冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

墨染桜 (中編)

2006年04月17日 | 金剛双子×瀬那
「雲水さん、阿含さん」
瀬那は振り向き、嬉しそうに笑みを深くする。だが双子の方は対照的に、強張った
表情だ。兄の雲水はまだしも、弟の阿含の表情など、まるで悪鬼の相を呈しており、
普通の人間なら足が竦んでしまうところである。だが瀬那は特に臆する様子も無く、
変わらず笑みを湛えている。

まずは阿含がツカツカと歩み寄ってきた。そしてむんずと瀬那の頭を覆う白い絹布を
掴み、取り去る。あっという間の出来事に、瀬那は一瞬、何が起きたのか理解出来
なかった。一拍おいてようやく、彼女は驚愕の表情と声を出す。
「な、何するんですかぁ!?」

阿含は阿含で瀬那のツンツンの短い髪に驚いていたのだが、瀬那の抗議の声で我
に返ると、地を這うように低い、ドスの利いた声で凄んだ。
「テメェ…人に断りもなく何ふざけた真似してやがる……」

瀬那は思わずビクリと身を縮こませた。まだ入り口の所に立っていた雲水は、瀬那
の尼僧姿を見て弟同様、目を大きく見開いていたのだが、阿含の様子と瀬那の怯え
た表情を見ると、慌てて二人の傍に走り寄った。

「よさんか、阿含!瀬那が怯えているだろう」
「ああ゛? じゃあ何か、お優しいオニーサマは従妹のこの妙ちくりんな格好が全然
気にならないってか? そーかそーか、似たような進路選択だもんなぁ~?」
阿含の怒りはエスカレートする一方、このままでは瀬那に手を上げかねないと判断
した雲水はとりあえず、ストレートに瀬那を向いている弟の怒りの矛先を逸らすため、
何故急に尼の形を始めたのかと瀬那に問うた。雲水は雲水で、多大に困惑して
いたのである。

「だって、僕もう今日で中学卒業しますし、高校に進学するつもりはないから……
これでやっと修行始められると思って……少しでも早く院主様のお役に立ちたかっ
たし……」
瀬那は自分を「僕」と言う。別に少年のように振る舞うのが好きな訳ではなく、単に
尼寺に引き取られたばかりの頃、人見知りばかりしてなかなか友達の出来なかった
瀬那とよく遊んでくれたのが、養母の尼の甥にあたる金剛兄弟だったので、瀬那も
つい自分を男の子のように錯覚し、「僕」と言っていたのが、そのまま癖になって
しまったのだ。

瀬那のオドオドとした答えを、義理の従兄にして昔から一番近しかった男の友達の
一人─あくまで瀬那にとっての感覚であったが─は、冷笑と共にバッサリと斬り
捨てた。
「ケッ、未だに般若心経すら満足に暗唱出来ねぇテメェが修行だと? 笑わせんな」
阿含の指摘に瀬那はシュンとしてしまう。確かに、お経の中で最も短いと言われる、
僅か262文字の般若心経の読経にさえ、しばしば躓く彼女だった。義理の従兄弟達
と違い、それほど頭が切れる訳ではなく、ややもすれば「鈍い」とまで評されてしまう
瀬那。本人は何事にも一生懸命なのだが、如何せん結果が伴わないことが殆どなの
である。

「阿含、言葉が過ぎるぞ」
再び雲水が弟を注意する。他者の心情を慮ることに長けた雲水は、たとえ弟と同じ
疑問を抱こうとも、瀬那を無闇と傷つけるような発言は決してしない。無骨な手で
そっと瀬那の頭を撫で、厳しい表情をやや緩めると、「気にするな」と瀬那を慰めた。
穏やかな年長の従兄の優しい言動に、瀬那は俯いていた顔を上げ、再び嬉しそうな
顔になる。

一方阿含は、兄と従妹の醸し出すほのぼのとした雰囲気に疎外感を味わい、イライラ
を更に募らせていた。このままでは自分が悪者にされるだけで、本題がうやむやのまま
になってしまう。実際には阿含自身、自分が善人だなどとはまったく思っていないし、
普段なら他者からの非難など歯牙にもかけないのだが、こと瀬那に関する執着心だけ
は人一倍あるが故に、不本意ながらも彼にしては珍しく、最大限の忍耐力をもって一旦、
その怒りを抑え込んだ。そして不機嫌さは相変わらず滲ませながらも、先程までと比べ
ればかなり落ち着いた表情と声で、再び言葉を発する。
「ババァもいつも言ってんじゃねーか、別におめーまで尼になる必要はねえってよ」
「だから、院主様のこと“ババァ”って呼ぶのやめて下さいっていつも言ってるのに!」
瀬那は先程までの阿含に対する怯えはどこへやら、両手を強く握り締めて抗議すると、
頬をプゥと膨らませた。まだまだ幼稚さが抜け切らない彼女のそんな様子に、表にこそ
出さないものの、阿含は心の中でだけ満足気に笑った。いつも通りのこいつだと。
瀬那の額に軽くデコピンを放つと、彼女から奪い取った白絹をヒラヒラと振り回しながら、
阿含はさっさと寺の中へ入っていった。

あいつは一体いつになったら、好きな子をいじめて気を引こうとする、幼稚園児の域から
抜け出せるのだろうと、弟の言動に苦笑しつつも、瀬那に対する感情が男女間の甘やか
なものだとは決して認めようとしない弟の頑なさに、兄の雲水は心中、密かに安堵して
いた。三人の中で一番大人びた思考力を持つ雲水は、心身ともに未だ幼さが色濃く残る、
義理の従妹への淡い恋心を、既に自覚していたからである。
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