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戦略の本質

2017年09月11日 | 経営・組織・企業

戦略の本質

 

野中幾次郎・戸部良一・他

日本経済新聞社

 

 

堀紘一から、同じタイトルの本が出たが、このタイトルだとやはり「失敗の本質」の続編と位置付けられたこちらのほうが本家だろう。執筆陣も「失敗の本質」と同様である。

 

「失敗の本質」は、日本軍の組織行動を分析対象として失敗の本質を明らかにした。それは「日本人論」といってもよいものである。

したがって、「成功の本質」ならぬ「戦略の本質」は、自動的に海外の事例をもとに分析することになる。

ここで使われる事例は、毛沢東の長征、イギリスのバトルオブブリテン、ソ連軍のスターリングラード戦などだ。スターリングラード戦なんて、どっちが勝者かわからないくらいの被害だが、それでもドイツ軍の目的を挫き、ソ連軍としてはこれを機に守勢から攻勢へと変わったのだから、まあ「戦略勝ち」なんだろう。

 

ところで「戦略」とは何か。

この言葉はまことによく使われる。ビジネス現場でも使われるし、政治でも使われる。国家戦略なんて言い方をする。

 ある種の成功ゴールイメージがあって、そこにたどり着くまでの算段が「戦略」といえば当たらずも遠からずか。

 逆に、このゴールイメージがあいまいのまま動き出してしまったのが旧日本軍である、とは「失敗の本質」にも書いてあった。

 

 が、普通に考えれば、成功ゴールイメージにたどり着くためには、質量ともに敵を圧倒すればいいのである。敵が1万人ならば、こちらは10万人を用意すればよいし、敵が1週間分の武器や食糧しかなさそうだったら、こちらは1か月分の攻勢をしかければよい(兵糧攻めとはそういうことである)。

 実際のところ、勝利の王道というのはそういうことであって、アメリカ軍なんかは、もちろん例外はいっぱいあるが、基本原則としてはこうやってパワーゲームによって勝利を得てきたといってもよい。

 織田信長や豊臣秀吉も、戦上手とはいわれるが、基本的にはそうやって勝っているのだ。

 

 ところが、失敗の本質でも触れられているように、日本人は「鵯越」「川中島」「桶狭間」が大好きである。美意識といってもよい。

 これらは、本来は勝てない戦を、知恵を使って勝つ、というものだ。それが一般に「奇襲」という形をとることになる。

 これの素は、三国志の諸葛孔明あたりにありそうだが、こういうトリッキーな戦い方はカタルシスがあるので、物語になりやすいし、ケーススタディにもなりやすいだろう。旧日本軍がこれをもって「美しい戦い方」の見本にしてしまったのは気持ちとしてはわからなくもない。しかし本来的には王道ではなくて覇道であり、様々な好条件が揃わないと成功しにくい。それを一般戦略フレームワークとして用いることはやはりリスクが高い。

 

 ということを前提とした上で、本書「戦略の本質」。本書の言い方では「戦略の本質」とは「逆転の本質」である、ということだ。ここでも本来ならば負けるはずの戦を逆転せしめた本質へと迫っている。

 いずれも、逆転勝利したとはいえ、紙一重だ。何か条件がひとつ狂ったら、歴史は違った結果になっただろうというものばかりである。だから、本書を一般論として敷衍することはやはり慎重を要すると思う。

 

 ここでもう一つ気が付くのは、敵方がけっこうミスしているということだ。クラウゼヴィッツのテーゼのひとつに「戦いとはお互いのミスの少ないほうが勝つ」というのがあるが、要は敵のほうがミスをしている。

 あえて戦略めいたものをあげるとすると、敵のミスを誘発する、ということだろうか。

 

で、敵のミスを誘発させる一番の方法は、敵を調子に乗らせるということだ。毛沢東はこれの名人だったし、ソ連軍の自分の有利な陣地に誘い込むという方法もこれである。

また、自滅の点でいえば、ベトナム戦争のアメリカ軍や第4次中東戦争のイスラエル軍のように、「負けるはずがない」と慢心することは、ある意味で調子に乗っているということだ。

 

つまり「油断大敵」とはまことに真理ということである。

これとは反対に、油断していない敵は勝ちにくい。したがって、敵が油断していない間は徹底的に逃げ回り、むこうがだんだん油断してきたらウィークポイントを見つけて討って出る、これが逆転の本質ということになる。毛沢東の十六文字の詩はそれを告げている。

 

ということは、相手が最後まで油断しなかったり、あるいは相手が油断してもなお勝てない戦いは、そもそも勝てないということでもある。

究極的には、「質量を十分に確保したうえで、なおかつ油断しない」。これが勝利の方程式ということだろう。しごく当たり前の結論である。勝てない戦はそもそもしかけてはいけない、とは孫子の兵法だったか。

 


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