金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

第78回「故小畑精和先生を偲んで」

2014-04-05 15:50:13 | 日本語ものがたり
昨年11月23日のことです。「悲しいお知らせです」という表題のメールが突然舞い込みました。
差出人は飯笹佐代子先生(東北文化学園大学准教授)。飯笹先生とは、その2ヶ月前に、モントリオール、オタワ、
さらにケベック市と三都市八日間に及ぶ研究旅行に(私は通訳として)ご一緒したばかりです。そして
その「悲しいお知らせ」とは小畑精和先生(明治大学政治経済学部教授)の訃報だったのです。死因は下咽頭癌。享年61歳でした。

小畑教授とは長いお付き合いです。モントリオールと東京で何度となくお会いして、
気心の知れた友人でした。私の方が一歳年上ですが、気持ちとしては「同い年」で、呼び方も単に「小畑さん・金谷さん」でした。
モントリオール南岸の拙宅にも数回来て頂いたことがあります。

下の写真は2012年3月17日のものです。今にして思えばこの時が私にとっては小畑さんとの今生のお別れとなりました。
写真左の小畑さんは既に癌に冒され、「激痩せ」された姿に驚きましたが、本人は元気そのもの。「だってさ、やり残した仕事があるから
すぐ死ぬわけに行かないんだよ」と豪快に笑っていました。右は明治大学政治経済学部の大六野(だいろくの)学部長です。
ご一緒にラヴァル大学と明治大学の交流協定締結にケベック市を訪れた後、モントリオール大学東アジア研究所にも
寄って下さり、市内の日本レストラン「桜」でお昼をご一緒したときのスナップです。



小畑さんと私には「ケベックに魅せられた」という共通点があり、それで波長が合ったのだとしか思えません。
京都大学文学部仏文科を卒業後、小畑さんはさらに大学院に進んでフランス文学の研究者となります。
85年に明治大学政治経済学部の講師、88年に助教授、95年には教授とトントン拍子に階段を駆け上りました。

そしてその間に小畑さんとケベックの運命的な出会いがあったのです。1992年から94年の2年間、
モントリオール大学の客員研究員として家族で当地に住まれて以来、小畑さんの研究テーマはフランス文学から
ケベック文学へと大きく舵を切りました。帰国後、2004年に明治大学国際交流センター副所長、
2008年には同所長、また2006年2月には明治大学にカナダ研究所を立ち上げて
その初代所長に就任しました。

その後、小畑さんの行動範囲は明治大学という枠を越えてしまいます。それが2008年10月に自ら創立した
日本ケベック学会です。こちらも、小畑さんが始めからつい最近まで会長を勤められました。

こうした小畑さんの「日本とケベックの架け橋」ぶりは当然ケベック州政府の注目するところとなりました。1998
年にはアジアから初めての「北米フランス語の普及功労賞(L'ordre des Francophones d'Amerique)」を受賞します。
また、2003年には自分のケベック文学の研究を集大成と言える『ケベック文学研究:フランス系カナダ文学の
変容』(御茶ノ水書房)に対して「カナダ首相出版賞審査員特別賞」が贈られています。

小畑さんの思い出話は幾らでも出来ますが、印象に残っている言葉に「僕は日本でバイリンガルだったからケベックが
面白いと思った」があります。生まれは東京ですが、お父上の転勤によって生後すぐ大阪府に引っ越されたんですね。それで小学、
中学、高校、さらには大学までずっと関西で過ごしたので、「家では東京言葉、学校友達とは関西弁」の「バイリンガル」
だったことから、北米のフランス語圏であるケベックに違和感なしに溶け込めたと言っていたものです。

小畑さんは著作、翻訳を含めて沢山の本を出版しています。本が出来る度に私に贈ってくれました。真新しい表紙を
開くと、そこには必ず座右の銘である「一陽来復」がペンで書いてありました。よく知られている
普通の意味は「冬が去り、また春が来る」ですが、これにはもう一つの意味があります。それは「悪いことが
長く続いたあとでようやく良い方に向かうこと」です。小畑さんの病気に対する戦いだけはこの通りにならなかった
ことが残念でなりません。小畑さん、お疲れさまでした。安らかにお眠り下さい。(2014年2月)

(追記:小畑先生の主要著作はアマゾンで購入出来ます。特に下記三冊をお勧めします)
「カナダ文化万華鏡:赤毛のアンからシルク・ドゥ・ソレイユへ」(明治大学リバティブックス2013)
「ケベックを知るための54章」小畑精和、竹中豊他 (明石書店2009)
「やあ、ガラルノー」ジャック・ゴドブー著、小畑精和訳(彩流社1998)

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