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★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

だぶりと動く

2015-05-13 23:37:51 | 文学


 私は十銭の木戸銭を払って猛然と小屋の中に突入し勢いあまって小屋の奥の荒むしろの壁を突き破り裏の田圃へ出てしまった。また引きかえし、荒むしろを掻きわけて小屋へはいり、見た、小屋の中央に一坪ほどの水たまりがあって、その水たまりは赤く濁って、時々水がだぶりと動く。一坪くらいの小さい水たまりに一丈の霊物がいるというのは、ちょっと不審であったが、併し霊物も身をねじ曲げて、旅の空の不自由を忍んでいるのかも知れない。正確に一丈は無くとも、伯耆国淀江村のあの有名な山椒魚だとすると、どうしたって七尺、あるいは八尺くらいはあるであろう。とにかくあの淀江村の山椒魚は、世界の学界に於いても有名なものなのである。知る人ぞ知る、である。文献にちゃんと記載されてあるのだ。

――太宰治「黄村先生言行録」