前回に続けてクラシック音楽を軸にジョン・ウー監督の映画史を振り返ります。誰も興味を持たないかもしれませんが、あえて空気を読まずに続けます
【クラシック音楽的ジョン・ウー映画史 ハリウッド編 「カルミナブラーナ」っぽい曲/『ミッションインポッシブル2』】
イギリスがアヘン戦争で中国から99年間の期限付きで分捕った香港ですが、その期限切れが迫ってきた90年代。この時期、香港で自由な映画作りを謳歌してきた映画人たちがこぞってハリウッドに活動拠点を移していた印象があります。ジョン・ウーも然りでした。彼の80年代のガンアクション映画が中国共産党に好まれるわけないような気がするので、彼の判断は間違いではなかったと思います。
が、しかし、ハリウッドの、予算は100倍でも色々とがんじがらめな映画作りのシステムがジョン・ウーにあっていたのかというと微妙だった感じはします。
ともかく、ジョン・ウーはハリウッドデビューを果たします。
彼を最初にハリウッドに招聘したのはアクションスターのジャン=クロード・ヴァン・ダムでした
ヴァンダム主演の『ハード・ターゲット』(1992)は、ヴァンダムが恐怖の人間狩りゲームの標的になるが殺し屋たちを全員返り討ちにするというそんなストーリーでした。読んで察しはつくと思いますがストーリーに関してはあり得ないくらいスッカスカでしたがジョン・ウーのアクション演出テクニックがぎっしり詰まったアクション映画としては超傑作でした。悪役が『エイリアン2』のアンドロイド役のランス・ヘンリクセンだったりでアクション以外にも見所ある映画ですが…音楽的にはあまり語るところはないのでこれくらいで(グレアム・レベルの音楽は私は好きです)
テレビ映画なども何作か手がけつつ(ジョン・ウーのテレビ映画ではドルフ・ラングレン主演『ブラックジャック』はめちゃくちゃ面白かったです)、ハリウッド第二作『ブロークン・アロー』を発表します。
テロリストに奪われた核弾頭を奪回せよという『ハードターゲット』に比べれば少しは話の筋らしきものはできたのですが、残念ながら全然面白くない映画になってしまいました。
とは言え、ウーにとっての盟友と呼べる何人かとの邂逅となった作品でありました。出演したジョン・トラボルタとクリスチャン・スレーターもそうですが、作曲担当としてハンス・ジマーと出会ったことはとても大きかったと思います。『ブロークンアロー』のジマーのスコアはジマーのベストかもしれないと思うくらいの素晴らしさです。
次に一般的にはハリウッド時代の代表作と呼ばれる『フェイス/オフ』を発表します。
本作の音楽はジョン・パウエルとクレジットされていますが、裏でハンス・ジマーが手を回していたに違いないジマーっぽい音楽になっています。パウエルは『ボーン・アイデンティティ』などで独自のスタイルを開花させていく才人ですが、パウエルの音楽としては『フェイスオフ』はあまり面白味のないスコアになってしまいました。
そしてジョン・ウーのハリウッド第4作にして多分彼の最大のヒット作『ミッション・インポッシブル2』(以降MI2)となるわけです。
MIシリーズ全部思い返しても2は圧倒的に異彩を放っていたと言いますか、スパイっぽいこと何もせずひたすらアクションアクション、スローモーション、鳩!ってな映画でした。トムはMIシリーズのオーナーになったというのに一体何をしたかったのかと疑問に思うくらいでしたが、トムも流石にやり過ぎと思ったのか3からは急速に本来の路線に修正しています。
ともかく『MI2』ですが、音楽は盟友ハンス・ジマーが担当。ジマーもジョン・ウーとは相性がいいのかこの作品でも音楽はノリノリです。
さて、全般ロックテイストな音楽のかかる本作ですが、最大のクライマックス的なシーンでクラシック音楽にインスパイアされたと思しき曲がかかります(ロックとクラシックを同じノリで一つの作品の中で使えるのがハンス・ジマーの強さであります)。
トムが敵に捕まり、敵のボスの前に引きずり出され、ボスは無慈悲に銃弾を撃ちこんでトム最期!と思ったらそれはトムに変装させられていた敵の幹部で、本物のトム様はこっちだぜぇぇぇ!!って変装用ラバーマスク取りながら走っていく…そんなシーンにかかる曲がですね…
カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」の「おお、運命の女神よ」に似てるんですね
ハンス・ジマーという方は時々既成曲からの引用やパクリ?をしれっとする方でして、その辺の彼のクセから考えてカルミナブラーナを意識したのは間違いないと思います。
MI2のころがジョン・ウーinハリウッドのピークだったと思いますが、その後は『ウィンドトーカーズ』『ペイチェック』と、批評的にも興行的にもパッとしない作品を作ってハリウッド期が終わります
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【クラシック音楽的ジョン・ウー映画史 中国凱旋編 岩代太郎の『レッドクリフ』】
ジョン・ウーのハリウッドでの約10年間は成功だったのか失敗だったのか?について論じる気はありませんが、ハリウッドから戻ったジョン・ウーが新しいステージに入ったのは間違いありません。
ウーは念願だった「三国志」の映画化に挑みます。三国志最大の戦いである赤壁の戦いを映画化するというのです。『レッドクリフ』(2008)のことです。
当初発表されたキャストは、呉の軍師周瑜をチョウ・ユンファ、蜀の軍師諸葛孔明をトニー・レオンというではありませんか!スッゲー!観てー!と全三国志ファンと全ジョン・ウーファンが歓喜したのですが…
ところが、台詞が北京語と聞いて北京語の苦手なユンファは出演を自ら降りてしまいます。
ウーとの三国志は蹴っておいてかわりにドラゴンボール実写版で亀仙人を演じるという当時のユンファのチョイスは明らかに間違っていました。今でもユンファを呼び出して小一時間くらい説教したい気分になります。
そんなこんなで周瑜役はトニー・レオンに、孔明役はというと金城武になるわけです。
ウーの憧れヒーローを演じてきたパワーを発散するユンファと、ウーの分身のような役を演じてきた内向的な役の多いトニーの違いは『レッドクリフ』の作風を大きく変えたように思います。
金城君の孔明は、なんか弱そうだし頭悪そうだな…と不安も抱きましたし、実際孔明の見せ場的なものがほとんどなくなってしまった気はしますが、それでも金城君は頑張ってましたので好印象です。今からでも金城孔明で五丈原の戦い見たいですよ。
で、『レッドクリフ』の音楽ですがクラシック音楽の引用もインスパイアも何もないのですが、作曲担当の岩代太郎の音楽があまりに素晴らしかったので書いておきます。若干ムソルグスキー展覧会の絵っぽいメロディも感じますが、まあ偶然でしょう。
ジョン・ウー映画でフルオーケストラのシンフォニックスコアが鳴り響くなんてあまりない事なのですが、岩代太郎の壮大なスコアは見事に三国志の歴史ロマンの世界に連れて行ってくれました。
オープニングから音楽の素晴らしさに心を持っていかれます。
やはりこの人はスケールの大きな国際的な映画でこそ真価を発揮するのだと思いました。日本でも非常に多くの映画やアニメに素晴らしいスコアを提供してはいますが、どうにも岩代太郎のスケール感に見合っていない気がします。(久石譲さんなんかは割と日本映画くらいのスケール感でしっくりくるんですけど)岩代太郎と大島ミチルのお二人は世界で活躍してほしいなあといつも思っています。
岩代太郎は韓国映画で今をときめくポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』の音楽も担当しておりました。もっともっと世界に知ってほしい作曲家です。
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その後のジョン・ウーですが、迷走してる感じがしないでもありません。
福山雅治を主演に日本で『君よ憤怒の河を渡れ』をリメイクしたアクション映画『マンハント』を撮りましたが、ツッコミどころしかないような映画でした。
もっとも『君よ憤怒』もツッコミ祭な映画だったのでさらにパワーアップさせたところはジョン・ウーらしい気もします。
その後、日中韓のキャストで中国版タイタニックみたいな映画を撮ったはずで日本からは長澤まさみが出演してたりするのですが…日本公開された覚えがありません。よほどつまんない映画になってしまったのでしょうか?
ただハリウッド後のジョン・ウーに共通しているのは広くアジア圏全域からキャスト・スタッフを求めるようになったことです。
単にマーケティング戦略上の事情だけかもしれません。しかし暴力的な映画を撮りながらも現実の暴力や戦争を心から憎むジョン・ウーが! 人は愛によって分かり合えるのだと『挽歌』のころから一貫して描き続けるジョン・ウーが! アジア圏の平和と友好を願っていないはずはありません。ハリウッドで良くも悪くも世界の風に当たったことでグローバリズムを自身の映画に求め、映画でアジアの平和に貢献しようとしているのではないかと勝手に思っています。
これからもスローモーションで二丁拳銃撃ちながら鳩飛ばす映画を、よりスケールアップさせて描き続けてほしいと願っています。
などと、無理矢理にもほどがある感じでクラシック音楽視点でジョン・ウー映画史書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
とりあえずジョン・ウー作品の全てではないですがおススメの作品を列挙します。ご興味があればスローモーション・二丁拳銃・鳩の世界をおたのしみください
(人によっては、ナニコレ?しょうもな!って思う映画も結構あるかもしれませんが、まあ、そこは自己責任でお楽しみください)
『男たちの挽歌』
『男たちの挽歌2』
『狼・男たちの挽歌最終章』
『ワイルドブリット』
『ハードボイルド 新・男たちの挽歌』
『ハード・ターゲット』
『フェイス/オフ』
『ミッション・インポッシブル2』
『レッドクリフ Part1』
『レッドクリフ Part2 未来への最終決戦』
それでは今回はこんなところで
また素晴らしい音楽と映画と二丁拳銃でお会いしましょう!