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プライドと偏見

2006-02-02 03:13:55 | 映評 2006~2008
ジェーン・オースティンの原作「高慢と偏見」(新潮文庫では「自負と偏見」)は何年か前に一回読んだだけ。英米系の小説や映画でよく引き合いに出される小説であることと、そのころ観た同じオースティンの「分別と多感」の映画化「いつか晴れた日に」(センスねー邦題)が面白かったので、興味を持って読んだが、この映画を見るまで、どんな話だったか忘れていた。
いくらかストーリーを端折ったように思えるところがあり、すっきりしないところがあって、帰宅後に本棚から埃かぶった原作本を取り出して再確認した。
具体的には、ダーシーがジェーンとビングリーの仲を裂いた経緯が映画を観ていても僕にはよく分からなかった。
イギリス人には常識のストーリーかもしれないから、あの程度の端折りは許容範囲かもしれないが、あんま馴染みのない僕には少々不親切に感じる。ま、わかんないならわかんないで、さらっと流してもいいような瑣末な部分だが・・・

それくらいのことを差っぴいても充分に満足できる傑作であったと信じる。
ストーリーだけ追って観る人には、単なるラブコメとか、逆玉乗ろうと必死な女たちの物語とか、特に意外性のない物語とか、そんな風に思えるかもしれない。
実際、ストーリーは大したことない。上記の意見は概ね正しい。良くも悪くも原作にほぼ忠実で新解釈も何もない。
ストーリーそれ自体ではなく、ストーリーの運び方。特にカット割り、演技の付け方が、見事すぎる。これは正に脚本家ではなく監督によって作られた映画なのだ。

この映画を「視線のドラマ」と呼んでみたい。

主人公の2人が反目しあいながらも、お互いのこと好きなのバレバレじゃん・・・と思ってみていたけど、ふとバレバレと思わせることこそ、監督の目的だったのだと気付く。
カット割りは常に見る者と見られる者の視線を意識している。
ダイアログピクチャなんだから当然の処理であると言えるが、会話の中心にいない人物たちの視線まで丁寧に丁寧に撮る。
特に、エリザベスとダーシーの視線の描き方が重要だ。エリザベスを見つめるダーシー、あるいはその逆というカットが多い。ことさら意識しているでもなく、しかし視界の中に相手の姿を求める2人。この2人の吐き出す言葉とは裏腹な視線のドラマが静かに着実に熱を帯びていく。

視線へのこだわりは、ブランコにのるエリザベスの視点カメラにも感じられる。

あちこちで賞賛されている、舞踏会のシーンにおける、会場となる屋敷を徘徊するような長回しのカメラワークにも感じられる。

監督の視線へのこだわりが決定的だったのは、エリザベスがジェーンとビングリーの破談に関してダーシーの果たした役割を知った時のカット割り。

ダーシーの友人から、ダーシーがジェーンとビングリーの仲を裂いたことを聞かされ、はっとするエリザベスのアップ

ダーシーの顔アップ・・・と思ったらフォーカスがダーシーの顔から手前のエリザベスの顔に映り、そのままダーシーから顔をそらすエリザベス。

フォーカスの移動が、視線の拒否、つまりはダーシーが寄せる好意の拒絶を表す。

それから、終盤で、旅行中にダーシーの屋敷を通りかかり、留守だからと屋敷内を案内されていると、思いがけずダーシーに出会ってしまうシーン

展示品や調度品に見とれるエリザベス。ピアノの音色が聞こえ、音がもれてくる半開きのドアを覗く(ドアを覗くエリザベスの顔アップ)

ドアの向こうの覗き見ショット。そこに(居ないと思っていた)ダーシーの姿がフレームイン

振り返るダーシー

ドアの隙間への高速ズームで、エリザベスの目のアップへ

ここなど、これでもかと言わんばかりに、見る者と見られる者を描き、さらには"目"そのものを写す。このシーンでは対象物にピントをあわせ、お互いに受け入れ合う感情を表している。

ほんとにすごい。カット割りの効果をこれほど考えているのが、若干33歳(だっけ?)の監督。
おなじ脚本を日本の誰とは言わないがツツミユキなんとかあたりに渡して撮らせたら、とたんにひどいシロモノが出来上がるだろう。(恋愛写真とかいうゴミみたいな映画を見る限り、あの監督がアップばかり撮るくせに視線に全く無頓着であることは明白。それ以前に出演者の目が泳いでいる)
で、これだけ視線を重要視する以上、俳優にも多くのことが求められる。キッと相手を見据えたり、睨んだり、わざと目をそらしたり、時には台詞と正反対の感情を瞳で語らなくてはならない。しかも物語上、主人公は20歳前後で、演じる女優もその近辺の年齢の人が望ましい。だが若くして、そこまで堂々と演技できる人なんているのか?
いたんだな。
去年トニー・スコット先生の映画でキーラ・ナイトレイを演じたドミノ・ハーヴェイがその人だ(わざとですよ)
さすがにブラッカイマーのもと大作映画に何本も出ただけあって、度胸充分。監督の明確なビジョンと適切な演出のおかげもあろうが、要求にパーフェクトに応えた堂々とした目の演技、表情の芝居。先日発表されたアカデミー賞の主演女優賞ノミネートも納得しすぎでこまっちゃうくらい。(まあ、受賞はないだろうが)

******
ドナルドを見たら悪人だと思え、という格言がある。嘘ですけど。しかし、ドナルド・サザーランドを見たら、殺人犯、汚職政治家、ろくでもない殺戮兵器開発を指揮する軍人・・・とか、ついそんな目で見てしまう。
(ちなみに、上記の格言は、「オールドマン」「シニーズ」「ウォーケン」「リスゴー」「マルコビッチ」と入れ替えてもOK。他に、「ブシェーミを見たら狂人と思え」、とか、「ノートンを見たら多重人格と思え」、とか映画界には色々な格言があります。)
そのドナさんが、本作では立派な父親を演じて、映画を引き締める。
あの悪党ドナさんに、わっはっはっと大笑いさせられた中盤
終盤では、エリザベスを祝福するあのドナさんの目に涙が。あまりの嬉しさにもらい泣きしているんだよ!! あのドナさんが!! (演技だろって? わかってるよ!! んなこと)
それまで、目と視線にこだわってきた監督は、こわもてドナさんの涙をドアップにするような野暮はしない。
ちょい引き気味でドナさんの面子を立てる。そして締めの台詞をドナさんに喋らせる。
にくい。


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7 コメント

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はじめまして (YOSHIYU機)
2006-02-15 22:39:32
『バッド・エデュケーション』への

お返しのTB有難うございました。



カット割りに注目するなんて、深い洞察力で

映画を観られてるんですね。

私も撮り方にはこだわってるとは思いましたが

長回しのシーンが2度あった事ぐらいしか

印象になかったです。

こんばんは (あん)
2006-02-16 22:27:15
映像も音楽も美しい素敵な文芸作品でした。オールイングランドロケも魅力的でした。イギリスいきたいなー。Tb失礼します。
コメントどうもです (しん)
2006-02-23 00:11:04
>YOSHIYU機さま

長回しも見事だったですね



>あん様

寅さんだってオールジャパンロケやってるんですが、オールイングランドにはかないませんね
はじめまして (ジョアン)
2006-08-22 15:56:02
うまく言葉にできなかった自分の感動が、こちらのブログで正確に文章化されており、思わずコメントしてしまいました。そう、セリフではなく視線で感情が表現されており、そこがとても素晴らしいドラマなんですよね。役者さんたち(特にダーシー役)もその辺りを十分意識していたような・・。



最近DVDで鑑賞しましたが、コメンタリーで監督が「食卓のシーンは視線が交錯するため、話し手とその相手を正確に描写しなくてはならず大変である」。また、「超アップと超ロングの切り替えが好き」とも語っておりました。元々視線に対して鋭い感覚を持った方なんだと感じました

コメントどうもっす (しん)
2006-08-23 06:39:19
>ジョアンさま

何気に大好きなこの映画へのコメントうれしいです。

おお、やっぱ視線を気にして撮っていたのですね。
TBありがとうございました。 (ココ(ココのつぶやき))
2007-01-30 19:25:49
こちらにも、TBありがとうございました。感謝です。
しんさんの解説がすごく詳しいので、また映画のシーンがよみがえってきました。いい映画でしたね。好きな映画です。キーラ・ナイトレイも結構演技派ですね。「パイレーツ・・・」見てたら、ただの女の子って感じなのにねー。やっぱり監督の力って大きいですね。またこんな映画が来ればいいなと思います。
コメントどうもっす (しん)
2007-02-02 00:54:10
>ココさま
みんながキーラ好きになってくれて嬉しい年でしたが、その多くは「プライドと偏見」という映画の存在を知らないような気がします。
大物女優の風格すら感じさせる彼女に期待ですね

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