菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

『船徳』 勘当した息子にゃ、びた一文譲れない

2011-08-20 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第9講

 落語には、道楽息子の若旦那が多数登場する。『船徳(ふなとく)』の徳さんも、もとはと言えば歴とした御大家の若旦那だが、遊びすぎて勘当された。

 三代目円遊によれば、徳さん曰く「近所でいろいろ手を回して様子を聞いたところが、とうとう養子が決まって、あの家へ直(なお)れんようなことになったと聞きました。全体廃嫡などされる心得はないけれども、親がすっかりそのようにして、長男除きをされっちまいまして……」とのこと。もう親子の縁を切りたいほどの放蕩ぶりだったのだろう。それにしても、勘当されたうえ、養子までとったとあっては、穏やかじゃない。



 もし息子が、暴力団員まがいの仲間とつきあい、消費者金融からの多額な借金を尻拭いさせられたかと思うと、通帳と印鑑を勝手に持ち出して預金を引き出し、はては親を殴ったり蹴ったりする、そんな不孝者ならば、「倅(せがれ)とは親子の縁を切って、まじめに働いている孝行娘に全部相続させたい」という気持ちになるかもしれない。

 しかし、現代では、昔のように勘当(親が不良の子を除籍すること)して、親子の縁を切り、相続権を奪うことはできない。それじゃあ、どうするか。

 遺言によって法定の相続分を変更し、孝行娘に財産の大半を相続させるという手がある。そう遺言書に書いておけばいい。しかし、親不孝の息子にも「遺留分」がある。遺留分とは、これだけは相続人に確保しなければならないという、相続財産の最低限度のことだ(相続人が妻と子供二人の場合ならば、倅の遺留分は遺産全部の八分の一。民法1028条)。したがって、息子の相続分をまったくのゼロとするわけにはいかない。それならば、「倅にはびた一文財産を相続させたくない」という場合に何か方法はないものだろうか。

 親(被相続人)に虐待や重大な侮辱を加えたり、息子(推定相続人)に著しい非行があったときには、家庭裁判所に請求し、裁判所が理由ありと認めれば、審判によって息子の相続権を剥奪するという制度がある(同892条)。これを「推定相続人の廃除」といい、遺言によってすることも可能である(同893条)。ちなみに、徳さんくらいの道楽では、とても廃除は認められない。

     *  *  *



 徳さんが、船宿の二階で居候している。そのうちにどうしても船頭になりたくなって、親方が止めるのも聞かずに船頭に。

 浅草観音の四万六千日の暑い盛り、偶々ほかの船頭が出払っているときに二人の客がきた。女将が船頭がいないからと断るが、まだろくに船を漕げないくせに徳さんが行きたがり、客を乗せて漕ぎ出すこととなる。ところが、船がグルグル回ったり、石垣に張りついちまったり、しまいにゃひどく揺れたりと大騒ぎ。やっとのことで近くまで来たが、とても桟橋まで着かないので、客の一人がやむなく浅瀬の中を歩くことにし、もう一人の相棒をおぶって岸にやっと上がった。

  振り返ったお客が「だいじょうぶかい。しっかりおしぃ」と声をかけるが、徳さんのほうは、もう真っ青になってへたり込んでしまっている。
「お客さま、お上がりんなりましたらねえ、船頭オひとり雇ってくださいまし」。





【楽屋帳】
 幕末に活躍した初代古今亭志ん生作の「お初徳兵衛浮名桟橋」が原話。この噺の発端を初代三遊亭円遊が滑稽噺として改作・独立させたのが現行の型。黒門町の師匠・八代目桂文楽の十八番でもあり、「四万六千日(しまんろくせんにち)、お暑いさかりでございます」の一言から語り始めていた。
 享保年間(1716~36年)ころから、7月10日の浅草寺の縁日に参拝すると46,000日(約126年)分のご利益(功徳)が得られると言われてきた、これが「四万六千日」である。
 推定相続人の廃除であるが、この申立てがあった場合、家庭裁判所はきわめて慎重に審議するのが実務であり、現実に廃除が認められた事例は少ない。また、遺言による廃除についても、推定相続人が異議を申し立てれば、認められない場合が大半となっている。


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