まにあっく懐パチ・懐スロ

古いパチンコ・パチスロ、思い出のパチンコ店を懐古する
(90年代のパチンコ・パチスロ情報がメイン)

ザ・祭りII(SANKYO、ハネモノ)

2016-07-17 00:07:27 | ハネモノ


1992年(平成4年)にSANKYOから登場した
新要件ハネモノ「ザ・祭りII」

純和風の盤面デザインが、青森の「ねぶた祭り」を彷彿とさせた。
(盤面上部のイラストは「ねぶた隈取」を強く意識した感がある)
そういえば、もうすぐ、ねぶたの季節だな…
「村祭りのお囃子風」の、のんびりした和風BGMも耳に残る。


★賞球…6&13
★最高15ラウンド継続
★ハネ最大開閉回数…18回
★9カウント
★平均出玉…約750個
★同時発表された兄弟機…「ザ・祭りI」

賞球「7&15」で出玉多めの兄弟機「ザ・祭りI」。
盤面やゲージ構成も異なるが、ヤクモノは共通。
コチラの盤面は、浅草の「三社祭」的な雰囲気。

★当時の実戦店…小田急線・読売ランド前駅
「パチンコランド」(現存)など


現在のパチンコランド。本機を置いていた’92年当時とは、
外観が大きく異なる。本機の他にも「オロチョンパI」や
「OL娘II」など、同時期の三共ハネモノをよく打った店。
同店は、かつて西陣や三洋のハネモノ(スーパーブラザース、
パチンコ大賞、スタジアム、ノックアウト等)が多かったが、
この辺りから、ハネモノもデジパチも三共が幅をきかせるように。



’94年のNTVドラマ「家なき子」(第5話)より。女スリ役の菅井きんが
パチンコを打ってドル箱山積みにしている時、箱の上に無造作に置いた
財布をすず(安達祐実)が奪い取って、ダッシュで外に逃げ去るシーン。
この場面で、件の「パチンコランド」がロケ地に使われた。店の明確な
外観が映る唯一のシーンがコチラ(店内映像は、たびたび出てきたが)。
当時は、グレーと赤を基調とした、モダンながらも少し地味な外観で、
正面の左右入口(手押し扉で入る)の他、左右二か所の裏口もあった。
左の裏口(鉄製の重い扉)を出ると換金所があり、そのブースの下で、
いつも一匹の猫が、のんびり寝ていたことを思い出す。

コチラは’94年の映像だが、本機が導入された’92年初夏も、同じ作り。
少し前の91年末、店舗の「大規模改装」が行われたことも覚えている。
改装前は、トタンで出来た安普請のプレハブ建物(店内も板張床)で、
正面の駐車場側から見える「パチンコランド」の大きな電飾ネオンが、
夜になるとギラギラ目立っていた。
(この古めかしい頃のパチンコランドをとらえたドラマや映画が無いか、
もう長いこと「捜索活動」を続けているが、いまだに出会えずにいる…)

だが、91年末の改装後は、そんな昭和チックなネオンも消えてなくなり、
ちょっとガッカリしたものだ。

なお、この改装を機に、店内設備も大きく変った事を付け加えておく
(各シマの中央にジェットカウンター設置、そのカウンターに置けば
勝手に玉が落ちるタイプのドル箱を導入、台間の玉貸機に上皿直通の
「レール」が設けられた、従来のハネモノシマがパチスロシマになった、
紙幣両替機から出てくる小銭が百円玉から五百円玉になった。休憩用の
ドリンクコーナーや休憩ベンチが新たに設置された、など)。



おっと、どうでもいい思い出話ばかりが続いた。本筋に戻そう。


ヤクモノ上段に「神輿」(みこし)、下段に傾斜のついた「水平回転盤」、
そして神輿の左右には、コミカルな二人の「オヤジ(神輿の担ぎ手)」。
いかにも当時のハネモノらしい、「庶民的」空気が漂っていた本機。
(「チープ」との表現は、メーカーに失礼な気がするので…)


(通常時)

提灯をかたどったハネに拾われた玉は、上段ステージを手前から
奥に転がると、ステージ最奥部にある「神輿」にアプローチする。

この時、上段ステージ中央奥に向かった玉は、神輿の中に入るが、
上段左右奥に流れた場合は、神輿の左右外側から下段に落ちる。
即ち、上段での玉のルートは、中央と左右の、計3パターン。

かくして、上段から落下した玉は、真下の大きな回転盤に乗る。



きっちり水平ではなく、傾斜のついた紅白の回転盤。
「祭り太鼓」のイメージで、インパクト十分だった。
この変則的な形が、下段での玉の動きを不規則にして、
ゲーム性にいっそうの「幅と奥行き」を与えた訳だ。

通常時、この回転盤は、反時計回り(左回り)⇒停止⇒
時計回り(右回り)⇒停止⇒左回転と、左右反転を繰り返す。
まぁ、行ったり来たりするのみだが、歪んだ回転盤が
左右交互に回っているだけで、味わい深い動きに見えた。

左右オトシで1回、ヘソで2回ハネが開く。開閉時間はオトシ0.5秒、
ヘソが0.5秒×2。大きな特徴として、ハネ開放後、回転盤は直前の
挙動に拘わらず、必ず「左回り」にクルクル回転を始める。
つまり、「鳴き」と「左回り」がセットになっていたのだ。

この左回りがクセモノで、落下した玉は、盤の傾斜と遠心力で左方向に転がり易い。
V穴は手前中央にあるが、左方向に転がった玉は、大抵、V左脇のハズレ穴にとられる。
即ち、ハネ始動後の左回転の動きが、V入賞率を大きく下げる要因となっていた。

このとき、上段中央から神輿の内部を通れば、下段中央奥に落ちた玉が、
回転盤の上を直進して、Vに入り易いのではないか、と思うかもしれない。
だが、神輿を通った玉は落下時に勢いが弱まり、回転盤の影響を受け易く、
却って左のハズレに流れ易い。また、盤の中心に設けられた「突起」が
玉の直進を邪魔するので、V入賞は案外と難しかった。

但し、回転盤の傾斜の高い方が「奥」、低い方が「手前」の瞬間に落下すれば、
傾斜が丁度よいスロープの役目を果たして、玉をVに導くケースも生まれた。


一方、上段ステージ左右に流れた玉が、神輿の両サイドから落下した場合、
回転盤の端に勢いよく乗った玉が、遠心力に負けず転がるケースも増える。
特に、回転盤に乗った玉が、左右の壁にクッションする格好で中央に戻り、
巧くVを射止めるパターンが頻繁に見られた。即ち、上段ルートでいえば、
中央よりも左右ルートの方が、V入賞率もアップ。

だが、回転盤に乗って手前に来た玉が、わずかに逸れて左右に逃げる事も多く、
「あっ、惜しい!」と、思わず地団太を踏むことも。アナログ故のアツさである。



(大当り時)

首尾よくV入賞すると、上段奥の神輿の内部に、最大4個まで貯留可能となる。
当然、貯留数が多いほど、継続もし易くなる。但し、貯留解除まで回転盤は
通常時と同じ「左回り」のままなので、V入賞率は特段アップしない。


ハズレ3カウント後、またはハネ15回開閉後、貯留解除となる。
神輿の貯留玉は一斉に落下して、回転盤にアプローチ。ポイントは、
解除後、回転盤がそれまでの左回りではなく、「右回り」になること。
当然、貯留玉は、盤の傾斜と遠心力で、右方向に転がる。さらに、
これも「ミソ」だが、回転盤の右側には、小さな「突起」があって、
右方向へ転がった玉が、突起にぶつかって中央へ戻るようになっていた。
この突起の力により、解除された玉は手前中央のVに入り易い。
貯留3~4個なら継続は容易いが、クセ悪台だと「パンク」も多発。


なお、本機では「ダブル(セミダブル)」のチャンスもあった。
最終15ラウンド目、8カウントまで普通に拾わせて、8カウントで
打ち出しを一旦停止。このとき、ハネ開閉回数を数えておいて、
17回目のハネ開閉が終わった瞬間、打ち出しを再開。巧くいけば、
18回目(ラスト)のハネ開放時に、9個目を拾わせることができる。

本機の特徴として、最終ラウンドは大当り中にも拘わらず、
回転盤は最後まで「左回転」だが、18回目のハネ開閉後のみ、
Vに入り易い「右回転」に切り変わる。この僅かなチャンス
タイミングを狙って、ダブルを取りに行くという作戦だった。

後は、9個目がヤクモノに残っているうちに、始動チャッカーへの
入賞があればVが有効となり、右回転する回転盤に乗った玉が、
Vに導かれてダブル発生となる。偶然に頼る部分も大きいが、
最終ラウンドを適当に打つよりも、遥かに出玉増のチャンスとなった。

なお、このテのダブル(セミダブル)は、当時の三共のハネモノに、
多く見られた特徴である(無論、他社にもダブルを狙える台はあったが)。



(余談)


本機に存在し、兄弟機に無かった「大入」チャッカー。
ヘソ上部に位置したが、センサーはなく、通過しても
ハネが開く事はない。ハッキリ言ってただの「飾り」。

一時期、ここを通過し易い台は、ヘソの入りが良いと
勘違いしたこともあるが、ヘソに向かうメインルートは、
この「大入」チャッカーを通る「真上ルート」ではなく、
横からヘソの三角クギに向かう「左右ルート」がメイン。

ここを通ると「ドドン」と太鼓が鳴る仕掛けでもあれば、
少しは面白くなったと思うが…。