激動の東アジア現代史語る自伝 (池上貞子・神谷まり子訳、作品社・各2400円) 文中黒字化は芥川。
▼せい・ほうえん 24年生まれ。台湾大名誉教授。作家、教育片、文学研究者。
おしなべて自伝は幼少期、青春時代が最も面白い。時空を異にしても、父母の愛や学生時代の友情恋愛は、共感を得られ易いからであろう。だがこの台湾女性斉邦媛の作品上巻は、1924年の中国東北地方の地主の大家庭で始まり、満州事変、日中戦争、国共内戦と戦乱の中をくぐり抜け、47年に台湾大学英文科助手となるまでの激動する東アジア現代史の記憶である。
京都大学とハイデルベルク大学に留学した父は、東北軍閥張作霖打倒の軍事蜂起を指揮するが、巨流河すなわち遼河渡河作戦に失敗、駐瀋陽総領事であった吉田茂に助けられ、上海で国民党に入党して全中国の革命を志し、南京で東北青年教育のための学校経営に乗り出す。だが37年に始まる日本軍の全面侵略により首都南京は陥落し、斉は父の同僚教師や学生と共に重慶へ移動、日本軍の空爆に苦しみながら、戦時下臨時体制の大学で英文学を学んだ。
45年2月の寒い朝、校門に米軍大型戦闘機1800機による東京大空襲の捷報が、墨痕淋漓と大書されたのを見て、斉は報復を喜ぶ一方、空襲下で焼かれる人々を想像して痛みを覚えたという。日本植民地であった台湾は、戦後に国民党政権に接収されたが、その直後に台湾大学英文助手として働き始めた斉の観察も興味深い。
下巻は共産党との内戦に敗れて台湾に逃亡した蒋介石により父が粛清される一方、結婚し3児をもうけた斉は、フルブライト奨学金による米国留学などを爽みっつ、外国文学科の基礎作りを行う。さらには国語教科書編集に携わり、独裁政治色濃厚な内容を、古今内外の文学作品へと改革していく姿も清々しい。80年代以後の斉は英訳事業を開始して、台湾文学を国際舞台へと押し上げていくのである。本巻は台湾戦後文化史に関心のある方には必読といえよう。
解説でハーバード大学教授のデイヴィッド・ワン(王徳威)は、本書は「人々の夢と無念、希望と失望」を描くと述べる。
その「無念、失望」の原因となった戦前の中国軍閥や日本帝国主義、戦後の国共両独裁党らに対する、著者の冷静な批判は特に興味深い。
評者: 現代中国文学者 藤井省三
▼せい・ほうえん 24年生まれ。台湾大名誉教授。作家、教育片、文学研究者。
おしなべて自伝は幼少期、青春時代が最も面白い。時空を異にしても、父母の愛や学生時代の友情恋愛は、共感を得られ易いからであろう。だがこの台湾女性斉邦媛の作品上巻は、1924年の中国東北地方の地主の大家庭で始まり、満州事変、日中戦争、国共内戦と戦乱の中をくぐり抜け、47年に台湾大学英文科助手となるまでの激動する東アジア現代史の記憶である。
京都大学とハイデルベルク大学に留学した父は、東北軍閥張作霖打倒の軍事蜂起を指揮するが、巨流河すなわち遼河渡河作戦に失敗、駐瀋陽総領事であった吉田茂に助けられ、上海で国民党に入党して全中国の革命を志し、南京で東北青年教育のための学校経営に乗り出す。だが37年に始まる日本軍の全面侵略により首都南京は陥落し、斉は父の同僚教師や学生と共に重慶へ移動、日本軍の空爆に苦しみながら、戦時下臨時体制の大学で英文学を学んだ。
45年2月の寒い朝、校門に米軍大型戦闘機1800機による東京大空襲の捷報が、墨痕淋漓と大書されたのを見て、斉は報復を喜ぶ一方、空襲下で焼かれる人々を想像して痛みを覚えたという。日本植民地であった台湾は、戦後に国民党政権に接収されたが、その直後に台湾大学英文助手として働き始めた斉の観察も興味深い。
下巻は共産党との内戦に敗れて台湾に逃亡した蒋介石により父が粛清される一方、結婚し3児をもうけた斉は、フルブライト奨学金による米国留学などを爽みっつ、外国文学科の基礎作りを行う。さらには国語教科書編集に携わり、独裁政治色濃厚な内容を、古今内外の文学作品へと改革していく姿も清々しい。80年代以後の斉は英訳事業を開始して、台湾文学を国際舞台へと押し上げていくのである。本巻は台湾戦後文化史に関心のある方には必読といえよう。
解説でハーバード大学教授のデイヴィッド・ワン(王徳威)は、本書は「人々の夢と無念、希望と失望」を描くと述べる。
その「無念、失望」の原因となった戦前の中国軍閥や日本帝国主義、戦後の国共両独裁党らに対する、著者の冷静な批判は特に興味深い。
評者: 現代中国文学者 藤井省三