金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

第81回「シルエット、サンドイッチ、レントゲン:これら3語の共通点は?」

2014-11-24 19:22:09 | 日本語ものがたり
 「夕焼けの空に富士山のシルエットが美しい」という文の中の「シルエット」とは影絵のことで、輪郭だけの黒い実景のことを言います。また「サンドイッチ」は、ご存知の様に、薄く切った二枚のパンの間に肉や野菜、卵などを挟んだ軽食のことです。日本語では中に入れる具材を前に付けて「ハムサンド、カツサンド、ツナサンド、野菜サンド」などと呼ばれることもあります。また、和製英語で「サンドッチ・マン」は自分がサンドイッチに挟まれた食材になったかのように、二枚の広告板を体の前後にぶら下げて歩く人のことです。アメリカでも「sandwich man」という言葉は使われるのですが、その意味は「サンドイッチ製造販売人」のことで「広告マン」の意味はありません。三つ目の単語はレントゲン。これは普通はレントゲン写真のことで、エックス線を照射して体内の様子を可視化した画像を意味します。日本語においては、医療機関で使われるのがレントゲンで、空港などで手荷物検査の場合には「エックス線検査」と別な呼び方をされることが多いようです。面白いことに、日本の病院でレントゲンと言うところを英語では「X-ray」あるいは「radiograph」、仏語も同様に「rayon X」や「radiographie」と言われます。
  
  さて、ここで表題のクイズです。シルエット、サンドイッチ、レントゲン、これら3つの単語に共通点があります。それは何でしょうか。今回のタイトルを見て、すぐ答えに気づいた読者もいることでしょう。そうです。これら3つの言葉は、全て実在の人名が起源になって出来たものなのです。以下、それぞれの単語の起源を簡単に説明しましょう。一体どんな人物の名前がどういう理由で普通名詞になったのでしょうか。

  (1)シルエットは18世紀フランスの大蔵大臣、エティエンヌ・ド・シルエット(Etienne de Silhouette: 1709-1767)の名前が起源です。当時の国王はルイ15世でしたが、その父親である太陽王ルイ14世が対外戦争と浪費に明け暮れたせいで国は深刻な財政難に陥っていました。そこでシルエット大臣は節約の為に肖像画は費用のかからない影絵にせよと勧めたと言われています。これが「シルエット」と呼ばれる技法となりました。

 (2)サンドイッチはイギリス人です。(1)のシルエット大臣とほぼ同時代の第4代サンドイッチ伯爵(Earl of Sandwich: 1718-1792)から来ています。伯爵ですから貴族ですが、シルエット氏と同様に政治家でもあり、海軍大臣を務めていました。ではこの食べ物はシルエット大臣のように、サンドイッチを食べることを伯爵が庶民に勧めたのでしょうか。そうではないのです。結構有名なエピソードですからご存知の方も多いでしょう。サンドイッチ伯爵は困ったことに大変な賭博好きでした。ただでさえ海軍大臣として多忙な毎日なのに、チャンスを見てはロンドン市内の賭博場で終始ゲームに熱中していたのです。恐らくは、今で言う、病理としての「ギャンブル依存症」だったのでしょうね。当時の伯爵の様子を活写した評伝が残っています。「サンドイッチ伯爵はロンドン市内の賭博台で24時間を過ごし、終始ゲームに夢中になっていたので、二枚の焼いたパンにはさんだ少しの牛肉を食べる他に生きてはおられず、ゲームを続けながらこれを食べる。この新しい食べものは、私のロンドン滞在中に大流行した。発明した大臣の名前で呼ばれた」(ピエールジャン・グロスレ『ロンドン』1770)

 (3)最後のレントゲン、これはX線の発見と上記の医療手法を発明したドイツの物理学者、ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen:1845-1923)の名前から来ています。レントゲン博士はこの功績により、1901年に第一回ノーベル物理学賞を受賞しました。これまでに紹介した三名のうちで一番長生きで、喜寿の77歳に亡くなりました。世界最初のレントゲン写真が残っていすが、それは6歳年上の愛妻、アンナ・ルードヴィッヒの左手です。その薬指にはレントゲンが贈った結婚指輪を嵌められており、誠に心がほのぼのとします。私は、これが医学の発展に記念すべき写真であることを一瞬忘れてしまいました。

 因みに、この写真が撮られた1986年は奇しくもノーベル賞に名前を残すスウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel:1833-1896)の亡くなった年に当たります。ノーベルは無煙火薬(ダイナマイト)の発明者として有名で、その特許料で莫大な財産を得ましたが、自分の発明したダイナマイトが土木工事のみならず戦争のような平和破壊にも大量破壊兵器として使われることに罪の意識を感じていました。そこで「罪滅ぼし」の為に、自分の財産の大半を基金としてノーベル賞が本人の死後、遺言によって制定されたのです。今日でもレントゲン写真のない医療が考えられないように、人を殺すのではなく命を救うために偉大な貢献をしたレントゲンに第一回のノーベル物理学賞が贈られることは、もしまだノーベルが生きていたら大賛成したことでしょう。

  こうして見ると、シルエット、サンドイッチ、レントゲン、そしてノーベルの順にフランス、イギリス、ドイツ、スエーデンと様々な国籍が並んでいます。いずれもさまざまな言葉に名前を残した歴史上の人物であったと言えましょう。この4名が天国で会って話をしていると想像してみました。すると、「この中で、自分の名前が残ったことで一番恥ずかしいのは僕だよ」とぼやいている人がいます。どうやら、その声の主は、命名の理由から自分がギャンブル依存症であったことが分かってしまうサンドイッチ伯爵の様でした。(2014年11月)

応援のクリック、どうぞよろしくお願い申し上げます。



 2009年7月7日からのアクセス数
 現在の閲覧者数
コメント   この記事についてブログを書く
« 志村建世さんのブログ:意見... | トップ | 武田鉄矢さんの「今朝の三枚... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日本語ものがたり」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事