2014年12月26日 和歌山県
和歌山城 100名城
和歌山県和歌山市一番丁
マップは和歌山市ホームページより
こんもりと緑茂る虎伏山(とらふすやま)に白亜の天守閣がそびえ、御三家の威容にふさわしい風格を醸し出しています。和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。その築城を担当したのが、築城の名人藤堂高虎(とうどうたかとら)でした。まず、秀長の城代として桑山重晴(くわやましげはる)が入り、慶長5年(1600)には、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長(あさのよしなが)が入城。そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10男・頼宣(よりのぶ)が入城し、紀州55万5千石の城となり、以来、水戸・尾張と並び、徳川御三家のひとつとして、長い歴史を刻んできました。 和歌山市観光協会
大手門と一の橋
浅野・徳川時代を通して和歌山城の表門であった一の橋南詰に建つ大手門。明治42年(1909)に自然倒壊しましたが、昭和58年(1983)一の橋とともに再建工事により復元されました。
▲岡口門
和歌山公園の入口は5か所あり、中でも南東に位置する岡口門は昭和32年に重要文化財に指定され、堂々とした構えになっています。浅野幸長入城後、大手門(表門)として創建されましたが、徳川頼宣入城と共に、大手門が一の橋に改められたため、搦手(からめて)門(裏門)として改修されて現在に至ります。
この階段から天守閣へ
▲岡口が見える
▲天守閣
天守ニ之門(楠門)
▲ニ之門櫓
▲ニ之門櫓
▲乾櫓
▲大天守と小天守
▲小天守から入城 残念ながら内部は撮影禁止でした
▲ニ之門、ニ之門櫓、乾櫓 (天守閣より)
▲乾櫓 (天守閣より)
不明(あかず)御門跡へ
▲不明(あかず)御門跡
不明(あかず)御門跡から時計周りで城の周りを巡りました
追廻門
▲天守閣
▲吹上口?
▲天守閣(左)と乾櫓(右)
▲西の丸跡
▲一の橋
▲まりと殿様の歌碑
伏虎:和歌山城は、虎が伏している姿に似ていることから名付けられた虎伏山にあるため、虎伏城とも呼ばれます。現在の伏虎像は昭和34年に再建されたもので、その前には大正11年に作られた立ち姿の虎の像がありました。
2015-01-09 06:24:10
cosmophantom
お堀も石垣も城郭も大きくて立派で風格がありますね。
伏虎像の話は面白いです。
更家さんのコメントどおり、和歌山城は素晴らしいものでした。名古屋城は復元とはいえ、やはりすばらしいお城ですよね~ 水戸城は?といえば今は空堀などが残っておりますが、城の遺構はありません!徳川御三家でありますので、水戸城もいつの日か復元して欲しいものです。