先週、法事で京都に行った。およそ2年ぶりの京都だった。
時間が少しだけあったので、妙心寺に行った。
妙心寺は禅寺の総本山で、僕は30年程前近くに住んでいたのだった。
敷地は広大で、ありとあらゆる寺院が重要文化財に指定されている。
そんな建造物の間を、普通の生活道としても通り抜けできるのが妙心寺の魅力だ。
今回、法堂の天井に描かれてある、有名な雲竜図を始めて見学した。
(近くに住んでいる時は得てして見ないものだ。)
いやはや、すごい迫力。
直径12メートルの大きさに描かれた龍が目の前に迫ってくる。
八方睨みといい立つ位置、見る角度によって、龍の表情や動きが変化するように見える。
描かれたのは今から約350年前。
一心不乱にお経を唱え、ふと、上を見上げると、
お香の煙の雲の中から、龍が降りてくるのだろう。
恐るべき発想。現代のCGもとてもかなわない。
妙心寺を抜けると、次は竜安寺…ではなく、竜安寺商店街だ。
この坂道も30年前、僕は歩いていた。
街はさすがに寂れているが、雰囲気は当時のままだ。
この商店街の坂を登りつめたところに、友人の上村の下宿があった。
通りに沿って定食屋があり、角にラーメン屋。
そのラーメン屋の2階が上村の下宿だった。
上村は学生でもあり、詩人でもあった。
「真黒おに」という出版企画社を作り、何冊も詩作を自費出版していた。
彼独特の柔らかい感性で書かれた詩作群は
当時、ボブディランの訳詩者で有名な片桐ユズル氏らからも評価され、
彼の詩人としての才能は二十歳にして開きかけていた。
東京にでも居れば、彼の運命は変わっていたのかもしれない。
彼に始めて会った時、なんて“詩人”なんだろうと思った。
若葉のように、やわらかく、瑞々しく、生きることにひたむきで、
傷つきやすく、しかし光に向かいどんどん伸びていく…
そして、どこかスイッチを入れ間違えたような、
青春時代特有の、取り返しのつかない失敗をしでかすような
危うい感性に満ち溢れていた。
僕はこんな奴にはかないそうもないし、相手にされそうにもない。
たまたま、出会っただけで、それからしばらく会う機会はなかった。
そんな彼の運命を変えたのは事故だった。
酔っ払って、その2階のアパートの階段から落ちたのだ。
頭を強打し、彼は重傷を負い、体の左半身が少し不自由になった。
そして、僕は彼と再会し、いつのまにか彼に
僕の演劇の手伝いをしてもらうようになった。
僕のなんとも未成熟のあせるばかりの、つまらない演劇。
自分の才能のなさを分からずに、
ひとりよがりの表現を続けることの不幸さよ。
気が付く時はもう遅い。
彼の書く詩もどんどん、つまらなくなってきた。
彼は大学をなんとか卒業し、小さな学習塾を始めたが
一人しか生徒は集まらず、彼の熱血ぶりは
その生徒の親には評価されたが、もちろんやっていけるはずはなく、
数年後、失意のまま、両親から故郷の山口に引き戻された。
そんな事を思い出しながら、
僕は荷物をコロコロ引きずりながら
竜安寺商店街の坂道を登りつめた。
汗を拭き、汗を拭き。
そこで、なんとその当時の定食屋、
そしてラーメン屋、その2階の下宿の部屋を見つけたのだ。
反対側には、
彼が入り浸っていた喫茶店「ポポー」の跡も見つけた。
だからといって、何も起こるわけもなく、
誰も通らない昼間の乾いた商店街の景色は止まったようで、
僕の頭の上に大売り出しの旗が風に揺れるだけ。
頭の中には彼の詩のカケラ、「さらばィ!」
という一言だけが、繰り返し、繰り返し思い出されてきた。
あの下宿の部屋の天井や壁には、何も残っていないだろうな。
僕らの勝手なつぶやきだけが、今も飛び交っているのかもしれないけど。
僕は写真を撮り、坂道を下った。
君が今、どこにいるか、
僕が今、どこに向かうか、お互い知る由もないが。
「さらばィ!」
僕たちの時はもうすぐ終わる。
彼の出していた同人誌(彼は商業誌だと言ってた)にも、何度か投稿させてもらっていた。才能には大きな違いはあったけれど…。
何度目かの発刊に際して、片桐ユズルさんに何人かでインタビューしたこともあった。僕が写真を撮った。場所はほんやら洞だった。
僕が上村と頻繁に会っていた頃の下宿は、もうラーメン屋の二階ではなく、その近所となっていた。だから、事故後のことだ。
そして何よりもポポー。何度上村と通ったことだろう。
数年前、ポポーを訪ねた事がある。店は閉店後、10数年を経ていた。お宅に上げて頂き、ママさんといろんな話をした。もちろん、上村のことも。ママさんが元気なうちに会えて本当に良かった。自分だってこんなに年を重ねたのだから。
あの頃、なぜあんなにも上村に惹かれたのか。それは、上村のアウトローとしての、魅力だったのではないかと思う。上村とは、卒業がちかづくと、忙しさに紛れ、いつか疎遠となっていた。誰もが、小さくまとまり、安定の道を模索する中で、上村はその才能ときらめきで自由を見失っていないのだと感じさせてくれたのだ。
定年まで後数年となり、上村のことをよく思い出している。その後、上村の輝きが失われていったかもしれぬとしても、誰も責めることはできないだろう。誰もが、生き続けなければならないのだから。あの頃、確かに君はいて、僕の持っていないものを持っていた。そこに惹かれた自分がいた。それで十分だ。
黒縁の眼鏡の奥の笑顔を僕は忘れない。
タッチが窓際においてあって、
お昼ご飯と夕飯の間に、ずっと居座って、そこのコミック読んだっけ。
仲の良い友達となんどもいったな。
そんな友達もぽつりぽつりと亡くなったり。
時の流れを感じる。
まさか、まさか、この竜安寺道を将来、こんな思いで眺めるとは思わなかった。
竜安寺商店街・・・・・
いったい、何だろう。故郷でもないのに、
不思議な気持ち。
なんとなく、忘れたいような、
忘れたくないような、
不思議な道。