2006-2015 ひねくれた日常

資本主義の欲望にまみれた日常生活はとても楽しい。いつまで楽しく暮らせるのだろう?いつまでも楽しく暮らすために考えよう。

人のせいにする

2007年01月12日 | Weblog
よく、指示待ち人間なんていいます。

何でそうなったか考えると、学校で指示されたことをやるように、教育されたからだと思えるんです。

学校で何かやるときには、まず、「先生に聞かなきゃ。」って、思ったものです。

学校にいるときは、言われたことだけやっていました。

というか、後で思ったことですが、学校の生活というのは、スケジュールがほとんど決まっていて、それに従うだけです。

スケジュールの通りに進めるために、そのつど、先生や、リーダー格の生徒が全体に指示を出していたんです。

学校の生活では、授業で習ったことを暗記したり、理解したり、という頭の使い方はしましたが、自分の一日の暮らし方については、言われたままに学校内で動くだけで、頭は使っていませんでした。

たまに、運動会や、学園祭など、行事のときに、非常に小さな自分の持分の仕事をやることがあったりする。

そんな時、小さなアイデアの実行や、少しの判断を私がするのだけれど、「こんなことしてもいいのかな?先生に聞かなきゃ」と、いちいち、思ったわけです。

私の場合、思い返せば、完全に人におまかせの生活をしてました。

おまかせの暮らしは楽です。

責任が無い。

何かあれば、人のせいです。

自分は全然悪くない。



学校の総合学習では、例えば、

遠足かなにか、みんなを連れてどこかに行く。というような企画をやってみる。

そうすると、誰かいなくなったりする。

大変です。問題発生です。

企画立案して班長になった子どもには、責任が発生していたことが分かります。

連れて行かれた子どもたちには、責任は無いみたいに見える。




私は、昔、学校時代は、連れて行かれる子どもの役ばかりでした。

責任なんか感じたことが無かった。

言われたことだけやっていた。




ところで、大人になっても、何でも人のせいにする人っています。

学級崩壊も対策をとらない学校にも責任あると思いますが、親にも責任はある。

自分の子どもをちゃんと育てなくてはいけません。

学校が悪い、先生が悪い、の一点張りの人います。

そんな風に簡単に考えられたら楽です。

人の悪口を言うときは、自分にも悪い点は無いのか?と、考えてみる。

攻撃をするときは、正当性は大丈夫か?と、冷や汗が出る。

自信がない。これでいいのか?

いつも迷っている。

その割には、すごい悪口を言っているけど。

本当はすごく小心で、ビクビクしながらやっている。


人のせいにする前に、自分にも何か責任が無いか考えてみたい。






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