毎日読みます
ファン・ボルム 訳:牧野美加
集英社
著者は韓国の人。40代の女性である。2024年の本屋大賞翻訳部門を「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」で受賞している。
著者は本好きである。猛烈な学歴競争&就活競争を勝ち抜いて大手IT企業に就職したにもかかわらず、ハードワークな日々に見切りをつけて会社を辞めてしまい、本にまつわるエッセイや小説の文筆生活をしている。このあたりの事情は「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の三宅香帆氏と同様の事情を感じさせる。
著者のそのような背景から察するに、彼女の人生はなかなかにストレスフルで、内向的というか多感ゆえに苛まされることの多かった日々だったのではないかと思う。本書は読書にまつわるエッセイだけど、本があるから人生の荒波を切り抜けることができた、という思いが溢れている。
世間の渦に巻き込まれないために本を読む。狭い視野に惑わされないために本を読む。登場人物とともに悲しみ、著者とともに喜ぶことで、冷めきった現実世界に心をほだされずに済むようにする。いろいろなテーマを浅く広く読み、とあるテーマを深く狭く読む(深く掘るにはまずは広く掘らなければならない)。読んだ本に私的なグレードをつける。トップグレードは人生の教科書となる。本まるごとから総じて感銘を受けることもあれば、衝撃的な一文に魂を揺さぶられることもあるが、それを記憶し、大事なところはメモに記録し、人生のお供にする。
御多分に漏れず、ここでもスマホが邪魔をして一時期よりも本への集中が難しくなったことが告白されている。でも1冊読み切った時は代えがたい達成感があるから、がんばって読もうとする。
「おまえは本に何を求めているのか?」の彼女の答えはこうである。
本を読んで強くなりたい。より揺らがない、よりどっしりとした人間になりたい。傲慢でもなく、無邪気でもない人間になりたい。自分の感情に率直でありながらも、感情に振り回されないようになりたい。大げさに言えば知恵を得たい。日常生活では賢明になりたい。世の中を理解し、人間のことがわかるようになりたい。
要するに、本を読むことで世の中がどうなろうと、自分のまわりに何があろうとぶれずに生きていけるレジリエンスみたいなものを求めている。リベラル・アーツすなわち自分を自由にするためのものという思想とも近い。自分を変えるために本を読むのではなく、世の中が変わっても自分を見失わない体力と知力をつけるための読書なのだ。
実に、実にわかりみが深い。ここに書かれていることはおおむね僕もそうなのだ。国籍も性別も世代も違うのに、そして本書で紹介されている本を見るに僕が読んできたものとは毛色がいささか違うのだけれど、でも、本に対しての気持ちは実に一緒なのである。
ということは、多くの本読みにとって、本書はたいへん共感できる内容なのであろう。翻訳者の解説によれば本書は本を読まない人への読書いざない本みたいな触れ込みのようではあるけれど、それだけでなく、読書は好きだったけどいささかマンネリ気味だったり、スマホの浸食に抗えなくなった人にとって、あらためて目を開かせてくれるものであった。
思うに、こういう本の読み方をする人は、速読とか合理的な読書法としておススメされている飛ばし読み、要点読みがなかなかできないだろうという気がする(僕がそうなのである)。どこにどんなお宝が潜んでいるからかわからないからだ。いい一文に邂逅できたら、元は取れたくらいの勢いで、今日も本を読んでいるのである。