読書の記録

評論・小説・ビジネス書・教養・コミックなどなんでも。書評、感想、分析、ただの思い出話など。ネタバレありもネタバレなしも。

チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る

2021年09月11日 | サイエンス
チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る
 
大河内直彦
岩波書店
 
 
 今年の8月に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が第6次評価報告書を発表した。
 
 ・温暖化が起きているのは間違いない
 ・今の温暖化は人為的なもの(二酸化炭素などによる温室効果)であることは間違いない
 ・今後20年で気温が1.5度上昇するのは間違いない
 ・温暖化が原因で極端な気象異常が起きているのは間違いない
 
 ということで、なんとなくそうなんじゃないかなーと思っていたものがみんな断定されたという感じである。
 
 
 ところで、本書は、地球温暖化に警鐘をならす本ではない。本書の内容を一言でいうと、
 
 「地球の平均気温はあるとき短期間でがくんと変わることがある」
 
 ということを、膨大な研究結果から説明してくれているものである。
 もう少し踏み込むと、
 
 ・地球という星は「氷期」と「間氷期」というふたつの平均気温帯で落ち着く諸条件をもっている。(現在は「間氷期」)
 ・間氷期と氷期の平均気温差は8度くらい。
 ・「氷期」から「間氷期」に(あるいはその反対に)変わるのは周期的な規則性がある(ミランコヴィッチ・フォーシング)
 ・ただし、その周期性とは別に、短期間で気温が低下(あるいは上昇)したことが過去の地球では何度か起こっている(イベントと呼ばれている)
 
 気になるのは最後の「短期間での気温変動」だ。つまり、現在「間氷期」である地球は、「短期間」で「氷期」のほうに転がり込むリスクがあるということである。
 
 
 あれ? 寒くなるの? 「地球温暖化」なんじゃないの? と言いたくなるが、そのからくりを本書はていねいに説いている。
 つまり、温暖化による北極海やグリーンランドの氷山や氷床の融解は、最終的には地球の寒冷化へのレバーを引いてしまうということだ。これを極端にしたのがハリウッドのパニック映画「デイ・アフター・トゥモロー」である。
 
 この短期間で急に変化する力学を、「ヒステリシス」という。解説で成毛眞氏が「履歴効果」と述べているが、つまり少しずつ変化するのではなく、ある程度いっぱいいっぱいまで要因になるものが溜まったところで急に相転移するように事態が変わることだ。鹿威しのようなものである。ヒステリシス現象そのものは自然界にも人間界にもあふれているが、気象条件にもこれがあてはまる。、
 で、これが怖い。過去の地球の歴史をつまびらかに調べてみると、これが何度か起こっているのである。しかもそのメカニズムがなんとなくわかってきたのである。
 
 この結論から本書が示唆することは、その氷期並みの低温にむかってヒステリシスのレバーを上げてしまっているかもしれないのが地球温暖化かもしれないということある。
 ここのところの気象異常の数々は温暖化現象が原因なのは薄々感づいているが、最終的にはダイナミックな変化として寒冷化してしまうというのがミソである。
 そのからくりとして、地球の気象条件を決めるスイッチが北大西洋海域の塩分濃度にあるという話は非常に興味深い。グリーンランド、北極、北米大陸の東側。このあたりの淡水や氷塊の状況が要になってくる。これが北大西洋に干渉すると塩分濃度は下がる。

 過去の歴史を検証すると、速いものではなんと30年足らずで一気に温度帯が変わっていったそうである。デイ・アフター・トゥモローはわずか数日で寒冷化してしまったが、30年で変化することは現実に起こったことなのだ。
 
 地球にはこういった「普遍的」な性質があるのだ。つまり、気候システムというのはびくともしないほど堅固なロジックに支えられている。本書の主眼はそこにある。なのでなにかを作用させると気候は変わる。過去の地球上はそうやって気候変動してきたのだ。これを証明してみせたのが様々な科学者の挑戦と苦難の歴史である。海底に積もる堆積物や、グリーンランドや南極の氷床コアを検体にして、地球の公転自転地軸の傾きなどの天文学的観点から、酸素同位体比や炭素年代法といった化学の世界をあてはめていきながら、過去の地球の気象の歴史を再現していく様はドラマチックだ。
 
 
 だから、繰り返すが本書自身は地球温暖化を警告した書ではない。ただ静かに「レバーを上げてしまえばもう止まらない」ことを伝えている。
 
 46億年の地球史において人新世の今日。そのレバーはもう完全に上まで動かしてしまったのかか。それともまだ半レバー状態なのか。
 先のIPCCの報告で究極に考えるべきは「氷河は溶け続け、数千年間にわたって海面水位は上昇し続けるという。」というこの部分になってくる。どこかで一挙にヒステリシスが稼働するとして、あとはそれが10年先か100年か1000年かということだ。
 そう考えるといまさらの二酸化炭素抑制ではなくて、そうなった地球での適応の仕方を考えることなんじゃないかなどとも思う。カーボンニュートラルと言われているが、2度気温があがってなお(しかもそのあと8度気温が下がる)、どうやって生存するかというのを実は考えておいた方がいいんじゃないかという気がする。
 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 西の魔女が死んだ(ネタばれ) | トップ | 刀伊の入寇 平安時代、最大... »