慣用句の「役不足」や「流れに棹さす」や「確信犯」の意味を、日本人の何と60%前後が誤って理解しているという意外な事実が文化庁の日本語に関する最近の世論調査で分かった。この小文をお読みの皆さんは大丈夫だろうか。せっかくだからこれはクイズとして、正解は次回までのお楽しみ。
と書いたのは3か月前。昨年11月であった。2005年はこのクイズの正解からスタートすることにしよう。新聞によれば、2002年11~12月に16歳以上の男女計3000人を対象に調査、73%が回答した結果である。日本に住む日本人でさえ60%前後が間違っていると聞いて、モントリオールに長年住んでおられる方々などは特に不安になられたのでは。いずれにしても、他人に解けない問題があると聞いたら「どれどれ」と覗いてみたくなるのが人情というもの。お待ちかねの正解と最も多かった間違いを御紹介してみよう。なお、二つの数字を足しても100%にならないのは、他の間違った解釈をした人がいたからである。
(1)「役不足」。正しい意味の「力量に対して役目が軽すぎる」を選んだ人は僅かに28%。全く逆に「役目が重すぎる」と考えた人が過半数の63%に上った。例えば、会社で上司から仕事を頼まれたとしよう。「いやあ、それは私には役不足の仕事ですよ」と謙遜のつもりで答えると、実際には自慢してことになってしまう。謙遜するなら「力不足」と言うべきところ。
(2)夏目漱石の名作「草枕」の冒頭で有名な「流れに棹さす」も誤解が多い。本来の意味は「流れと同じ方向に勢いを増すような行為をする」なのだが、正解は「役不足」よりさらに半分以下の12%。64%が全く反対の意味に取って「勢いを失わせるような行為をする」を選んだ。
「草枕」か。確かあったな、と本棚から岩波文庫を見つけて読み返してみる。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。漱石の表現はちょっと捻った「情に棹さす」だった。なるほど、船頭は棹を川底に立てて押し、流れに沿って船を押すわけだから、情に棹させば人情に溺れて流されるということだ。流れに逆らって棹を差すというのでは意味が通じない。
(3)「確信犯」の方はどうだろう。正しい意味は「信念に基づき正しいと信じてなされる犯罪」だが、正答率は16%。これに対して過半数の58%が「悪いことと分かった上での犯罪」と答えている。
新聞に載っていたのは以上3例だが、さらに2つ追加しておこう。これらは、私が誰かと話していたり本を読んでいて「あれ、そういう意味だったっけ?」と首を傾げ、辞典で調べて誤りを確認した表現である。(4)「気のおけない人」を「信用できない人」と思うのは間違い。実は褒めことばで「気を許して付き合うことが出来る人」(5)これは書き言葉だが「閑話休題」。話題をちょっと変えるつもりで使うのはエラー。横道にそれた話を本筋に戻す時に使うのが正しい。
本来は誤用だったが、今ではその間違った意味でしか使われなくなった言葉もある。これが、最後にご紹介したい「豹変」だ。つい最近まで私もその本来の意味を知らなかったが、300万部以上という超ベストセラーになった「バカの壁」(新潮新書:養老孟司著)にそれが書いてあったのである。正直とても驚いた。
「豹変」を国語辞書で引くと「態度・意見などが)がらりと変わること」というような意味が書いてある。私もそれでいいと思っていた。だが、本来の意味はこれでは明らかに不十分なのだと養老氏は言う。正しい意味は何と「自分が誤っていることが分かった時に、きっぱりと言動を変えること」なのだった。我々はよくマイナスの意味で「豹変」を使うが、本来は褒め言葉だったのである。だからこそ、この表現の出典は「君子(は)豹変(す)」なので、それは「立派な人物であるほど度量が大きく、そう出来るから」なのである。目からウロコが落ちた。
だがここで新たな疑問も湧いて来る。「豹変」の様な場合は、誤用と言うよりはむしろ時代に沿った意味の変化だと言うべきではないか。上に紹介した様々な「誤用例」だって、これから先、そうならないとは限らない。今後さらに正答率が100%に近づいて行くのだったら、衆寡敵せず。勝てば官軍だ。誤用が正しい意味になる日だって来ないとは限らない。いや、問うべきは「来るか来ないか」ではなくて、むしろ「それはいつか」なのだろう。言葉だって無常の生き物だと言われるのは結局そういうことなのだ。禅問答めくが、表題の「意味の変化か、間違いか」には「意味が変化すると間違いでなくなる」と答えなくてはいけない。(2005年2月)
応援のクリック、よろしくお願いいたします。
と書いたのは3か月前。昨年11月であった。2005年はこのクイズの正解からスタートすることにしよう。新聞によれば、2002年11~12月に16歳以上の男女計3000人を対象に調査、73%が回答した結果である。日本に住む日本人でさえ60%前後が間違っていると聞いて、モントリオールに長年住んでおられる方々などは特に不安になられたのでは。いずれにしても、他人に解けない問題があると聞いたら「どれどれ」と覗いてみたくなるのが人情というもの。お待ちかねの正解と最も多かった間違いを御紹介してみよう。なお、二つの数字を足しても100%にならないのは、他の間違った解釈をした人がいたからである。
(1)「役不足」。正しい意味の「力量に対して役目が軽すぎる」を選んだ人は僅かに28%。全く逆に「役目が重すぎる」と考えた人が過半数の63%に上った。例えば、会社で上司から仕事を頼まれたとしよう。「いやあ、それは私には役不足の仕事ですよ」と謙遜のつもりで答えると、実際には自慢してことになってしまう。謙遜するなら「力不足」と言うべきところ。
(2)夏目漱石の名作「草枕」の冒頭で有名な「流れに棹さす」も誤解が多い。本来の意味は「流れと同じ方向に勢いを増すような行為をする」なのだが、正解は「役不足」よりさらに半分以下の12%。64%が全く反対の意味に取って「勢いを失わせるような行為をする」を選んだ。
「草枕」か。確かあったな、と本棚から岩波文庫を見つけて読み返してみる。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。漱石の表現はちょっと捻った「情に棹さす」だった。なるほど、船頭は棹を川底に立てて押し、流れに沿って船を押すわけだから、情に棹させば人情に溺れて流されるということだ。流れに逆らって棹を差すというのでは意味が通じない。
(3)「確信犯」の方はどうだろう。正しい意味は「信念に基づき正しいと信じてなされる犯罪」だが、正答率は16%。これに対して過半数の58%が「悪いことと分かった上での犯罪」と答えている。
新聞に載っていたのは以上3例だが、さらに2つ追加しておこう。これらは、私が誰かと話していたり本を読んでいて「あれ、そういう意味だったっけ?」と首を傾げ、辞典で調べて誤りを確認した表現である。(4)「気のおけない人」を「信用できない人」と思うのは間違い。実は褒めことばで「気を許して付き合うことが出来る人」(5)これは書き言葉だが「閑話休題」。話題をちょっと変えるつもりで使うのはエラー。横道にそれた話を本筋に戻す時に使うのが正しい。
本来は誤用だったが、今ではその間違った意味でしか使われなくなった言葉もある。これが、最後にご紹介したい「豹変」だ。つい最近まで私もその本来の意味を知らなかったが、300万部以上という超ベストセラーになった「バカの壁」(新潮新書:養老孟司著)にそれが書いてあったのである。正直とても驚いた。
「豹変」を国語辞書で引くと「態度・意見などが)がらりと変わること」というような意味が書いてある。私もそれでいいと思っていた。だが、本来の意味はこれでは明らかに不十分なのだと養老氏は言う。正しい意味は何と「自分が誤っていることが分かった時に、きっぱりと言動を変えること」なのだった。我々はよくマイナスの意味で「豹変」を使うが、本来は褒め言葉だったのである。だからこそ、この表現の出典は「君子(は)豹変(す)」なので、それは「立派な人物であるほど度量が大きく、そう出来るから」なのである。目からウロコが落ちた。
だがここで新たな疑問も湧いて来る。「豹変」の様な場合は、誤用と言うよりはむしろ時代に沿った意味の変化だと言うべきではないか。上に紹介した様々な「誤用例」だって、これから先、そうならないとは限らない。今後さらに正答率が100%に近づいて行くのだったら、衆寡敵せず。勝てば官軍だ。誤用が正しい意味になる日だって来ないとは限らない。いや、問うべきは「来るか来ないか」ではなくて、むしろ「それはいつか」なのだろう。言葉だって無常の生き物だと言われるのは結局そういうことなのだ。禅問答めくが、表題の「意味の変化か、間違いか」には「意味が変化すると間違いでなくなる」と答えなくてはいけない。(2005年2月)
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♪年の初めのためしとて 終わりなき世のめでたさを
松竹立てて門ごとに 祝う今日こそたのしけれ ♪
「1月1日」の歌ですね。この「ためし」の意味は何ですか、と
今日のクイズ番組で出題されてました。
20人ぐらいの解答者(各分野で有名人達)で、正解者なしでした。
漢字では「例」だったのですね。ですから、習慣、しきたり、先例で、それなら歌の意味も解ります。
実は、私も今日知りました。小さい頃から何度も歌っていたのに。
そう言えば、「そんな事は聞いたためし(例)がない」って言いますね。
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