英訳をしながらNHKニュースを観ていたら、ル・クレジオが出て来た。
NHKの関係者たちも、朝日等ばかりを読むのは止めて、私の論説に耳を傾けだしたか。
閑話休題
ル・クレジオが言わば同時刻でインタビューされている表情を初めて観た。
私と長い時間を過ごし、話した親友のひとたちは、皆、思ったはずである。
雰囲気が私とそっくりだ。
私が、「この世界には、もう一人の自分が存在している。」と言い、
私が、ル・クレジオが、もう一人の私であると知ったのは、20歳前後の時、
彼の本を立て続けに購読し、最後に、「物質的恍惚」を読んでいた時だった事、
その時の驚きは、以前に書いたとおりである。
彼が書いたのだから、私は書く必要がない。
良かった。
僕は僕の人生を生きれば良い。
その人生は、全く順風満帆、あるいは約束された人生ではなく、その正反対、
苦しみに満ちたものだったが、私が、その苦しみを、とにもかくにも乗り切った事も知ってのとおりである。
私も驚いた。
私の親友たちは皆、驚いたはずである。
彼は本当に私にそっくりだったからだ。
その醸し出している雰囲気が、全くそっくりだったからだ。