文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

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民主主義なら、スタジオに揃える議員の数もそれぞれの得票率に合わせて配分…発言時間に差をつけるべき

2021年12月06日 12時30分49秒 | 全般

以下は発売中の月刊誌Hanadaに、巻頭大論文、百田尚樹の(大炎上覚悟であえて問う!)「衆愚政治論」と題して掲載された論文からである。
日本国民のみならず世界中の人達が必読の正論である。
前文省略
社民党の意見など聞くな! 
平等と言えば、テレビが選挙の時に見せる平等主義は完全にインチキです。
選挙前には党首討論番組のようなものが行われますが、こういう番組は、なぜか自民党も立憲民主党も公明党も共産党も社民党もNHK党もれいわも、どの政党も喋る時間がだいたい同じに決められている。
これっておかしくないでしょうか。
300人も議員がいる政党の議員と、50人しか議員がいない政党の議員や2人しか議員がいない政党の議員が、スタジオでそれぞれ同じ人数で対等に話しているというのは、平等主義といいながら、実はものすごい不平等主義です。
まったく民主主義ではありません。
民主主義なら、スタジオに揃える議員の数もそれぞれの得票率に合わせて配分すべきで、それが物理的に無理なら、発言時間に差をつけるべきなのです。
もっと大胆に言わせてもらえば、社民党なんかの意見はもう聞く必要がない、と私は思っています。
そもそも国会で「政党」として認められるのは、所属議員の数が5人以上か、所属国会議員が1人以上、かつ、次の3つのいずれかの選挙における全国を通じた得票率が2%以上のもの、という決まりがあります。
①前回の衆議院議員総選挙(小選挙区選挙又は比例代表選挙)②前回の参議院議員通常選挙(比例代表選挙又は選挙区選挙)③前々回の参議院議員通常選挙(比例代表選挙又は選挙区選挙)(以上、総務省より) 
社民党の議員数は、福島瑞穂氏を含め2人。
来年の参議院選挙で得票率が2%に満たなければ社民党は政党要件を失います。
本来なら、こんな政党の党首をテレビに出して自民党と同じ時間喋らせる必要などないのです。
「福島さん、どう思いますか?」と福島氏の考えを訊く必要も一切ありません。
得票率2%の意見はノイズ 
福島氏は「少数意見を取りあげろ」と主張しますが、「ちょっと待ってくれ」と言いたくなります。
得票率2%の意見というのは、本当に少数意見なのでしょうか。
たとえば、中学校のクラスに50人いたら(いまは少子化でこんな大勢のクラスはありませんが)、2%というのはそのうちのたった1人です。
皆さんも中学時代を思い返してもらいたのですが、いつの時代でも50人に1人くらいは無茶苦茶な意見を言うバカがいたはずです。
他の49人がうんざりして、「あーまた、こいつが無茶苦茶言い出したで」という存在です。
マンションでもそうです。
50世帯の住人がいて、総会に各家庭から1人ずつ出席して会議を行ったとします。
そこで「今度こういうことやります」となった時、「俺、それ嫌や、反対!」と言う奴がいる。
「ああー、またあの人か……」と皆が顔をしかめる。
どうにも対処のしようがない厄介者がいるわけです。
2%というのは、そういう数字なんです。 
50人に1人しか理解できない意見、98%が「納得できない」という意見は耳を傾ける意見ではなく、これはほとんどノイズと言えるものです。
こんなことを言うと、「弱者を切り捨てるのか!」と怒鳴る人がいます。
以前、ある野党議員とこの話題をしたとき、彼は顔を真っ赤にしてこう言いました。
「もし障がい者に優しい社会を作りたいと考えても、彼らが国民全体の2%以下なら、彼らに対しての政策はやらなくていいということか!」
こういう意見こそ、屁理屈です。 
バリアフリー化をはじめ、障がい者に優しい社会を作りたいと考えているのは2%以下の障がい者ではありません。
私も含めて、それ以外の多数の健常者だってそう考えています。
つまり、その意見は決して2%の少数意見ではないのです。
LGBTにしてもそうです。
仮にLGBTの人が2%しかいなくても、その人たちを差別してはならないと考える人は当然それ以上いる。
やはり、少数意見ではないのです。
東大出のバカども 
私が言っているのは、「2%以下の人しか賛意を得られない意見」は無視していいのではないか、というものです。
誤解していただきたくないのですが、これは少数意見の切り捨てではありません。
さらに突っ込んで言えば、一見、正しく美しい言葉に見える「少数意見を大切に」という言葉も、本当は危険な面を孕んでいます。
というのは、100%の人が満足できる政策や施策など、この世に存在しないからです。
現実の政治がそんなものを目指せば、あらゆる議論が前に進みません。
ところが、いまの日本の政治は2%、いや時には1%以下の反対で、物事が前に進まないことが多々あります。
マンションの総会で、「1世帯の反対者が出ましたので尊重しなければなりませんから、今回、この話はなかったことにします」といった感じに物事が全く決められず、進まない。
「一所懸命説明しているのに、あの人また反対や言うてるで。このままでは何も進まない。今回、圧倒的多数が賛成なので、あの人の意見は切り捨てましょう」
これを政治が行ったらどうなるか。
自民党がやったらどうなるか。
全メディアが「強行採決だ!」「数に物を言わせて横暴だ!」と朝から晩まで大バッシングです。
すると、多くのテレビ視聴者は「強行採決はアカンわ、自民アカンわ」と流されてしまうー。この繰り返しなんです。
もうここまで来たら、大炎上覚悟で言います。
テレビしか見ないバカが増えると日本は終わります!。 
その意味ではエリートを育てなければならないのですが、日本では真のエリートが育たない。
「エリートの象徴」でもある東大出身者も、いまやバカが多い。
国会議員でいえば、先の米山隆一氏や立憲民主党の小西洋之氏、原口一博氏、共産党の志位和夫氏、社民党の福島瑞穂氏、官僚でいえば”貧困調査”で有名な前川喜平氏もみんな東大です。
そういえば、旧民主党の鳩山由紀夫氏も東大です。
いずれも、エリートとはかけ離れている連中ばかりです。
たまたまひどい例ばかり挙げてしまったかもしれませんが、こんな例がたちどころに浮かんでしまうのが現実です。
この稿続く。

 



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