24年間日本語を教えたモントリオール大学を2012年6月に退官した際、ちょうどいい潮時かと思って「日本語ものがたり」を連載77回目で終わらせて頂きました。ところが先月故小畑精和明治大学教授のお悔やみ記事を書きましたら、「日本語ものがたり」の再開を友人数人から強く勧められてしまいました。退職以来、以前より時間の余裕が出来ましたので、「それでは忘れた頃に時々…ということで」、という条件でお引き受けました。恐らくは数か月に一回といったペースで、のんびりと行きますので、どうぞ今後ともよろしくお付き合いください。
休んでいた間にこれという名案が浮かんだという訳でもないのですが、面白いと思ったことは何回かメモしておきました。今回はそんな中から一つ取り上げてみようと思います。日本語を教えていて、学生から幾度となく言われたのが次の言葉でした。
「日本語って、話すのは思っていたよりずっと簡単ですね。でも読み書きが大変です」
そうなのです。モントリオール大学は母語がフランス語の学生が大多数なので、日本語は先ずフランス語と比べられます。ご存知のようにフランス語は、その複雑な文法規則が学習者の悩みの種です。代表的な例を挙げれな、名詞なら全てに男性・女性の区別があること(テーブルTableは女性で机Bureauは男性)、動詞なら主語によって人称変化(=活用)すること(日本語の「食べます」に対応するフランス語の文はJe mange, Tu manges, Il(Elle) mange, Nous Mangeons, Vous mangez, Ils(Elles) mangent.と8つもある)などでしょうか。私も、大昔に日本の大学で初めてフランス語の勉強を始めた時、一番驚いたのが何十頁にも及ぶ動詞変化表でした。「何でこんな厄介な物があるんだろう」と思ったものです。
これに対して日本語の何と簡単なことでしょう。男性名詞、女性名詞もなければ、動詞の人称変化もありません。人称変化は、英語のように、「元はあったのに無くなった」のではなく、始めからないのです。名詞に性別がない!動詞が活用しない!と大朗報が続いて、毎年九月の一年生の最初のクラスは「何だ、思ったよりずっと楽じゃん!」と学生はハイファイブやらガッツポーズやら。すっかり「楽勝ムード」に包まれたものでした。
その一方で、書き言葉は確かに大変です。アルファベットはたったの26ですからね。46ずつある平仮名とカタカナを覚えるだけで息が切れます。やれやれ両仮名がマスター出来たと安心していたら、およそ2000もある漢字という山脈がその向こうに高くそびえています。
ただ、最近の嬉しい傾向としては、外国語としての日本語を学ぶ人が増えたことに伴って、そうした人の目に触れる雑誌や看板などには漢字に振り仮名(ルビ)を付てくれるようになったことがあります。こうすれば平仮名さえ読めたら大丈夫ですし、知らない漢字にもだんだん目が慣れてきます。それから、フランス語だけでなく、英語だって発音とスペルがかなりいい加減だと言うことも忘れてはなりません。一方、日本語の両仮名は、書かれた通りに読めばいいのです。日本でも近代文学の時代には全ての漢字にルビが振られた、いわゆる「総ルビ」の時代がありました。ルビ(振り仮名)を使えば初級の学生にも間違いなく読めて、日本語はさらにマスターしやすい言葉となります。
最近、インターネットで見て面白かった動画を紹介しましょう。英語では単語のスペルを眺めていても、しかも日常生活によく使われる簡単な単語でもその発音は当てにならないということをジョークに仕立てたものです。この叔父さんが、こんなことを言っています。言語学で使うIPA(国際発音記号)の方が正確ですが、ここでは片仮名でお許し下さい。
「おーい、みんな、ちょっと聞いてくれ。英語は叔父さんの母語なんだけどさ、こいつが実にフザけた言葉なんだぜ。何たって、スペルと発音がてんでんバラバラなんだから。簡単な単語で説明するから見てくれ。(とカードを出して)先ずはBomb(爆弾)だ。この発音は?そうだ、ボゥムだろ。それじゃ最初の文字だけ変えたTomb(墓)はトゥムかい?いやはや。トゥムでなくてこっちはトゥームなんだってさ。ボゥムと同じ母音なのはなかったっけ?いやある。例えばコゥムComb(櫛)だ。あれ?コゥムがいいならCをHに代えただけのホゥムもそうかい?いや、これが駄目なんだ。ホゥムという単語は、HombでなくてHomeと書けってさ。じゃ次に、HomeのHをSに変えたSome(幾つかの)はどうだい?ソゥムでいいのか?ダメダメ。この発音はサムだもんね。どうしてこんなにめちゃくちゃなのに、誰も文句を言わないんだ? 俺は知りたいね。誰か教えてくれよ。あれ?サムと言えば似た発音のナム(無感覚の、痺れた)があったな。じゃスペルはNomeか?これがまた大違い。ナムはNumbって書けってさ。あきれっちゃうよ。Numbと同じ発音の単語はDumb(馬鹿)だ。そう。これで分かったろ。英語は綴りと発音が全くばらばらのDumbな、おバカな言葉だってことさ」
最後のオチで出す写真がこれです。表情からして大変説得力のあるオジさんではないでしょうか。(2014年3月)
応援のクリック、どうぞよろしくお願い申し上げます。
休んでいた間にこれという名案が浮かんだという訳でもないのですが、面白いと思ったことは何回かメモしておきました。今回はそんな中から一つ取り上げてみようと思います。日本語を教えていて、学生から幾度となく言われたのが次の言葉でした。
「日本語って、話すのは思っていたよりずっと簡単ですね。でも読み書きが大変です」
そうなのです。モントリオール大学は母語がフランス語の学生が大多数なので、日本語は先ずフランス語と比べられます。ご存知のようにフランス語は、その複雑な文法規則が学習者の悩みの種です。代表的な例を挙げれな、名詞なら全てに男性・女性の区別があること(テーブルTableは女性で机Bureauは男性)、動詞なら主語によって人称変化(=活用)すること(日本語の「食べます」に対応するフランス語の文はJe mange, Tu manges, Il(Elle) mange, Nous Mangeons, Vous mangez, Ils(Elles) mangent.と8つもある)などでしょうか。私も、大昔に日本の大学で初めてフランス語の勉強を始めた時、一番驚いたのが何十頁にも及ぶ動詞変化表でした。「何でこんな厄介な物があるんだろう」と思ったものです。
これに対して日本語の何と簡単なことでしょう。男性名詞、女性名詞もなければ、動詞の人称変化もありません。人称変化は、英語のように、「元はあったのに無くなった」のではなく、始めからないのです。名詞に性別がない!動詞が活用しない!と大朗報が続いて、毎年九月の一年生の最初のクラスは「何だ、思ったよりずっと楽じゃん!」と学生はハイファイブやらガッツポーズやら。すっかり「楽勝ムード」に包まれたものでした。
その一方で、書き言葉は確かに大変です。アルファベットはたったの26ですからね。46ずつある平仮名とカタカナを覚えるだけで息が切れます。やれやれ両仮名がマスター出来たと安心していたら、およそ2000もある漢字という山脈がその向こうに高くそびえています。
ただ、最近の嬉しい傾向としては、外国語としての日本語を学ぶ人が増えたことに伴って、そうした人の目に触れる雑誌や看板などには漢字に振り仮名(ルビ)を付てくれるようになったことがあります。こうすれば平仮名さえ読めたら大丈夫ですし、知らない漢字にもだんだん目が慣れてきます。それから、フランス語だけでなく、英語だって発音とスペルがかなりいい加減だと言うことも忘れてはなりません。一方、日本語の両仮名は、書かれた通りに読めばいいのです。日本でも近代文学の時代には全ての漢字にルビが振られた、いわゆる「総ルビ」の時代がありました。ルビ(振り仮名)を使えば初級の学生にも間違いなく読めて、日本語はさらにマスターしやすい言葉となります。
最近、インターネットで見て面白かった動画を紹介しましょう。英語では単語のスペルを眺めていても、しかも日常生活によく使われる簡単な単語でもその発音は当てにならないということをジョークに仕立てたものです。この叔父さんが、こんなことを言っています。言語学で使うIPA(国際発音記号)の方が正確ですが、ここでは片仮名でお許し下さい。
「おーい、みんな、ちょっと聞いてくれ。英語は叔父さんの母語なんだけどさ、こいつが実にフザけた言葉なんだぜ。何たって、スペルと発音がてんでんバラバラなんだから。簡単な単語で説明するから見てくれ。(とカードを出して)先ずはBomb(爆弾)だ。この発音は?そうだ、ボゥムだろ。それじゃ最初の文字だけ変えたTomb(墓)はトゥムかい?いやはや。トゥムでなくてこっちはトゥームなんだってさ。ボゥムと同じ母音なのはなかったっけ?いやある。例えばコゥムComb(櫛)だ。あれ?コゥムがいいならCをHに代えただけのホゥムもそうかい?いや、これが駄目なんだ。ホゥムという単語は、HombでなくてHomeと書けってさ。じゃ次に、HomeのHをSに変えたSome(幾つかの)はどうだい?ソゥムでいいのか?ダメダメ。この発音はサムだもんね。どうしてこんなにめちゃくちゃなのに、誰も文句を言わないんだ? 俺は知りたいね。誰か教えてくれよ。あれ?サムと言えば似た発音のナム(無感覚の、痺れた)があったな。じゃスペルはNomeか?これがまた大違い。ナムはNumbって書けってさ。あきれっちゃうよ。Numbと同じ発音の単語はDumb(馬鹿)だ。そう。これで分かったろ。英語は綴りと発音が全くばらばらのDumbな、おバカな言葉だってことさ」
最後のオチで出す写真がこれです。表情からして大変説得力のあるオジさんではないでしょうか。(2014年3月)
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私も実はずっとそう思ってた!、あ~なるほどそういうことね、と、いちいち共感しながら読みました。日本語を勉強する外国人が増えることが、争いを亡くすことにつながる…すてきな視点ですね。国語が好きな日本人でいることが、正解だった、と思えました。ありがとうございました。
素敵なコメント、ありがとうございます。お返事遅くなってすみません。こんな素晴らしい日本語を話している日本人が、いくら防衛の為の戦争だったとは言え、あの不幸な大東亜戦争を始めてしまったのが残念です。その最大の理由が何だったのか、百田尚樹さんの『海賊と呼ばれた男』(講談社文庫)に書いてありました。ご興味があったら一読をお勧めします。