前回に続き、これも尊敬する先生から紹介いただいた本。
本当に、いつも読み応えがある本を手渡してくださって、心から感謝します。
これは、小説ではなく、著者のある一時期を切り取った自伝的なお話。1970年から2年あまりという短いけれど濃密な出来事で埋め尽くされた期間のお話です。
ブルガリアという遠い国。そこに集まる各国の留学生たちが、まざまざとその個性を浮かび上がらせます。著者である日本人YOKOを取り巻く20代から40代までの留学生たちの国籍は、ベトナム、ルーマニア、エジプト……など。例えば、夏の海のように濃い青の瞳を持った白い肌の女性、またある一人は若やいだ草のにおいがする逞しい男性。
登場人物たちは、各々の分野で留学生として国を代表していて、医師、歌手、科学者、言語学者、と並々ならぬ努力家であり、また多くの留学生の親たちは故郷の要職についています。
YOKOが最初に日本人であるがために、つき当たった出来事のひとつが、ベトナムの女子学生たちからの冷たい態度でした。ベトナムから見た日本は、同じアジアでありながら同胞を裏切った「アジアではない国」として激しい憤りを感じる国。そのことは、その国から来たという留学生に、怒りの感情をぶつける十分な理由になるのです。
読み進めていくうちに、YOKOは、単に物事をはっきり断れない優柔不断な日本人なのではなく、非常に強い意志と覚悟を持ってブルガリアにやってきた、ある意味へんくつな女性である、そんなキャラクターが滲み出てきます。そして、周りの人々はそんなYOKOに心惹かれるのだろう、濃密な人間関係を持つようになります。
けれど、思いがけず短い期間のうちに、別れはやってきます。
親友は、理由も話せないまま突然行方をくらまし、後に、西ドイツへ一家で亡命したことがわかります。更に彼女は単身ロサンゼルスへ。
仲良くなったエジプト人は、国を追われ、ブルガリアからアルジェリアへ。
そして、何より、YOKOと特別に強い絆を結んだベトナム人のグェンは、ベトナム戦争の終焉間際に戦地に戻り、約束したソフィアへの帰還は叶わなくなってしまいます。
文章というものは、なんと奥深いものか、と思うのは、今ここに書いたことが、翻訳家である著者八百板洋子氏の澄み切った筆致によって、まるで自分自身が経験しているかのようにありありと、その人間達の生き様を感じさせ、一人ひとりの意志が伝わってくること。
社会の中の人間、という視点でみると、私たちも、今の日本の社会情勢の中で、少なからずその環境の波にのまれながら生きているのだ、ということになるのだけれど、この本を読むと、あまりに自分が近視眼的すぎることにはっとさせられます。
ある点では個人的な愛、そして大きな視点では人間愛を描いた、詩的だけれど社会的な要素を持つ、重みのある本でした。
こんなことを言っては身も蓋もないのですが、当時の世界情勢を特異な環境で肌で感じたYOKOさんと同じような体験を、自分は正直、これからもできないと思います。
でも、その「肌で感じた感覚」をほんの少しでも共に感じることができたという意味で、この本を世に出してくださった著者に感謝します。
個人的には、被差別の解放運動をテーマにした「橋のない川」(住井すゑ著)という本を20代の時に読み、個人が社会と関わり、長い道のりを経ながらもその社会を変えてゆくということについて、目の醒める思いをしたのですが、それに通じる読後感のある本でした。
「ソフィアの白いばら」 著者:八百板洋子 発行:福音館書店 1999年初版発行
本当に、いつも読み応えがある本を手渡してくださって、心から感謝します。
これは、小説ではなく、著者のある一時期を切り取った自伝的なお話。1970年から2年あまりという短いけれど濃密な出来事で埋め尽くされた期間のお話です。
ブルガリアという遠い国。そこに集まる各国の留学生たちが、まざまざとその個性を浮かび上がらせます。著者である日本人YOKOを取り巻く20代から40代までの留学生たちの国籍は、ベトナム、ルーマニア、エジプト……など。例えば、夏の海のように濃い青の瞳を持った白い肌の女性、またある一人は若やいだ草のにおいがする逞しい男性。
登場人物たちは、各々の分野で留学生として国を代表していて、医師、歌手、科学者、言語学者、と並々ならぬ努力家であり、また多くの留学生の親たちは故郷の要職についています。
YOKOが最初に日本人であるがために、つき当たった出来事のひとつが、ベトナムの女子学生たちからの冷たい態度でした。ベトナムから見た日本は、同じアジアでありながら同胞を裏切った「アジアではない国」として激しい憤りを感じる国。そのことは、その国から来たという留学生に、怒りの感情をぶつける十分な理由になるのです。
読み進めていくうちに、YOKOは、単に物事をはっきり断れない優柔不断な日本人なのではなく、非常に強い意志と覚悟を持ってブルガリアにやってきた、ある意味へんくつな女性である、そんなキャラクターが滲み出てきます。そして、周りの人々はそんなYOKOに心惹かれるのだろう、濃密な人間関係を持つようになります。
けれど、思いがけず短い期間のうちに、別れはやってきます。
親友は、理由も話せないまま突然行方をくらまし、後に、西ドイツへ一家で亡命したことがわかります。更に彼女は単身ロサンゼルスへ。
仲良くなったエジプト人は、国を追われ、ブルガリアからアルジェリアへ。
そして、何より、YOKOと特別に強い絆を結んだベトナム人のグェンは、ベトナム戦争の終焉間際に戦地に戻り、約束したソフィアへの帰還は叶わなくなってしまいます。
文章というものは、なんと奥深いものか、と思うのは、今ここに書いたことが、翻訳家である著者八百板洋子氏の澄み切った筆致によって、まるで自分自身が経験しているかのようにありありと、その人間達の生き様を感じさせ、一人ひとりの意志が伝わってくること。
社会の中の人間、という視点でみると、私たちも、今の日本の社会情勢の中で、少なからずその環境の波にのまれながら生きているのだ、ということになるのだけれど、この本を読むと、あまりに自分が近視眼的すぎることにはっとさせられます。
ある点では個人的な愛、そして大きな視点では人間愛を描いた、詩的だけれど社会的な要素を持つ、重みのある本でした。
こんなことを言っては身も蓋もないのですが、当時の世界情勢を特異な環境で肌で感じたYOKOさんと同じような体験を、自分は正直、これからもできないと思います。
でも、その「肌で感じた感覚」をほんの少しでも共に感じることができたという意味で、この本を世に出してくださった著者に感謝します。
個人的には、被差別の解放運動をテーマにした「橋のない川」(住井すゑ著)という本を20代の時に読み、個人が社会と関わり、長い道のりを経ながらもその社会を変えてゆくということについて、目の醒める思いをしたのですが、それに通じる読後感のある本でした。
「ソフィアの白いばら」 著者:八百板洋子 発行:福音館書店 1999年初版発行