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映像作品とクラシック音楽 第十回 黒澤明監督作品・後編〜『乱』『夢』『まあだだよ』

2021-04-01 12:00:00 | 映像作品とクラシック音楽
映像作品とクラシック音楽 

第十回 黒澤明監督作品・後編〜『乱』『夢』『まあだだよ』

 

クラシック音楽好きのインディーズ映画監督の齋藤新です。

今回は連続3回となってしまった黒澤映画編の完結編として、黒澤晩年の作品でのクラシック音楽の影響や使用について紹介したいと思います。

 
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『乱』音楽:武満徹

実は『乱』は私個人的には黒澤映画で一番好きな作品です。アカデミー賞でも監督賞でノミネートされるなど、海外では黒澤の代表作級の扱いです。
音楽も『影武者』に比べると、違和感など全然なく、武満徹の幽玄の世界が、カラー時代の黒澤の作風とものすごくマッチしていて素晴らしい効果を上げています。黒澤と武満のコラボが2作だけで終わったのはもったいない気がします。

『乱』も予告編を見ると、マーラー1番の三楽章が重々しく奏でられます。

 

https://youtu.be/dNRcnpPKZ0w


これも予告編だけで『乱』本編でクラシックの曲はかかりません。とはいえマラ1の三楽章に似た曲は、ラスト近くの葬列のシーンで聞くことができます。


そして『乱』のもっとも素晴らしいシーン、中盤の三の城落城シーンですが、ここでかかる武満の音楽は、彼の最高傑作ではないかと思ってます。
ところがこのシーンの音楽も黒澤は既成曲の強いイメージがあって、マーラーの「大地の歌」の第六楽章だというのです。
なるほど、そう言われて聴いてみると、三の城落城のテーマの冒頭部分のオーボエの入り方とか、似てますね。
ここも黒澤が「大地の歌」にあわせて編集までしてからの作曲依頼となり、黒澤と武満はかなり争ったようです。黒澤はどうしても歌声をつけたかったらしく、武満は歌を入れることに反対でした。結局歌無しの曲が使われているので、黒澤が折れたってことでしょうか。このシーンは西洋的な歌声を入れるべきではないと思うので武満が正しかったと思いますが…


とは言え『赤ひげ』も『乱』も作曲家と監督がぶつかりにぶつかったから素晴らしい音楽になっていると思うのです。
ただ黒澤も年を取ってくると喧嘩するのもおっくうになってきたのか、だから晩年は面倒なことを言わない池辺さんに音楽を依頼したのでしょうね…
 
『乱』のサントラは廃盤となっており今は買うことができず、これもあの時買っておけばよかったと後悔している一枚です。
武満全集とかにも入ってないしなあ…
 
 
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『夢』音楽:池辺晋一郎(使用曲ショパン「雨だれ」)

『夢』で黒澤はクラシック音楽そのものを劇中本編で使います
マーティン・スコセッシがゴッホを演じたエピソードで、ショパンの「雨だれ」がかかります。
黒澤は例によって「雨だれ」のイメージで、これに似た曲を新たに作ってとオーダーしたのですが、池辺さんは黒澤監督の「雨だれ」への並々ならぬこだわりを感じ取り、佐藤先輩や武満先輩の苦労も脳裏をよぎったか、いやここは「雨だれ」そのままでいきましょう!と強く言って、黒澤を説得し新曲ではなく「雨だれ」を使うことで納得させました。
ところがこれが大変な苦労の始まりだったのです。

池辺さんはアシュケナージの弾く雨だれの録音を映像に合わせて、一部音楽を映像に合わせて編集したりして、黒澤が満足いくものにしました。
ところが権利の関係でアシュケナージの録音はどうしても使えなくなってしまったのです。
そこで「雨だれ」を新録することになったのですが、演奏に合わせて編集をやり直すような黒澤ではないので、池辺さんはアシュケナージと同じように弾いてくれる人をさがして音大の学生に弾かせようと思っていると話すと…
 
> 
>黒澤「だめだよ君、学生なんて、一流の人じゃなきゃ」
>池辺「監督、一流の人はその人の解釈、弾き方があって、これと同じにならないですから、むしろ学生の方がいいんですよ」
>黒澤「ダメだよ一流じゃなきゃ、あのナントカ紘子ってのがいいだろう」
>中村紘子のことだろうなと思った瞬間、僕が中村紘子さんにこれと同じように弾いてって言ってパチーンと平手が飛んでくるシーンが頭に浮かびましたよ

~~「『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』オリジナルサウンドトラック」の解説より~~


黒澤はどうしてもわかってくれず、困り果てた池辺さんは、恩師の奥さんであり、音大では同期だったピアニストの遠藤郁子さんに、お願いしますと頼んだのだそうです。
遠藤郁子さんも「アシュケナージと同じに弾けなんて嫌よ」と断ったのですが、彼女のご亭主が黒澤監督と仕事ができるんならやってみてはどうかと説得してくれて、遠藤さんが弾くことになりました。
そしてアシュケナージの音に合わせて、タイムコードぴったりに鍵盤を引くように池辺さんは助手2人もつかって指揮してかなり苦労したのです。
池辺さんはこんなことなら黒澤監督の言う通り新規で作曲すればよかったと後悔したとか…
 
 
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『まあだだよ』音楽:池辺晋一郎(使用曲ヴィバルディ「調和の霊感」)

黒澤の最後の作品です。その前の『八月の狂詩曲』から、いよいよ黒澤は似た曲の作曲でも、クラシック音楽の新録音でもなく、既存の音源をそのまま使うようになります。『八月の狂詩曲』はヴィバルディのスターバト・マーテルを持っていたレコードからそのまま使いました。

そして遺作の『まあだだよ』です。
黒澤映画全30作のランキングを作ったら30位に近い位置に来そうな気がする映画ですが、私は大好きです。そりゃあ『七人の侍』と同じくらい面白いとまでは言いませんが。
内田百閒とその教え子たちの師弟愛の物語で、作品としては『椿三十郎』や『赤ひげ』の変奏曲ととれなくもないですが、この映画の百閒先生はむしろ黒澤明の姿が重なり、黒澤の遺言の様にも受け取れます。

この作品も音楽に池辺さんがクレジットされてはいますが、新規に作曲した曲は1つもなしで、音楽も既存のレコードをそのまま使ったとのことです。池辺さんは中盤の所ジョージらが歌う「出ーたー出ーたー月がー」の歌などの指揮とか、あとは音楽関係の相談役だったとのこと。
メインテーマ扱いで使われた曲はヴィバルディの「調和の霊感」の第二楽章です。
サントラによるとクラウディオ・シモーネ指揮、演奏はイ・ソリスティ・ヴェネティとのこと(不勉強で指揮者もオケもよく知らないのですが)

ラストシーンで子ども時代の夢を見ている百閒が、かくれんぼで隠れている最中に、色とりどりの絵の具で自由に描かれたような夕焼け空を見つめる場面で調和の霊感がかかります。(他にも何シーンかでかかります)
その幻想的な空と、ヴィバルディの美しい調べが合わさって、とても印象深いです。世界の巨匠が見ている風景と聞いている音。映像と音の掛け算を常に追求し、複雑な対位法を駆使した劇的な音響演出で魅了してきた黒澤監督のラストシーンは、美しい画×美しい音楽というきわめてシンプルな演出でした。
それは余計なものをすべてはぎ取って、純粋な心に回帰した巨匠の境地のように感じます。
黒澤監督と同じ夢を見ている・・・と思いながら聞くと、とても味わい深く、深い余韻が残ります。


正直言うとヴィバルディって「四季」しか知らなかったのですが、『八月』の「スターバト・マーテル」や、『まあだだよ』の「調和の霊感」でまだまだ知らない音楽はたくさんあるんだなと、黒澤監督が教えてくれました。
そういえばフルトヴェングラーもマーラーも黒澤監督きっかけで知ったわけです。黒澤監督に感謝です。
 

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【CD紹介】
クラシックのCDではありませんが、「『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』オリジナルサウンドトラック」です。

池辺さんと遠藤郁子さんと黒澤監督が激闘したショパンの「雨だれ」や、ヴィバルディの「スターバトマーテル」や「調和の霊感」を堪能できます。吉岡秀隆さんらが調子っぱずれで歌う「野ばら」も収録されてて、ちょっとほっこり。「まあだだよ」の「でーたーでーたーつーきーがー」の合唱が無いのが残念。

 

あと武満徹の『乱』の音楽が収録されたアルバムがありましたらサントラじゃなくてもいいので、カバー版とか演奏会のライブ録音とかでもいいので教えていただきたいです。
 
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ちなみに私の黒澤映画ベスト7

『野良犬』
『七人の侍』
『どん底』
『用心棒』
『天国と地獄』
『乱』
『八月の狂詩曲』

七人の侍にかけてベストテンでなくベスト7としました。順位付けずに公開順に並べました。

 

それではまた!映画とクラシック音楽でお会いしましょう

 

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参考文献

西村雄一郎著「黒澤明 音と映像」

CD 「『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』オリジナルサウンドトラック」ライナーノーツ

その他 Wikipedia など

 

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参考・黒澤明監督作品全30作

姿三四郎(1943)
一番美しく(1944)
続・姿三四郎(1945)
虎の尾を踏む男たち(1945)
我が青春に悔いなし(1946)
素晴らしき日曜日(1947)
酔いどれ天使(1948)
静かなる決闘(1949)
野良犬(1949)
醜聞(1950)
羅生門(1950)
白痴(1951)
生きる(1952)
七人の侍(1954)
生き物の記録(1955)
蜘蛛巣城(1957)
どん底(1957)
隠し砦の三悪人(1958)
悪い奴ほどよく眠る(1960)
用心棒(1961)
椿三十郎(1962)
天国と地獄(1963)
赤ひげ(1965)
どですかでん(1970)
デルス・ウザーラ(1975)
影武者(1980)
乱(1985)
夢(1990)
八月の狂詩曲(1991)
まあだだよ(1993)


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