プロコフィエフの日本滞在日記

1918年、ロシアの若き天才作曲家が、大正期のニッポンで過ごした日々

米国ビザ

1918-06-09 | 日本滞在記
1918年6月9日(旧暦5月27日)

 オボリスキーという青年を紹介されたが、彼は親切にもアメリカのビザの手配を世話すると申し出てくれた。あさってニューヨークに発ち、現地で大使館やロシアの然るべき要人たちに連絡してくれるという。私は喜んで彼にすがり、ビザのために尽力してくれるよう頼んだ。

『許しがたい情熱』をこつこつ書いている。
 バイオリン・ソナタは、はかどらない。