絵はがきを並べた様な映画。・・・という印象を受ける。
それはどこまでも美しい風景がつづられていく・・・というだけの意味でなく、およそ技巧とよべるようなものがまるでないから。
コーエン兄弟みたいな意味ありげな構図はなく、スコセッシみたいな縦横無尽に動き回るカメラもない。
アン・リー・・・1954年生まれ。2006年現在で52歳。
「ウェディング・バンケット」のような脚本の妙もなく、「いつか晴れた日に」のような軽快な会話劇というのでもなく、「グリーン・ディステニー」みたいな流麗なカメラワークと有り得ねーアクション描写もない。
ウェディング・バンケット以降、テンポアップ・加速加速・・という方向に走っていた気のするアン・リーが突如このような映画を撮った・・・
とっとっとっ、そういえばちゃんと劇場で鑑賞した「アイス・ストーム」なんて静かな映画があったっけ。「ブロークバック・マウンテン」はその延長にあるような気がする。だとしたらアン・リーにとって「グリーン・ディステニー」とか「ハルク」とかってなんだったのだろう。
淡々と進むだけの物語で、カメラもいいロケ地を見つけたこと以外特筆すべきこともなく、台詞も少なめで派手な描写もない。おまけに2時間30分という長丁場。普通、こういう映画は「つまらない」と判断される。
しかもホモ映画。常識的にいえば感情移入は困難な題材である。
にもかかわらず、にもかかわらず、僕はこの映画の美しさに飲み込まれ、時に泣きそうになるほど感情移入した。
多分、技巧などいらん、このストーリーを追えばそれでいい、という監督の判断だったと思う。
思うのだが、それにしては、意識的に娯楽的要素を排除していった気がしなくも無い。
そう思う根拠はセックス描写の少なさだ。
男同士の恋愛を描くこの作品にあって、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールの性行為はたった一度しか描かれない。
その一度は2人が初めて関係を持つ一晩であり、しかも必要最小限の時間と演出であっさりと片付けられる。
以降、行為のあとのベッドでのまったりシーンはあるものの、行為そのものは一切描かれない。濃密で刺激的でセンセーショナルなシーンになったろう。
僕が監督だったら、あと2回はそういうシーンを入れただろう。(アルモドバルならノリノリであと5回は入れたろう)
だが、アン・リーは慎ましやかに一回、さらっと描いただけ。
レイティングを気にしたというだけなのかもしれない。だが結果的にたった一度の描写であるが故に、それは崇高なもののごとく脳裏に残り、ブロークバック・マウンテン自体の描写も第二幕以降、絵葉書のなかでしか描かれない。
これでもか!!と魅せる演出を続けてきたアン・リーは、見せない演出に果敢に挑んだのだ。
「描かない」ということは、台詞の少なさにも現れる。登場人物たちは極端に台詞が剥ぎ取られ、自分たちの心情を吐露する機会が与えられない。台詞でなく、目や表情や心象風景で描いているわけではない。ごく単純に描いていないのだ!!
顕著なのは、イニス(ヒース・レジャー)の妻の描写である。
ちらしや、ぴあなどの紹介記事から、ストーリーはある程度読めた。物語のポイントは夫が同性愛者だと知ってしまった妻の葛藤にあるだろう(「エデンより彼方に」のように)と想像し、その秘密がいつ妻にばれ、妻がその時どうするか・・・を期待していた。
しかし、アン・リーは、さっさと妻に夫の秘密を見せつけて、しかもそれからずっとほったらかしにする。映画の中では10数年がたちリアルタイムでは1時間ちかくを裂いておきながら、妻の描写をほったらかす。
こんな残酷な演出があるだろうか。
怒りと屈辱で煮えくり返っているであろう妻の心情など追わず、レイプされてるみたいなセックス描写はきちんと抑えて・・・離婚成立から数年が経過したシーンで初めて感情を爆発させる。
10数年にわたってぐしゃぐしゃに歪められた妻のことを思い、胸がしめつけられる。
それら無描写による描写のなか、ブロークバック・マウンテンは神々しく輝き、唐突なジャックの他界もこれ見よがしには描かず、遺灰をブロークバック・マウンテンに撒いてくれという遺言から、「マディソン群の橋」や「世界の中心で愛をさけぶ」のようなオチに帰結させると思わせて、遺灰は結局撒かれない。
主人公は二度とブロークバック・マウンテンに行くことはなく、ある種の伝説としてあの山と山での数週間が崇高な記憶となっていく・・・
「ウェディング・バンケット」でアン・リーに魅せられて10数年。このような形で芸術的な完全形に進化するとは思いもよらなかったが、傑作ホモ映画「ウェディング・バンケット」からの10数年が、あたかも「ブロークバック・マウンテン」の物語とリンクしているような不思議な感慨を持ってしまうのであった・・・
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自主映画撮ってます。松本自主映画製作工房 スタジオゆんふぁのHP
それはどこまでも美しい風景がつづられていく・・・というだけの意味でなく、およそ技巧とよべるようなものがまるでないから。
コーエン兄弟みたいな意味ありげな構図はなく、スコセッシみたいな縦横無尽に動き回るカメラもない。
アン・リー・・・1954年生まれ。2006年現在で52歳。
「ウェディング・バンケット」のような脚本の妙もなく、「いつか晴れた日に」のような軽快な会話劇というのでもなく、「グリーン・ディステニー」みたいな流麗なカメラワークと有り得ねーアクション描写もない。
ウェディング・バンケット以降、テンポアップ・加速加速・・という方向に走っていた気のするアン・リーが突如このような映画を撮った・・・
とっとっとっ、そういえばちゃんと劇場で鑑賞した「アイス・ストーム」なんて静かな映画があったっけ。「ブロークバック・マウンテン」はその延長にあるような気がする。だとしたらアン・リーにとって「グリーン・ディステニー」とか「ハルク」とかってなんだったのだろう。
淡々と進むだけの物語で、カメラもいいロケ地を見つけたこと以外特筆すべきこともなく、台詞も少なめで派手な描写もない。おまけに2時間30分という長丁場。普通、こういう映画は「つまらない」と判断される。
しかもホモ映画。常識的にいえば感情移入は困難な題材である。
にもかかわらず、にもかかわらず、僕はこの映画の美しさに飲み込まれ、時に泣きそうになるほど感情移入した。
多分、技巧などいらん、このストーリーを追えばそれでいい、という監督の判断だったと思う。
思うのだが、それにしては、意識的に娯楽的要素を排除していった気がしなくも無い。
そう思う根拠はセックス描写の少なさだ。
男同士の恋愛を描くこの作品にあって、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールの性行為はたった一度しか描かれない。
その一度は2人が初めて関係を持つ一晩であり、しかも必要最小限の時間と演出であっさりと片付けられる。
以降、行為のあとのベッドでのまったりシーンはあるものの、行為そのものは一切描かれない。濃密で刺激的でセンセーショナルなシーンになったろう。
僕が監督だったら、あと2回はそういうシーンを入れただろう。(アルモドバルならノリノリであと5回は入れたろう)
だが、アン・リーは慎ましやかに一回、さらっと描いただけ。
レイティングを気にしたというだけなのかもしれない。だが結果的にたった一度の描写であるが故に、それは崇高なもののごとく脳裏に残り、ブロークバック・マウンテン自体の描写も第二幕以降、絵葉書のなかでしか描かれない。
これでもか!!と魅せる演出を続けてきたアン・リーは、見せない演出に果敢に挑んだのだ。
「描かない」ということは、台詞の少なさにも現れる。登場人物たちは極端に台詞が剥ぎ取られ、自分たちの心情を吐露する機会が与えられない。台詞でなく、目や表情や心象風景で描いているわけではない。ごく単純に描いていないのだ!!
顕著なのは、イニス(ヒース・レジャー)の妻の描写である。
ちらしや、ぴあなどの紹介記事から、ストーリーはある程度読めた。物語のポイントは夫が同性愛者だと知ってしまった妻の葛藤にあるだろう(「エデンより彼方に」のように)と想像し、その秘密がいつ妻にばれ、妻がその時どうするか・・・を期待していた。
しかし、アン・リーは、さっさと妻に夫の秘密を見せつけて、しかもそれからずっとほったらかしにする。映画の中では10数年がたちリアルタイムでは1時間ちかくを裂いておきながら、妻の描写をほったらかす。
こんな残酷な演出があるだろうか。
怒りと屈辱で煮えくり返っているであろう妻の心情など追わず、レイプされてるみたいなセックス描写はきちんと抑えて・・・離婚成立から数年が経過したシーンで初めて感情を爆発させる。
10数年にわたってぐしゃぐしゃに歪められた妻のことを思い、胸がしめつけられる。
それら無描写による描写のなか、ブロークバック・マウンテンは神々しく輝き、唐突なジャックの他界もこれ見よがしには描かず、遺灰をブロークバック・マウンテンに撒いてくれという遺言から、「マディソン群の橋」や「世界の中心で愛をさけぶ」のようなオチに帰結させると思わせて、遺灰は結局撒かれない。
主人公は二度とブロークバック・マウンテンに行くことはなく、ある種の伝説としてあの山と山での数週間が崇高な記憶となっていく・・・
「ウェディング・バンケット」でアン・リーに魅せられて10数年。このような形で芸術的な完全形に進化するとは思いもよらなかったが、傑作ホモ映画「ウェディング・バンケット」からの10数年が、あたかも「ブロークバック・マウンテン」の物語とリンクしているような不思議な感慨を持ってしまうのであった・・・
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レビューを読ませていただくと、『ウェディング・バンケット』も観たくなってきました。
俺は『ハルク』も好きなもので・・・続編も密かに期待してたりするのですが・・・ないでしょうね。
順調でもないですが、峠は越えた感じです。
ただ、撮影で金使いすぎて、5月はあんま観れなそうです。
続編ってハルク2??
この期に及んで撮ったらある意味尊敬できますね
想像力を掻き立てる演出。
セリフの少なさ・・・。
ジャックの母の優しさも、胸を打ちました。
言葉ではなく仕草で、息子の同性愛を肯定していますね。
TBありがとうございました。
そのときのお父さんの表情も絶品でした
>カオリさま
想像力をかきたてる映画だったってことでしょう
ホント美しいホモ映画でした。
とろけちゃった。トロトロ。
「絵はがきを並べた様な映画」
さすが!お見事な表現です。
TBありがとーでした!やほーい!
はい、絶賛です。
愛のドラマに人種も性別も関係ないのさ