「日々これせっせとお薬作り」 -製薬会社新米研究員SIUの日常-

新薬の研究に営む毎日・・・のはず。製薬会社研究職の日常をつたない文章でつづります。

創薬ターゲットの選定法1

2006年10月24日 | 製薬研究職を目指す人向け
諸事情により、仕事上で新しいターゲットを見つけなければならないような状態になってきたので
自分の中で整理する意味でも、製薬会社で働いているヒトは
どのように創薬ターゲットを探すのか?選ぶのか?と
いうことをつづっていきたいと思います。

製薬会社を目指している人は「こんなことをしているのだなぁ」と
新人さんは「こんなやり方をしているのか」と参考にしていただくと
コレ幸い。

ちなみに専門外の方にはちと難しいかも…
スミマセン。


まず薬にふさわしい化合物を選ぶ(作る)ためには
スクリーニング系が組めなければいけません。
「スクリーニング」とは何か目的のものを見つけるために
試行錯誤することのこと。
この場合は「お薬」にすることができる「化合物」を探す作業を指しています。

そのため、まず薬理(オクスリがどのように効くか確認すること)を
専門にしている研究者が思い描くスクリーニングの流れから解説しようと
思います。


わかりやすく理想的なスクリーニングフロー(薬理編)

1st screening:in vitro assay(cell freeの系:できればHTSで回したい)
ようは試験管内の不純物が混じってない状態で評価したいのです。
具体的には「バインディングアッセイ」とか「酵素阻害実験」とか。

2nd screening:in vitro assay(cell baseの系)
細胞を使ってより生態に近い状態で化合物の効果を見ます。
例えば化合物を細胞に添加して、2nd messenger(cAMPとかCa2+とか)の
動きを確認するとか。

3rd screening:in vivo(acute*な系で確認。単回投与で評価したい)
個体に実際に化合物を投与してパラメーターの変化を確認する。
パラメーターは「血圧」「血糖値」などわかりやすいものから
「記憶力改善」や「痛みに対する反応の低下」など評価しにくいものまで
さまざま。

投与法はp.o.、i.v.、i.c.v*など、ナニが適当かはその時々による。
いきなりp.o.で確認することもあるしi.v.、i.c.vが先の場合も
順番的にはi.v→p.o.
もしくはi.c.v→p.o.
最終的には経口投与で効かせたいため、この順番。

i.v.、i.c.vで効いても薬物動態的要素が充分でないため
p.o.で効かないこともよくある。
ちなみに中枢で効かせたい薬はi.c.vで
末梢で効かせたいときはi.v.でみることが多い。


4th screening:in vivo(chronic*な系で確認。model animal*を使ったり)
本当に狙った疾患で効くかをここで確認。
疾患モデル動物に経口投与での効果を確認する
(必ずしも経口とは限らない)。
場合によっては連投(連続投与)を行うことも多い。
ここまで来ると、スクリーニングというより化合物の
プロファイリングといっても良い。

モデル動物で薬効の担保を取った後は、毒性がないことを
祈って毒性部門のお仕事を待つばかり…

以上、薬理スクリーニング系終了


ターゲットによってはこれらの事がやりにくいものがあります。
例えばちょうどいい細胞が無かったり、維持が難しかったり。
強制発現系の細胞を作ろうとしたら、パテントが抑えられていたり。
病気の評価をしやすいモデルがないか、モデルの信頼性が低いため
複数組み合わせる必要があってスループットの問題が出てくることも
あります(中枢性疾患の薬は軒並みこの辺がハードル高し)。

このような現実的な問題のほかに、選んだターゲットに作用する
化合物を見つけたところで本当にそれが薬になりうるか?
動物ではなく人間の病気を良くできるかを良く考えなければなりません。
そのために論文・学会情報・未確認情報(笑)を精査して
何をターゲットとするかきめなければいけません。

実は病気に関係しそうな分子はたくさんあります。
その中でどれが「もっともらしいか?」「自社で早くなしえるか?」を
考えるのが研究者の大事なオシゴトだと思います。
(もちろんスクリーニングでルーチンをこなすことも大事)

そして「センスがいい」「勘がいい」「鼻が効く」研究者は
薬に近づけるであろうターゲット(分子)を見つけてきます。

では「センスがいい」「勘がいい」「鼻が効く」研究者になるには
どうしたらよいでしょうか?
SIUもまだまだわからないことだらけですが、次回でそのための方法に迫って
みたいと思います。



補足
acute
「急性の」という意味
例:ACS=acute coronary syndromes
急性冠症候群(きゅうせい かん しょうこうぐん)

chronic
「慢性の」という意味
例:CHF=chronic heart failure
慢性心不全(まんせい しんふぜん)

model animal
ヒトの疾患状態などに似た症状を表すanimal
遺伝子をいじっているものは「トランスジェニック」
自然発症性のものは「スポンタニアス」といったりする。
トランスジェニックアニマルを使うのはいろいろ気を使うので
スクリーニングに使うのであれば、ブリーダーで買えるような
一般的な自然発症性のモデルを使うほうが楽。
ただ他社と同じことをやっても、同じものしか見つからないというのも現実…

p.o.、i.v.、i.c.v
順番に「経口投与、静脈内投与、脳室内投与」を指す

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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
そのとおり (SIU)
2006-10-29 03:54:04
ジンさんのおっしゃるとおり

メジャーなものだと「新規性」が示せないから

特許取得は難しいですよね。



特許業務は本務でないので実は詳しくないですが(笑)
返信する
Unknown (ジン)
2006-10-28 17:11:43
「特定の遺伝子を強制発現させた細胞」に対してってことですか、メジャーな標的だと厳しそうですね。特許抜け??(笑)
返信する
おっしゃるとうり (SIU)
2006-10-27 22:17:56
ジンじんさん、こんにちは。

ぜんぜん素人質問じゃないじゃないですか(笑)



>細胞ベースの化合物のHTSスクリーニングというのはないのでしょうか?

>(例えばレポーター遺伝子を使ったスクリーニングとか)



もちろんCell baseのHTSもありますよ。

レポーターアッセイもそうですし

化合物による2nd messenger(cAMPとか)の変化を

捕らえるようなHTSもたくさん行われていると

思います。



今回はvitro→vivoの流れのほうがわかりやすいと思ったので

ああ書きました。場合によってはCell baseのHTSから

ロースループットのvitroということもあるともおもいます。



>強制発現系の細胞を作ろうとしたら、パテントが抑えられていたり。

そのパテントって強制発現させる遺伝子に対してってことでしょうか???



いえ、遺伝子そのものに対する特許というのは

ブロードでかつ強くないと思うので(たしか成立させる要件が難しかったような)

「特定の遺伝子を強制発現させた細胞」にたいする

パテントです。

強制発現細胞はHTSを行うために必要なものなので

コレなら自分の見つけた遺伝子に対して強力な権利を実質的に持つ事が出来ます。

コレについても特許抜けは出来ないことはないのですが(笑)
返信する
Unknown (ジン)
2006-10-27 20:14:33
素人質問ですみません。

細胞ベースの化合物のHTSスクリーニングというのはないのでしょうか?(例えばレポーター遺伝子を使ったスクリーニングとか)



>強制発現系の細胞を作ろうとしたら、パテントが抑えられていたり。

そのパテントって強制発現させる遺伝子に対してってことでしょうか???
返信する
いろいろとご返答 (SIU)
2006-10-27 02:20:36
T・E・Iさん

>なんだかわくわくしてきました

わくわくしていただけて何よりです(^^)

6年生ですか、どうですかね。

やっぱり現場に来てからじゃないと

おもしろさや難しさはわかりづらいと思うんですよね。

SIU個人としては4年で学部を卒業した後

十年以内にマスターを取りに戻らなきゃいけない

とか決めれば、本当に自分に必要な知識の習得に

興味をもって取り組めると思うんですけれど…



たていと様、こんにちは。

>創薬研究の中心にいるのは有機化学者ではなく薬理の研究者と考えてもよろしいでしょうか

いえいえ、そんなことないですよ。

SIUが薬理だから薬理中心の書き方になっただけで

化合物を合成する人がいないと絶対に薬は出来ません

たぶん動態や毒性の人が文章を書けば、その部門が中心のように書くはず(笑)

どんなにいい薬理データ(ADMEでもTOXでも可)を

出しても、それを元に化合物をモディファイして

薬効を強くしていくようなアイディアを持つ

鼻の効く合成陣をプロジェクト内に持たないと

そのプロジェクトは絶対に日の目を見ないのです(涙)

だから合成部門はある意味、その製薬会社の命だと思います。
返信する
創薬研究の主導者は (たていと)
2006-10-26 22:48:35
楽しく拝見いたしました。

やはり、創薬研究の中心にいるのは有機化学者ではなく薬理の研究者と考えてもよろしいでしょうか。
返信する
おおお (T・E・I)
2006-10-26 15:05:57
スクリーニング、という単語は、国試勉強の時に漠然と知識として覚えたのですが…具体的なアプローチを見ると、なんだかわくわくしてきました(単純?)

薬学部、六年制になったのだから、薬との向き合い方にはこういうのもあるんだってことを学べるようになると良いのですけどね。
返信する
中枢薬の難しさ (SIU)
2006-10-26 02:54:08
薬作り職人さま、こんにちは。

有用なコメントありがとうございます。



>中枢に作用する薬、特に新規メカニズムの薬剤は、これを動物レベルでチェックするのは至難です。



本当にそうですよね、中枢薬を研究している方の

苦労がしのばれます。



SIUは生活習慣病の仕事が多いのでわりと評価しやすい

パラメーターのことが多いのでホントにそう思います。



エーザイの人と話した時は

「世間で言われているような中枢ターゲットはたいていやってるよ」と

いう話を聞きましたが

コレはコレで新規メカニズムがハズレでも

どれかが当たる(かも知れない)ということで会社的には

問題ないのかもしれません(笑)



もう他社でPhII以降まで進んでいるターゲットだと



POCが取れていると言えると思うのですが

それだとtoo lateなんですよね…(涙)

メガファーマだとそこから人海戦術で

無理やり追いつこうと(というより3番手あたりをめざす)

することもあるとは思いますけど

日本の企業じゃ難しいですよね。



中枢薬はまったくのド素人なので

いろいろと教えてくださいませ。
返信する
in silicoスクリーニングに対する私見 (SIU)
2006-10-26 02:39:16
RukaSuraさん、お久しぶりです。



>『創薬ターゲットの選定法』シリーズとても勉強になります!



そんな、RukaSuraさんにワタシがいろいろ教えていただきたい位で…

書き足りないことや、必要以上に言い切っているところが

あることもわかっているので、恥ずかしいです。

それでもあえて叩き台として書いているのですが…



>ところで、少し前からin slicoスクリーニングという名前を

ちょくちょく聞くようになったのですが、この方法は製薬業界では

どのように捉えられているのでしょうか?



in silicoスクリーニングですか…

コンピューターを使って行うスクリーニングの総称ですよね

総称なので、やることによって実用度が異なってくるのではないでしょうか?



例えば、

武田薬品が数年前からやっている(最近は縮小傾向のようですが)

human genome情報を使って、配列情報から

未知のGPCRを見つけ出したりするのも

(配列から疎水領域と親水領域を探すようです)

in silicoスクリーニングですよね。

その後PCRでクローニングして、CHO細胞などに強制発現することで

評価するわけでin silicoだけでモノが見つかるわけではないですが。



この手法ではいくつかの有望なGPCRが(例えばメタスチンなど)

見つかってきているので、ある程度有用ではないでしょうか?

(社内ではあんまり評判よくないみたいですけど)



あとは友人でX線構造解析をやっている人がいるのですが

彼の仕事はたんぱく質を得て立体構造をきめた後は

酵素や受容体の基質やリガンド(か化合物)のバインディングサイトや

結合様式を予想して、自社化合物ライブラリーから

そこにはまり込む可能性のあるものを、コンピューター上で

探し出すようです。コレもPC上で行うからin silicoといえば

in silicoですよね。薬理の立場から言うと「当たるのか?」って

言うのも本音なんですが(笑)百万単位である化合物を

絞り込んでいけるという意味では有意義ではないかなと…。



あとは他社特許化合物の類似検体をPC上で探せるのは有用ですよね

あ、コレはin silicoスクリーニングではないか…。



よく新聞などに載っている大学などで開発された「in silico」の技術が

創薬に使えるかというとかなり疑問です(副作用予測とか)。



in silicoスクリーニングだけで出来ることは少なく

in silicoで予想したことをウェットな実験系で検証していくというような

うまい組み合わせを考えると有効ではないかな?とSIUは考えております。

以上、SIUの私見です。

…お粗末さまでした(>_<)
返信する
Unknown (薬作り職人)
2006-10-25 06:42:23
>選んだターゲットに作用する化合物を見つけたところで本当にそれが薬になりうるか?



ここが一番の勘所ですね。

中枢に作用する薬、特に新規メカニズムの薬剤は、これを動物レベルでチェックするのは至難です。



って、臨床までPOC確認する訳にもいかないし。

いつも頭が痛いところです。
返信する
勉強になります! (RukaSura(るかすら))
2006-10-25 05:57:40
ご無沙汰してます。



『創薬ターゲットの選定法』シリーズとても勉強になります!

これからの更新も楽しみにしてます。

(プレッシャーを与えているわけではないです・・・)



ところで、少し前からin slicoスクリーニングという名前を

ちょくちょく聞くようになったのですが、この方法は製薬業界では

どのように捉えられているのでしょうか?



私の感覚としては、話題性はあるものの、実用化には程遠いのでは、

と感じています。(素人判断ですみません・・・)



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