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スポーツヲタクの独り言

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貴乃花親方饒舌の理由(あくまで個人的な推測)

2005年06月14日 23時05分06秒 | 相撲
亡き二子山親方は、どれだけ悲しんでいるだろう。過去最多の約4800人が集い、別れを惜しんだ協会葬の日。厳粛な雰囲気の中、それぞれの夫人を挟んで遺族席に座った勝さんと貴乃花親方の間に言葉はなく、静かな火花が散っていた。
協会葬が終わった直後、両者の“バトル”は開戦した。沈黙したのは、いつもニコニコ顔で話し上手な勝さんだ。協会葬後は一切無言。そして、報道各社にFAXで文書を送り、一連の騒動に「花田家を守らなければならない立場にある、私の不徳の致すところ」「花田家のプライベートな事柄であり、こうしたことで世間を騒がせるのは父も望んでいない」などと“大人の対応”。応対すれば質問攻めに遭い、報道を過熱させてしまうとの判断と同時に、過熱の原因をつくっているのはしゃべり過ぎる貴乃花親方だということを、暗に示唆していた。
だが貴乃花親方は、この日もしゃべり続けた。協会葬後は遺族代表として会見した後、日本テレビ「ニュースプラス1」に生出演。あえて兄が出演する番組を持つテレビ局で、積極的な批判を展開した。5月30日に二子山親方が死去した際の病室での争いも、見取り図で解説しながら「事実です」と認めた。
番組では40分以上も話し続けた。「私の口からはひと言も出ていないはずの(師匠の)財産の話に発展してしまい、これは黙っていられないと思った」と口をつぐむ兄を非難。「あまりにも計画的に練られたものだと思う。(彼は)当事者ですよね。(発言しないなら)誰が答えるのか、ということになる」さらに「花田勝さんは愛きょうがいいことで人気を博していた。こういう時に出てこないのは理不尽。私に対して反論するならきちんと反論して欲しい。テレビに出て自分の口で答えるべき」とまくしたてた。
告別式での喪主を長男の勝さんが務めるよう、伯父の花田勝治さん(元横綱・初代若乃花)に説得され、所有するつもりだった「二子山」の年寄名跡証書なども、いつのまにか花田家親族に保管されている。貴乃花親方が突然、多くを話し始めた最大の理由は、師匠死後の花田家の中での孤立。一方的に責める弟、何も言わぬ兄という図式は続き、解決の糸口もない状態だ。これでは偉大な父も浮かばれない。

きっと貴乃花は必死なのだ。花田勝との個人的な軋轢などは実は眼中にないに違いない。彼の思惑はただ1点、貴乃花部屋存続だけなのだろう。
貴乃花親方は二子山親方が遺したもの全てを受け継がないと部屋経営が成り立たないのだ、きっと。いや、全て受け継いでもしんどいのかもしれない。なんなら「相続税」だって払う必要がない(払えない)と考えているのかもしれない。
世間から見て非常識と思える行動、協会葬直後のテレビ出演等も「喪中なのに非常識」という非難より「自らの立場の正当性」を訴えることが重要であり、また高額なギャラ(推測)が必要だったに違いない。
二子山親方が遺してくれたものといわれているのは(1)二子山部屋(現貴乃花部屋)の土地・建物(2)山響・二子山親方の名跡(3)九州場所で使用する宿舎(4)軽井沢の別荘(5)相撲協会から支払われる功労金等(6)預貯金 が考えられる。このうち二子山親方の生前にすでに貴乃花親方に贈与(名義変更)されているものとして山響親方の名跡と九州場所で使用する宿舎がある。親方の名跡は裁判の判例でも財産的価値が認められ、相場も設定されているが親族間それも所有の有資格者間での贈与に関しては対価が発生しなくてもお咎めはない。建前上、年寄名跡の売買は認められていないが、他ならぬ「二子山」の名跡が先代から故二子山親方に所有者変更(実の兄弟間だったが)がなされた際に金銭が動いていたことが「脱税」という形で露見している。九州場所で使用する宿舎の所有者に関する部分では生前に「贈与税」が発生していれば今回のことで何も問題はないが、そうでなければ相続とは別の問題になるだろう。
で、残った遺産だが、部屋の土地・建物には1億2600万の抵当がついている。音羽山を貴ノ浪に継がせるための「借金」らしいが、いまだに返済されていないらしい。相続にあたってはこの「整理」もついてくる。音羽山親方の将来もかかっているだけに難しい問題を内包している。
貴乃花親方が部屋経営に関する部分は相続という問題ではなくすでに継承して自ら「守って」いると強調している点が今後最大の争点になるはずだ。つまり相撲部屋の経営を引き継いだ以上、経営権の譲渡にはそれに必要な土地・建物や年寄名跡等は付随するものであって「遺産」にはあたらないということを言いたいに違いない。喪主にこだわり、遺骨保有にこだわり、花田勝を「相撲界を出た人間」と強調するのも相続人ではなく「継承者」としての正当性をアピールするためというのが「私の推測」だ。
二子山親方が本当に貴乃花親方を正当な継承者と認め、全てを委ねる気持ちがあったら、自らの死期を悟った段階で法的に認められる「遺言」をしっかりと遺しておくはず(それでも「遺留分」を巡って争いが起きないとも限らないが)。そうしなければ同等の権利を持つ相続人が確実にもう1人いる以上、遺産が分割されてしまうことを止められない。貴乃花親方がその遺言について言及できないのはつまり自分有利の遺言は存在しないことを証明しているのも同じだ。
「二子山」の名跡証書が貴乃花親方の手元にないのも、花田家の財産保全策なのだろう。貴乃花親方はすでに「山響」の名跡を所有している。協会では名跡の複数所有を認めていないため、「二子山」の名跡を貴乃花親方は所有できない。そこで考えられることはまず「山響」と「二子山」の名跡交換。このことは建前上「等価交換」だが、親方としての「バリュー」には大いに差がある。貴乃花親方とすれば父親の名跡を保有したいと言うのが本音だろう。そして交換して空いた「山響」を一門の誰かに「無償譲渡」してしまえばいい。無償というのはあくまで表向きで、将来何らかの形で返還(同一名跡でも他の名跡でも金銭でも問題はあるまい)してもらえば、相続問題をクリアできてしまうはずだ。親族が名跡証書を早い時期に手元に置いたことは、4月に「音羽山」と「山響」の名跡証書が「紛失」したことで明らかだ。そのとき同時に「二子山」の名跡も一緒に「紛失」しているに違いない。つまり、全てまとめて親族が持っているとみて間違いなかろう。
ま、巷間言われている「遺言テープ」や「メモ」の類は、仮に貴乃花親方に不利な内容だろうと、法的な効力はまったくないはずだ。それでも貴乃花親方が恐れることは、裁判に持ち込まれ等分に相続せよ、となることや、第3の相続人になる可能性がある内縁の女性「M」さんの存在。
部屋の存続や、一門内での勢力維持・拡大のためにも、今あるものを全部もらっても足りないであろう貴乃花部屋。
相撲界の常識なのか、貴乃花親方自身の信念なのかはわからないが服喪の時期でもヘラヘラ前に出るセンス。この時期他の部屋の親方衆は名古屋場所に向けての稽古の真っ最中だろうし、スカウト活動にも勤しんでいるに違いない。個人的にはテレビに出てもう一人の相続人を攻撃するより、手を結んで丸く収める方法を画策したほうが利口と思うのだが…。

しかし、テレビ局も残酷なものだ。目先の数字の為なら貴乃花親方を「利用」することも平気だ。そしてどうやって花田勝を引っ張り出して同じ土俵に乗せるかが今現在の最大の関心事なのだろう。ま、そうやって兄弟の問題として矮小化されれば、相撲界としても「御の字」となるのかもしれない。

二子山親方協会葬直後に喪主がテレビでベラベラ。北の湖理事長何とかして!

2005年06月13日 22時32分00秒 | 相撲
先月30日に55歳で死去した大相撲の元大関貴ノ花の二子山親方(本名花田満)の日本相撲協会葬が13日、東京都墨田区の両国国技館でしめやかに営まれた。
葬儀委員長の北の湖理事長(元横綱北の湖)、横綱朝青龍ら関取、親方のほか、プロ野球ソフトバンクの王貞治監督、自民党の安倍晋三幹事長代理ら各界の関係者約800人が参列、故人の冥福を祈った。ファンら一般の弔問者約4000人も焼香し、「角界のプリンス」の早過ぎる死を惜しんだ。
喪主を務めた二男の貴乃花親方(元横綱貴乃花)は協会葬後に記者会見し「たくさんの方に見守られ、亡き師匠の心に響く葬儀になった。天国で笑って見てくれている様子を心に浮かべて指導します」と神妙な表情で話した。
二子山親方の死去後、若乃花、貴乃花兄弟の確執が浮き彫りになっている。長男の花田勝氏(元横綱三代目若乃花)も参列したが、兄弟が言葉を交わす場面はなかった。この日もワイドショーのリポーターら報道陣が多数詰め掛けた。
協会葬は1996年12月に亡くなった鏡山親方(元横綱柏戸)以来で、9年ぶり22度目。
故二子山親方の長男、花田勝氏(元横綱三代目若乃花)は日本相撲協会葬で喪主の貴乃花親方夫妻に続いて焼香し、葬儀が終わると無言で車に乗り込んだ。
報道各社にはファクスでコメントを出し、「生前の姿が脳裏に浮かび、胸が詰まる思いで過ごしております」と心情をつづった。兄弟間の確執などがワイドショーや週刊誌で大きく取り上げられていることについては「ファンの方々に申し訳ない。花田家を守らなければならない立場にある、私の不徳の致すところ。こうしたことで世間を騒がせることは父も望んでいないに違いありません。今後もこの件に関するコメントは控えさせていただくつもり」とした。
二子山親方の実兄で師匠でもあった花田勝治氏(元横綱初代若乃花)は、報道陣の問い掛けに「ほっとしました」とだけ話し国技館を後にした。
協会葬といえば、たった22度目の「名誉」。その上アリーナまで開放しての大葬儀は故人の人気や業績に最大限の敬意を払ってのこと。事実、参列者や一般弔問客などの多さには驚かされる。
しかし、その「立派」な協会葬の直後、その喪主たる貴乃花親方がニュース番組に生出演し、身内の問題を語り倒す始末。何やら「常識」論をぶったようだが、一般常識として喪主は協会葬の実行委員等の協会関係者にまずお礼やあいさつを先に済ませるのが礼儀ではないのか。
身内の確執は身内で話し合えばいいことであって、何もテレビカメラの前でやりあう必要性はない。実際花田勝は葬儀に関すること以外は自身の口から何も語ってはいない。病室での出来事や相続など、もっぱら貴乃花親方が語るのみで、あとはあくまでもマスコミが報じることだけだ。
兄弟の最大の関心事、相続問題などお互いに代理人を立てて話し合うなり裁判所の判断を仰ぐなりすれば済む。貴乃花が言う「相撲界から離れた」兄でも、相続はあくまで民法で規定されること。マスコミに語る必要などまったくないではないか。
こんな花田家の騒動で大相撲全体がスキャンダラスなイメージになるのは困りもの。ここは理事長なり、年寄会なりが黙らせるように「指導」してもいいのではないか? あるいは一門の指導的立場の親方(間垣親方あたり?)が説教してもいい。
ま、相続や部屋の継承、独立を巡ってはどこでも多かれ少なかれ揉め事は起こるもの。一世を風靡した貴ノ花と若貴兄弟ならではの「大騒動」はその人気が絶大だったことの裏返し。とは言っても災い転じて福にはなりそうにない雲行きじゃないかなぁ。7月10日が初日の名古屋場所開幕あたりまでは延々と続くんだろうなぁ、きっと。

貴乃花が何を言おうと消えない事実もある

2005年06月09日 20時50分50秒 | 相撲
大相撲の貴乃花親方(元横綱貴乃花)が9日、実父の二子山親方(元大関貴ノ花)が先月30日に死去してから、初めてけいこの指導を行った。
スーツ姿の貴乃花親方は、幕下以下の力士たちに熱っぽく声を掛け続けた。「やる気のないやつは下がれ」「いいぞ、その意気だ」。竹刀を手にする場面もあり、申し合いやぶつかりげいこのほか、腕立て伏せやすり足などの基礎運動にも重きを置いた。久々の指導に貴乃花親方は「ここがすべて。土俵が一番いいかな」と笑顔。上がり座敷の後方には二子山親方の写真を飾っており「おやじが帰ってくる場所は土俵のある場所。見守ってほしいから、部屋の全フロアに置いてある」とともに歩んでいく構えだ。
だがけいこ後には、部屋の外で待ち構える大勢のワイドショーのリポーターに対し、兄の花田勝氏との確執について赤裸々に話し続けた。「入門当時から若貴兄弟と取り上げられるのはうれしくもあったが、あまりにもきれいごとだった。いつかこういう日が来ることは分かっていた」と関係修復が困難であることをあらためて認めた。
現役時代はかたくななまでに口を閉ざして相撲に集中していた貴乃花親方だけに、最近の口数の多さにはやはり違和感を覚えてしまう。「自分が発言していることには自信がある。これからはお話ししますよ」。土俵外での騒々しさは、まだまだ続きそうだ。
繰り返しになるが、やっぱりこの人は状況判断ができない大馬鹿者だ。
口を開いて親兄弟を悪し様に罵れば罵るだけ世間に騒動が喧伝されて本人を含む一族郎党みんな揃ってイメージを悪くするだけだ。
貴乃花親方自身が引退後、話題になった問題は少なくない。断髪式のゴタゴタ。テレビ局に高額の放映権料で売り渡した断髪式は放送時間に合わせてはさみを入れる人数が制限され、 角界にゆかりの人々がことごとく排除されていた。その上強烈だったのはその断髪式のチケット販売を巡って後援者を暴力団を使って恫喝したとの話。そんな「黒い交際」に関して文部科学省が日本相撲協会に事情聴取したらしい。
あるいは二子山部屋後援会の解散問題。人間関係がものを言う角界にあって、このやり方には異論出まくり。今や貴乃花部屋は「火の車」とのうわさもある。
そして、元関脇安芸乃島の千田川親方問題。自分の兄弟子でもあった親方を破門に追い込んだ挙句、移籍に同意しない大人気なさ。
さらにわかりやすい現象としては弟子数激減や関取0という実績。
親兄弟の間でどんなことが起ころうが、相続がどうなろうがあくまでも内輪の問題だ。そんなことをテレビや週刊誌で語っているヒマがあったら、やるべきことがあるだろう。
このゴタゴタでハッキリしていることは、協会として貴乃花の援護に回る気はさらさらないという事実。むしろ内心はつぶれてくれと思っているかもしれない。
ま、人の不幸は蜜の味。全部吐き出してもめ倒してくれるのも面白いかな。なんせ相撲はぜんぜん話題にならないのが現状だしね。

そういえば、貴乃花親方が好んで使う言葉に「一宿一飯の恩義」というのがあるが、
「一宿一飯」:一夜の宿と一回の食事を与えられること。通りがかりに立ち寄って世話になること。博徒(ばくと)などが用いた語。「―の恩義」
なるほど、さすが「その筋」に強いはずだ(笑)

口を開くほど惨めになる貴乃花

2005年06月08日 14時36分49秒 | 相撲
故二子山親方(元大関・貴ノ花)が所有していた年寄名跡「二子山」の証書が所在不明になっていることが分かった。協会葬(13日、両国国技館)の準備のため7日、両国国技館を訪れた貴乃花親方(32=元横綱)が明らかにした。長男の花田勝氏(34=元横綱・3代目若乃花、現タレント)ら親族が預かっていることも考えられ、その場合は兄弟の新たな火種になる可能性も出てきた。
貴乃花親方は困惑の表情だった。「二子山の証書はわたしの手元にありません。おやじが保管しているところにもなかった」。初代・若乃花が襲名して以来、花田家とともにあった歴史ある年寄名跡がどこかに消えてしまったという。
4月にも年寄「山響」「音羽山」の証書紛失が判明。その時は紛失届を提出して再発行を受けた。ただし、貴乃花親方自身が名跡取得者であった前回と違い、今回は亡くなった二子山親方が取得者として協会管理の台帳に明記されている。そのため北の湖理事長(元横綱)は「二子山さんが亡くなる前に誰かに預けたかもしれない。どこにあるかはっきり調べないと再発行はできない」と慎重に対応する考えを示した。
証書は長男の花田勝氏が管理している可能性もあるが、兄弟は現在連絡を取り合う状況にはない。貴乃花親方は「病室で彼に、貴乃花部屋は看板だけじゃないかと言われた。わたしはそれは無礼だと言い返した」「病院にも彼は来ていなかった。存在していなかった」とあらためて兄弟の確執の根深さを明かした。
一方の勝氏は喪に服しているため、所属事務所が「(貴乃花親方のコメントの)内容を確認したわけではないのでコメントは差し控えさせていただきます」と語っただけだった。「今後は世間一般で言われてる財産分与に発展していくでしょう」と話す貴乃花親方。「できるだけ穏便にやっていきたい」というが、希望通りになるかどうかは「二子山」の行方も1つのカギを握っている。

先月30日に死去した大相撲の二子山親方(元大関貴ノ花)が所属する貴乃花部屋(東京都中野区)が8日朝、稽古を再開した。
師匠の貴乃花親方(元横綱貴乃花)は9日から指導する予定だったため、この日は不在。部屋付きの音羽山親方(元大関貴ノ浪)が見守る中、幕下以下の各力士は申し合いなどで汗を流した。上がり座敷には生前の二子山親方が優しくほほ笑む写真や、贈られた多くの花が飾られ、悲しみに包まれた中での再スタートとなった。
本当にこの人はただのバカなのだろうか? 自分の発言で自分自身をますます貶めることに何故思い至らないのだろうか?
名跡証書の紛失などという「不祥事」を自ら語る真意がさっぱり理解できない。暗に花田勝が持っていると言いたいのだろうか?
生前から自らの墓を準備するくらい用意周到だった二子山親方のことだ。名跡証書を自分の意思が届かない場所に保管するような間抜けではあるまい。つまり証書が部屋にないことはイコール貴乃花には譲らないという明確な意思表示ではないか。
それを公言してはばからない貴乃花は単なるバカとしか思えない。
そして部屋を「看板だけ」とけなされたと言うなら、稽古再開初日くらいは自ら稽古場に出るくらいの配慮をするべきではないのか? 1日べったりついていなくても顔を出すくらいは可能だろうに。
こうやって何かを言うたびに非常識ぶりを露呈する貴乃花。兄弟のどちらが正しいかはあくまで内輪の問題だ。より公的な立場にある親方が自ら火に油を注ぐような言動をとれば、世間が面白おかしく伝えるのは当たり前。もう相撲だけとっていればいい「子供」ではないのだ。財団法人を切り盛りし、部屋を運営する立派な「大人」であらねばならない。
きっと親父さんについていたであろういい後援者などを遠ざけて、人の意見をまったく入れなくなった結果だろうが、このまま「裸の王様」を地でいく大馬鹿者で終わるのだろうか…。

もう貴乃花部屋凋落は止まらない

2005年06月02日 19時32分37秒 | 相撲
二子山親方の死去に伴い花田勝氏と、部屋を継承した弟の貴乃花親方との間で、喪主、葬儀日程などで意見が合わない混乱ぶりが露呈した。先に会見した貴乃花親方は喪主について「喪主は花田勝です。部屋の総意としては、また相撲界を考えても私が喪主をやるのが当然かもしれませんが、長男花田勝氏が『どうしても私にやらせてほしい』ということでしたので任せることにしました」と説明。貴乃花部屋ではなく「花田家」としての葬儀と話した。
だが後で姿を見せた勝氏は「私が花田家の長男として喪主を務めさせていただきます。(中略)貴乃花親方とも2人で話し合いをしました。貴乃花親方からも『喪主をしてください』と言われました。協会を退職したけど、長男としての気持ちと、オヤジから『すべてを頼む』と常々言われていたので、約束を果たします」と、多少の食い違いを見せた。
実は前日の二子山親方の死去から遺体搬出までの約6時間、葬儀の喪主、日程、場所、遺体安置先について兄弟の意見は、ことごとくぶつかっていた。二子山親方は生前から、兄弟が協力し合うことを誰よりも望んでいた。通夜、告別式で兄弟が力を合わせて弔問客に接することが、何よりの供養となる。
惨めな話だ。部屋の大師匠の葬儀、喪主は次男とはいえ実の息子で部屋の後継者たる貴乃花親方が行うのが筋だろう。いくら「身内の問題」だったとしても、相撲界から離れた長男が行うのは、貴乃花親方が業界からもあまりよく思われていない証拠ではないだろうか。
ま、会見等での大人気ない態度を見れば一目瞭然だ。自ら身内でもめてますと公言するような男に親族はもとより、相撲界も「NO」を突きつけたとしても何ら不思議ではない。
身内のコントロールも出来ず、相撲界でも軽んじられ(父親は大いに尊敬されていたのだろうが)、母親から公の場で目を覚ませと言われるような親方の経営する部屋に未来があるのだろうか?
今後、故二子山親方名義の部屋や親方株等の相続問題、そして音羽山親方の独立(元大関である以上、部屋つきの親方ではいられない)問題など、部屋経営に係わる難題が目白押しだ。
故二子山親方に育てられた親方衆はたぶん全員貴乃花部屋を出て行くだろう。今回の一件で入門者がますます減ることは間違いないだろう貴乃花親方は、四面楚歌の中どう部屋を立て直すのだろうか…。

名大関・貴ノ花、病魔には勝てず…

2005年05月30日 20時33分52秒 | 相撲
名大関として人気を集め、引退後は史上初の兄弟同時横綱を育てた大相撲の二子山満(ふたごやま・みつる)親方=元大関貴ノ花、本名・花田満(はなだ・みつる)=が30日、口腔底(こうくうてい)がんのため東京都内の病院で死去した。55歳だった。
元横綱・初代若乃花の花田勝治さん(77)の実弟。長男勝さん(34)は三代目若乃花、二男光司さん(32)は貴乃花(現貴乃花親方)。今年2月、舌と下の歯茎の間にできる口腔底がんのため、療養中であることを貴乃花親方が公表。闘病生活を送っていた。
青森県弘前市出身。中学卒業後、実兄の二子山部屋に入門し、1965年夏場所で初土俵。体重100キロそこそこの軽量ながら、強じんで柔らかい足腰を生かし、68年春場所に当時史上最年少で新十両(18歳)に昇進。同年九州場所新入幕。72年秋場所後に大関昇進し、輪島、北の湖両横綱のライバルとして活躍。75年春場所で北の湖を破って初優勝して史上初の兄弟優勝を果たした。優勝2回、大関在位50場所は史上1位。
82年に藤島部屋を設立。93年には二子山部屋を合併した。貴乃花は94年九州場所後、三代目若乃花も98年夏場所後に横綱に昇進。空前の人気を呼んだ「若・貴フィーバー」を支えた。
96年から相撲協会理事となり審判部長として土俵の活性化に尽力した。しかし03年11月の九州場所前に体調を崩し入院。関係者によると、あごのリンパ節を手術したという。04年2月に協会ナンバー2の事業部長に就き、貴乃花親方に部屋を譲ったが、その後も入退院を繰り返していた。
相撲を観始めた頃、最も勢いがあり人気があったのが貴ノ花だった。細い身体で大型力士と真っ向から渡り合い、土俵際での粘りは驚異的だった。
大関に昇進する頃までが全盛期だったのかもしれない。早熟の天才だったのだろうか。死因となった口腔底がんも、ヘビースモーカーだったことに起因するのだろう。身体を大きくするために馬力をかけつつ、一方でタバコを吸っていたらそりゃ内臓だって悪くなるってものだ。
同時期に活躍した学士横綱・輪島とは「名勝負」を繰り広げた。輪島に優勝がかかった場所は輪島が、貴ノ花の勝ち越しがかかった場所では貴ノ花が、それは見事な「注射」っぷりだった。
現役で、そして親方で一時代を築いた貴ノ花。二子山親方という「重石」を失った貴乃花部屋は、この先どこにいくのだろう? 最盛期には10人以上の関取を擁した「二子山部屋」。それが今や関取は0、所属力士も減る一方だ。千田川親方(安芸乃島)の移籍問題や名跡証書の紛失等々、部屋を取り巻く状況は悪化の一途。
二子山親方の死が、どん底の相撲人気に一石を投じてくれることを祈るばかりだ。

このままじゃ国技館の優勝額、全部「朝青龍」になっちゃうぞ!

2005年05月21日 23時16分27秒 | 相撲
大相撲夏場所は21日、東京・両国国技館で14日目を行い、東横綱朝青龍(24)=本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ、モンゴル出身、高砂部屋=が14連勝で4場所連続12度目の優勝を果たした。この日までに1敗はなく、大関千代大海を豪快に突き出して決めた。
朝青龍は4場所連続で千秋楽を待たずに優勝決定。1場所15日制が定着した1949年夏場所以降では初の快挙で、4連覇を2度達成したのは双葉山、大鵬、千代の富士に次いで4人目となる。優勝12回は双葉山、武蔵丸と並び史上6位。外国出身力士では武蔵丸とともに最多となった。
大関栃東は関脇白鵬を突き落として12勝目を挙げた。白鵬は6敗目。小結琴光喜は安馬をつり出し12勝目をマークした。小結若の里は岩木山に敗れ8敗目を喫し、負け越しが決まった。
強い。とにかく強い。今場所はまた一段と強い。立会いで圧倒し、相手に相撲をとらせない。トップである横綱・朝青龍は進化を続け、大関以下の後続が後退しているのだから差は開く一方だ。
かつてここまで実力差が開いたケースがあっただろうか? 少なくとも私が相撲を観始めてからこっち、これほどひどいのは初めてだ。
今場所初日での披露で、朝青龍の優勝額は11枚。まだまだ貴乃花や曙、武蔵丸の優勝額も残っているが、あと1年すれば曙が消え、1年半で貴乃花も消える。
そのとき朝青龍の優勝額が何枚になっていることやら。今の両国国技館での掲示最高枚数は千代の富士の20枚らしいが、向こう3年(18場所)で10回以上優勝すればこれを超えることになるはずだ。
今のままケガなく順調に横綱を張り続ければ、これも難しいことではなさそうだ。よほどのことがない限り、今の上位陣が数年内に横綱に追いつけるとは到底思えない。
朝青龍があと5年早く現れて、全盛時に近い貴乃花や曙、武蔵丸といった横綱と対戦するようなことがあったら、相撲ももっと盛り上がっているだろうに。一人横綱・朝青龍の孤独な挑戦はまだまだ続く…。

荒れない春場所。横綱・万年横綱候補が3連勝

2005年03月15日 23時07分44秒 | 相撲
大相撲春場所3日目は15日、大阪府立体育会館で行われ、3連覇を目指す横綱朝青龍は琴光喜を一方的に押し出し、3連勝とした。かど番大関の魁皇も垣添を豪快に押し倒し、白星を3つ並べた。
新関脇の白鵬は栃乃洋に浴びせ倒しで敗れまさかの3連敗。大関に復帰した栃東は新小結の琴欧州を押し出して初白星を挙げたが、千代大海は土佐ノ海にいいところなく押し出され初黒星。雅山、岩木山を含む関脇、小結4人は全員が3連敗と苦しい滑り出し。
関脇が強い場所は面白いというが、今場所は横綱の磐石相撲ばかりが目立つ。残念ながら関脇・小結は大苦戦。昇進の可能性があった白鵬やスピード出世の琴欧州は家賃が高かったようだ。
金色の締め込みと厚みを増した身体で、他の追随を許さない朝青龍には死角が見当たらない。過去に横綱とそれ以下の力士の間でここまで実力差が際立ったケースがあっただろうか。
やはりご当地力士の活躍や、様々なタイプ、世代の力士が活躍してこそ面白味が増すというもの。もう少し「戦国場所」になって欲しいものだ。
それにしても、長く相撲を観てきたが、いわゆる「技能派」力士が絶滅してしまった気がする。その一点だけとっても、大相撲の不幸だ。
不幸といえば、かつての名大関の重篤な状況も大いに不幸。ぜひがんばってもらいたいものだ。

大相撲春場所番付発表。来年はいよいよ上位を外国人独占か…

2005年02月28日 23時35分36秒 | 相撲
日本相撲協会は28日、大相撲春場所(3月13日初日・大阪府立体育会館)の新番付を発表し、ブルガリア出身で22歳の琴欧州が新小結となった。初の大関とりに挑むモンゴル出身の白鵬が新関脇。28歳の石出が遅咲きの新入幕を果たした。
身長204センチの琴欧州は初土俵から所要14場所での新三役で、年6場所制となった1958年以降の初土俵では小錦、朝青龍と並んで1位のスピード出世(幕下付け出しを除く)。欧州勢の新三役は初めて。白鵬は19歳11カ月での新関脇で、昭和以降では貴花田(後の貴乃花)の19歳0カ月に次ぐ2番目の若さ。
横綱は先場所を全勝で制し、3連覇を狙う朝青龍が1人横綱で東。大関陣は東が千代大海、西は先場所途中休場し、6度目のかど番となった魁皇と、史上初の2度目の返り咲きを果たした栃東。
関脇は4場所連続の雅山が東、白鵬は西。小結は8場所ぶりの岩木山が東、琴欧州が西。先場所負け越した若の里は西前頭筆頭に下がり、昭和以降最長の連続三役在位は19場所でストップした。
新入幕の石出は初土俵から所要78場所で、花ノ国らと並ぶ10位のスロー昇進となった。再入幕は普天王、春日錦、豊桜、皇司の4人。新十両は千代白鵬だけで、再十両は潮丸、栃乃花の2人。
荒れる春場所の番付はやっぱり外国人力士中心。クンロク大関千代大海やカド番魁皇には多くを期待できない。今や実績では「大横綱」に近付きつつある朝青龍を白鵬と琴欧州が追う展開が衆目の一致するところだろう。
彼らは皆若く(朝青龍だってまだ24歳だ)、勢いもある。今の大関陣から横綱はもう望めそうにないことから、遠からず両横綱=外国人にもなるだろう。
野球やサッカー、ラグビーなどの輸入スポーツにおいては、外国人選手は制限などで「助っ人」扱いから脱することができないが、国技「大相撲」においては、幕内力士の半分以上が外国人になる可能性だって充分にあるのが現状だ。実は国際化が1番進んでいるスポーツと言える。
外国人排斥などを唱えるつもりは毛頭ないが、現実的に相撲協会の収入が落ち込んでいる現状を思えば、強い日本人力士の台頭が望まれる。そのためにももう少し番付上位の報酬を高める必要もあるかもしれない。
長きに渡る不景気に「タニマチ」筋の懐具合も寂しいだろうから、業界全体の収入も激減しているに違いない。強い力士がタニマチを連れてくるのか、タニマチの力が強い力士を産むのか、なかなか難しいところだが、協会としても力士本位の環境整備(他競技の報酬との比較になるだろうが)も必要だろう。
若貴クラスの人気・実力を兼ね備えた力士が早々出てくるとは思えないが、いっそ他の格闘技から輸入してくるくらいの荒業もありかもしれない。元PRIDE選手とか元K-1選手の力士なんてどうでしょうねぇ…。

大相撲、逆の意味で盛り上がってきたぞ

2005年01月20日 22時03分24秒 | 相撲
大相撲初場所12日目は20日、両国国技館で行われ、横綱・朝青龍は大関復帰を目指す関脇・栃東を一方的に押し出し、12戦全勝とした。この日の優勝決定は持ち越されたが、13日目に朝青龍が関脇・若の里に勝つか、負けても3敗で追う新小結の白鵬と平幕の春日王がそろって敗れれば、朝青龍の2場所連続10度目の優勝が決まる。
白鵬は琴欧州とのホープ対決を制し9勝目。大関・千代大海は垣添のはたき込みに敗れ、6勝6敗とかど番脱出が苦しくなった。栃東は4敗。関脇・雅山は勝ち越しを決めたが、若の里は元気なく6敗目を喫した。
場所前、昇進&復帰でそれなりに話題を振りまいた大相撲初場所。
横綱朝青龍の強さばかりが際立つつまらない展開のまま、終盤戦にきてしまった。
しかし、ここにきてちょっと面白くなってきたのが、陥落危機。大関千代大海がかど番で6勝6敗。千秋楽に朝青龍戦は確定だろうから、明日明後日の連勝がかど番脱出の条件になる。大関挑戦場所だった若の里は勝ち越さないと3年守ってきた三役から脱落。一気に平幕まで落ちることになるだろう。大関再挑戦はずいぶんと先に持ち越すことになる。関脇栃東の2度目の大関復帰もあと3日で2勝が必要だ。
この時期、優勝争いで上位陣が星のつぶし合いをしてこそ盛り上がるのに、落ちたらどうしようかって方向で関心が向くのには困ったものだ。
この際、魁皇・千代大海・栃東あたりは、ちょっと落ちていただいて、若手中心の番付に切り替えてもいいのかなぁ。小錦や霧島、貴ノ浪あたりまでは、大関から陥落しても人気は衰えなかったけど、出島以降の陥落者はぜんぜん人気なさそうだもんなぁ。
今場所の優勝争いに残ったのは全部外国人力士。そして覇気のない日本人力士。困ったもんだ。

盛り下がるだけ盛り下がる大相撲

2005年01月19日 23時13分59秒 | 相撲
横綱朝青龍(24=高砂)は琴ノ若を危なげなく取ったりで下して11戦全勝とした。1人2敗だった新小結白鵬が敗れたため、12日目に3敗の白鵬、旭鷲山、春日王が敗れて朝青龍が3敗の関脇栃東に勝つと、朝青龍の2場所連続10度目の優勝が決まる。
白鵬は旭天鵬のはたき込みに屈した。栃東は琴欧州を押し出して勝ち越し、大関復帰まであと2勝とした。かど番の大関千代大海は関脇雅山を突き落として6勝5敗、雅山は4敗目。関脇若の里は6勝目を挙げた。
場所前、稽古不足を言われた横綱朝青龍は日を追うごとに調子を上げ、11日目まで全勝を守っている。このこと自体は横綱の責任としては特筆に価することではないが、横綱を目指していた大関魁皇が10日目から休場。大関取りの期待がかかっていた若の里は序盤でつまずく始末。ここまで横綱と大関以下の実力が乖離すると、面白味はないに等しい。
強いて見所を挙げれば、新三役小結白鵬の大関への地盤作り程度。場所前の、横綱・大関昇進&復帰というお楽しみは一体どこに行ったやら。
様々な改革を打ち出している協会ではあるが、肝心の土俵の充実は置き去りの感がある。
そう遠くない昔、力士はもっと個性的だった。体格や相撲のスタイル、あるいはキャラクターにもわかりやすさがあった。私自身の古い古い記憶には北の富士対長谷川のにらみ合いが今も印象深く残っている。
今の力士に名勝負として後世に残る取り組みは正直期待できない。さて、大相撲はどこに向かっていくのだろうか…。

大相撲、早くも興を削ぐ展開に…

2005年01月11日 23時00分52秒 | 相撲
大相撲初場所3日目は11日、両国国技館で行われ、横綱昇進を目指す大関魁皇は、19歳の新小結白鵬の引き落としにあっけなく敗れて2敗目。手痛い連敗で、綱とりは極めて厳しい状況に追い込まれた。
横綱朝青龍は黒海を豪快な右上手投げで退けて3連勝。大関昇進が懸かる関脇若の里は垣添に押し出され、早くも土がついた。大関復帰を狙う関脇栃東も土佐ノ海の引きに敗れ初黒星を喫した。かど番大関の千代大海は玉乃島を押し出して2勝目。3連勝は朝青龍に平幕の朝赤龍、玉春日の3人だけとなった。
大相撲の人気低落に歯止めがかからない昨今にあって、昇進は数少ない関心事。ましてや魁皇は年齢的にももうチャンスはそうそう巡っては来ない。いわばラストチャンスだった今場所、序盤で早くも2敗では、協会としてもガッカリだろう。
場所前に稽古不足が報じられた朝青龍は横綱相撲。ますます三役陣との実力差が明白になっていく。そして、その横綱を追いかけるのがもっぱら外国人力士。大相撲の国際化と言えば聞こえがいいが、日本人力士の体たらくのなせる業だ。
さすがに年6場所全部を朝青龍優勝なんてことは起こらないだろうが、今の大関には横綱以上の成績を求めるのは困難だ。若手の台頭に期待するしかない。しかし、それも軒並み外国人力士では大相撲人気が回復するとは思えない。
様々なサービスを打ち出すのはけっこうなことだが、まずは土俵の充実こそが急務だ。優勝の賞金を上げたり、三役の給料を増額したり(それも劇的に)といった待遇改善なども有効かもしれない。きつい思いにはそれなりに報いてこそ志望者も増えると言うもの。
ま、この際は予定調和な注射相撲ももっと必要かもしれない。八百長なんて野暮なことはいいっこなってことで…。

大相撲、守るべき伝統も改革もあり…

2005年01月10日 22時26分04秒 | 相撲
横綱が“改心”した。同郷の白鵬を下した朝青龍はかねてから指摘されていた左手での手刀をやめ、正しいとされる右手できっちりと切った。
「何回も言われていることだし、新年だからね。直していくつもりだよ」。天皇、皇后両陛下が観戦された05年最初の一番で綱の威信を披露。風邪でけいこ総見を欠席し、横綱審議委員会から不満が出ていたが、“模範生”に急変した。
立ち合いからの突っ張り合いで白鵬を押し出した。先場所金星を配給した屈辱を晴らすつもりが、白鵬の左かかとがわずかに土俵を割っての決着。納得いかない表情だったが「オレは負けねぇよ。悪いけど。自分の相撲が取れたら一番だよ」と気合をみなぎらせた。
直前のけいこはたった1日。ぶっつけ本番でも九重親方(元横綱千代の富士)は「いいんじゃないかな」と合格点を与えた。微熱が続く横綱は取組後、栄養剤を注射した。「いい味がするよ」と不敵な笑み。両手首にも痛みが残っているが、夢の年間全場所制覇へ堂々の一歩を踏み出した。

日本相撲協会では一昨年五月に分煙対策の徹底を求める健康増進法が施行されたことを契機に、禁煙を検討。初場所を皮切りに、春場所(三月、大阪府立体育会館)、名古屋場所(七月、愛知県体育館)、九州場所(十一月、福岡国際センター)でも今年から館内禁煙に踏みきる。
両国国技館は約一万一千人の観客を収容する。半数以上は一階の大半を占めるます席。四人用で企業の接待にも利用される。これまで喫煙はたまり席と二階いす席で禁止され、一階のます席のみが認められていた。だが、喫煙派は一、二階の屋外の特別エリアに押し出される。
本来、火災予防条例で屋内の興行場の観客席は禁煙とされているが、国技館では防災対策を条件に特例で喫煙が認められていた。日本相撲協会では「飲食しながら喫煙し観戦する独特のスタイルが江戸時代から続いている」と“伝統”を強調していた。
同じ伝統文化の歌舞伎のメッカ、歌舞伎座(東京都中央区)では「場内では飲食は自由だが、喫煙は昔から禁止されていて、三階までの各階に喫煙所を一カ所設けている」(営業課)と、かねて禁煙主導だったことを強調。時代の波を受けた別格扱いの“土俵の世界”には消防署、各種団体などから禁煙を求める声が高まっていた。
同協会では昨年、国技館をはじめ名古屋、九州場所で観客に節煙を呼びかけ、場内禁煙が始まることを告知してきた。「愛煙家からの反響はなかった」と同協会総合企画部長の伊勢ノ海親方(元関脇藤ノ川)は胸をなでおろしたが、観客と直接接する相撲案内所(相撲茶屋)に五十七年間携わった藤しま家番頭の野島政吉さん(77)は「酒とたばこと相撲。こんな楽しい組み合わせはなかった。影響はやってみないと分からない」と、“一風情”がなくなることへの懸念を抱いている。
大相撲はその成り立ちから神事の色彩が濃い。そこには当然守らなければならない伝統や格式が存在する。横綱の手刀問題もそうだ。左利きだから、左手刀でもいいのでは? との意見もあろう。だが、宗教によっては左手が不浄と規定されているのと同じことだ。利き手がどちらかの問題ではない。女性を土俵に上げないこともまた同じだろう。論理的な問題ではないのだ。
その一方で、割とあっさり変えてしまうこともある。土俵の上にある屋根を支えていた四本柱の撤廃やビデオ判定の導入など、観客に観やすい、わかりやすいことはスラッと取り入れたりする。
今回の全席禁煙も時代の要請を受け入れたわけだが、だからと言って、どこやらの知事さんを土俵に上げることを認めるのとは訳が違う。これは女性差別ではない。様式なのだ。まげを結わないでも相撲はとれるだろうが、大相撲には必要な「様式」なのだ。
大相撲を舞台にして女性差別の問題を論じることはお門違いだ。くれぐれも3月場所でまた土俵に上げろなんて言わないでください、大阪府知事様。

競技の人気と礼儀には相関関係があるのか…

2004年12月12日 23時36分08秒 | 相撲
伝統やしきたりを重んじる角界で今、力士のマナーの乱れが目立っている。横綱朝青龍が本来右手を使うべき懸賞金の受け取りを左手で行っているのが問題化したのをはじめ、控え力士にも目に余る所作が多い。日本相撲協会では土俵上や控えでの基本動作を改めて指導する緊急講習会を開くなど、マナー改善に躍起になっている。
大相撲の起源は神事。「懸賞金はお供え物と同じく、感謝を込めてもらうもの」で、受け取る手は不浄とされる左手ではなく、右手を使うとされている。ところが、左利きの朝青龍は左手で手刀を切り、左手で懸賞金をつかむ。日本相撲協会から右手徹底を全関取に通告され、横綱も「努力します」と改善を誓ったものの、一向に直る気配がない。古来、聖域を示す「しめ縄」に似せたものとされる下がりを振り回し、相手力士にぶつけたのは昨年だが、勝負がついたあと、やってはならない「ダメ押し」の癖は相変わらず。
他の力士にも首をかしげたくなる所作がみられる。「手刀を切る」所作は本来、東方力士の場合は中、右、左、西方は中、左、右の順となるが、力士によってまちまち。勝負後の立礼にしても、首を下げるだけの中途半端なケースが多い。
相撲部屋での常識も今は昔とか。十八人の弟子を育てる高田川親方(元大関前の山)によると、「おはよう」「ありがとう」というあいさつすら、しっかりできない弟子が増えてきた。「できない子は、しかりとばしている」と悩みは深い。九人の弟子を抱える押尾川親方(元大関大麒麟)は「トイレ掃除に何の道具を使えばいいか、わからない者が多い。とりわけ、学生出身の力士がね」と頭を抱える。
「所作の乱れが目につく。基本を徹底させたい」という北の湖理事長(元横綱北の湖)の号令のもと、今年の秋場所前には全関取を対象に塵浄水(ちりじょうず)を切る所作など力士としての基本動作を再認識させる講習会を開いた。マナー、常識の欠如の深刻さを物語る。
角界のイロハは新弟子のとき、相撲教習所で習う。習字やけいこの基本となるしこ、てっぽうのほか、土俵上での所作についても指導を受ける。あとは、相撲部屋での厳しい上下関係のなかで、しつけられた。げんこつひとつで弟弟子は兄弟子の言うことをきかなければならなかった。
ところが、相撲部屋でのしつけは希薄になりつつある。げんこつされると、その力士の親が烈火のごとく部屋に怒鳴りこんでくることも。ある親方は「兄弟子が弟弟子の面倒見ができなくなっている」と打ち明ける。少子化による影響も受けていよう。初代貴ノ花(現二子山親方)が寝坊し朝げいこにきていないことを知った兄(元横綱初代若乃花)は、寝床に行って弟を竹刀で血が出るほど殴った、といわれる。かつては、こうした厳しさが当たり前だった。
時代の流れとともに、角界のしきたりは変化してきた。だが、日本の社会全体のなかで崩れかけている「礼」を、国技・相撲も失いかけているのは気にかかる。

野球の前に、礼儀を身に着けなさい! 松坂世代の1980年(昭和55年)度生まれのプロ野球選手が結成した「55年会」が主催する少年野球教室が11日、西武ドームで開催され、会長の西武・松坂大輔投手(24)が、「礼儀のなっていない子が多すぎる」と、野球少年たちにカミナリを落とした。「新しい形の野球教室を作ってきたい」と意欲に燃える松坂は、まずは子どもたちのやり玉にあげた。
「まつざかぁ~」が、どうしても耳障りだった。今回の野球教室は、55年会が野球を通じて次世代を担う子どもたちを啓もうしていくというテーマをもって初めて開催したイベントだった。それだけに、こみ上げる思いもあったろう。ベンチを引き揚げた松坂は、「言葉遣いや、選手を呼び捨てとか、時代が違うんですかね…。最後の方は気分が悪くなりました」とポツリ。楽しかった野球教室の、ただ一点の曇りだった。
「僕らの時は、そんなことしたら“ケツバット”が当たり前。指導者や保護者の方も、ため口を注意しない。殴れとは言いませんが、しつけがあってもいいと思います」と続けた。もちろん、今回参加した東京都内の少年野球29チーム、455人すべてがそうであったわけではない。しかし、2日前に38度以上の熱を出してゴールデングラブ賞の表彰式を欠席しながら、このイベントだけはと熱意をもって出てきただけに、かえって怒りを増幅させた。

結局のところ、自分が参加している競技に尊敬の念や愛情が欠如しているから、こんな簡単なことがおろそかになるということなんだろう、きっと。
観る側にだってそういうことは伝わるもの。一事が万事とはこういうことを言うのだろう。お相撲さんにも、野球選手にも「大スター」がいなくなったのは、きっとこんなことが原因なんだろう。
精神論は好きではないが、高い技術を競う極限の世界に生きる人々には、内面の充実が不可欠と思うのだが…。
ま、ここのところの大学運動部員の不祥事なんかも含めて、日本人全体のモラルが問われているのだ。って、てめえはどうなんだって言われたら、何にも言えないんですけど。

魁皇に昇進の可能性? これでいいのか、大相撲

2004年11月27日 23時20分11秒 | 相撲
昇進問題を預かる日本相撲協会審判部の押尾川部長(元大関大麒麟)は九州場所14日目(27日)の打ち出し後、大関魁皇の今場所後の横綱昇進について「個人的には、全然ないとは言えないと思う。明日勝ってどういう雰囲気になるか」と話し、千秋楽で横綱朝青龍に勝った場合は今場所後の横綱昇進の可能性があることを示唆した。
北の湖理事長(元横綱北の湖)も「審判部の総意であれば考える」と語った。
魁皇は今場所、初日黒星の後8連勝したが、10日目は白鵬、12日目には雅山に敗れ、横綱昇進は厳しい状況と見られていた。
石橋義夫・横綱審議委員会委員長 横綱昇進には勝ち星も大事だが、相撲内容も重要。魁皇の相撲は評価でき、諮問があれば前向きに考えたい。ファンも同じ気持ちだと思う。
確かに番付的にも、東西の横綱が揃っていないことはカッコが悪い。しかし今場所の内情を見ればライバルとなる他の大関陣が「引退」「休場」「負け越し」と惨憺たる成績だった。そんな場所で優勝を逃しておいて、昇進が俎上に上るのはいかがなものか。
幸いにして、活きのいい若手の台頭が期待できる状況になってきた。魁皇には最強大関として「昇進の門番」の役割を立派に果たして欲しいものだ。
ま、無理やりな昇進論議よりも、根本的な人気回復策を真剣に検討することが相撲協会の急務じゃないかと思う今日この頃だが…。