲げる。
この稿続く。