菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

『悋気の火の玉』 悋気は女のつつしむところ?

2012-05-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第17講

 浅草花川戸に立花屋という鼻緒問屋があった。ここの旦那が、女というものはわが女房より知らないという堅い男。
 あるとき仲間の寄合いの二次会で、悪友にさそわれて吉原に行った。遊んでみると、なるほどおもしろい。
 というわけで、たび重なるうちに、根が商人だから、算盤(そろばん)をはじいて考えた。こんなことをしていたら、いくら金があってもたまらない。
 そこで、馴染みの女を身請けし、根岸に妾宅をかまえた。

 はなのうち立花屋は、本宅に月二十日、妾宅へ十日と泊まっていたが、そのうち、妾宅のほうへ二十日、本宅に十日と、モノが逆になってくる……。

     

 こうなると、別居して本妻を顧みなくなっていくというのが、よくある話。可愛い子供でもいれば、妻の人生への希望はその子だけだ。
 ところが、そういう亭主に限って、月々の生活費もろくに渡さなくなって、ついには妻子の生活も破たんに向かっていく。しかしながら、妻としては、さしあたり離婚は避けたいところだろう。

 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないし(民法752条)、夫婦は、その資産・収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担することになっている(同760条)。
 妻が家事・育児に専念している場合には、夫は必要な生活費を渡さなければならない。妻にも子にもそれを請求する権利がある。その金額は「夫婦双方が同じ程度の生活を維持するに足りるものでなければならない」というのが裁判所の考え方だ。

 夫が渡すならよし、応じなければ、家庭裁判所に「生活費を毎月いくら支払ってほしい」と申立てをする。これを婚姻費用分担の調停申立てという。家裁での調停(要するに話合い)でまとまらなければ、審判で支払いが命じられる。

 立花屋の旦那の場合は、完全な別居をしているわけではないし、本宅の経済生活も従来どおり維持されている。したがって、婚姻費用分担といった問題は生じない。さしずめ現代ならば、奥方としては、家裁に夫婦関係調整の調停を申し立てることになりそうである。

 しかし、この噺、『悋気の火の玉』ではそうならず、女同士の壮絶なバトルが繰り広げられることとなる。

       

 女の存在に気づいた花川戸の本妻が、わら人形に五寸釘で祈り殺そうとする。これを根岸の妾宅で聞いたお妾さんも六寸釘で対抗するうちに、お互いの念が通じたものか、二人がほとんど同時にころッと亡くなった。

 旦那が葬式をふたつ出した後のこと、立花屋から陰火が上がったかと思うと、根岸のほうへむかっていく。根岸の妾宅からも陰火が上がり、ふワふワふワふワと花川戸のほうへ。
 ちょうど下谷の大音寺前のところで、この火の玉と火の玉がぶつかりあい、火花をちらすという、えらい騒動。近所で評判になってしまった。

 これには旦那も困り、ある夜、大音寺前に出かけていく。
 まずお妾さんの火の玉が根岸からきた。煙草の火に困っていた旦那は、火の玉で火をつけて一服しながら、お妾さんを説得していると、本妻の火の玉もやってきた。本妻の火の玉でも煙草を吸うため、旦那がひょいッと煙管(キセル)を持っていこうとすると、火の玉がすうウッとそれて……、
「あたしのじゃ、うまくないでしょ、ふン」

     



【楽屋帖】
 桜川慈悲成(さくらがわじひなり)の笑い話本『延命養談数』(1833)所蔵の「火の玉」という小噺が原話。1770年ころ、吉原江戸町の上総屋で起こった本妻・妾呪詛合戦事件という実話を基にした噺である。



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