ご注意下さい!瀬那を女の子としている上、付け焼刃の仏教知識が出てまいり
ます(ある意味、宗教に対する冒涜かと)。「そういうのはちょっと……」と思われた
方には、読まないことをお勧め致します。
暖かな光が燦々と降り注ぐ中、寺の裏庭に佇む少女は桜貝のように小さな唇を
綻ばせ、静かに微笑んでいた。春爛漫の極彩色の中にあって、彼女だけは春に
相応しくない、薄い墨染めの法衣に身を包んでいる。だがつつましい色彩しか
持っていない筈のその姿には、何とも言えない可憐な魅力が溢れており、庭に
咲き誇る艶やかな花々にも、不思議と見劣りするものではなかった。
少女の名は小早川瀬那と言う。幼い頃に両親を交通事故で失い、尼寺の住職を
務める遠縁の女性に引き取られた。尼は瀬那を血を分けた我が子のように慈しみ、
瀬那もまた彼女を実の母のように慕っていた。そのまま何事も無く、穏やかな日々
が続いてゆくのだろうと思われていた二人だったが、瀬那の中学卒業が近付くに
つれ、彼女の将来に関して、双方の意見はしばしば衝突するようになっていった。
尼は瀬那に、ごく平凡な女性としての幸せを掴んでほしいと望んでいた。しかし
淋しがり屋の瀬那は、大好きな養母から離れたくなかったのと、これまで愛情
深く育ててくれた彼女への恩返しのため、尼となり、寺を継ごうとしていたので
ある。
まだ未成年のこととて、尼の許可無しに剃髪することは当然許されなかった。
しかし、中学の卒業祝いに何を望むかと問われた瀬那が迷うことなく、法衣の
着用を許してほしいとせがむと、養母もとうとう根負けし、一日限りとの条件
付きで、可愛い養女の願いを叶えてやることにしたのである。
「お前ぐらいの年頃なら、普通はもっと明るくて、綺麗な服を着たがる筈なのに……」
苦笑する養母を尻目に、瀬那は大満足だった。つぶらで澄んだ瞳は誇らしさで
キラキラと輝き、細い指先から華奢な手首にかけては、瀬那の清らかな心を
結晶化したような水晶の数珠がかけられ、これまたキラキラと陽光を反射して
輝いている。頬は嬉しさのあまり、紅を刷いた訳でもないのに薄紅色だった。
はらはらと、瀬那の滑らかな象牙のような額と、頭部全体を覆う白絹の上に、先程
からひっきりなしに桜の花びらが零れ落ちている。滑らかな絹地の下には、昨日
までは清楚な尼削ぎだった褐色の髪が、まるで少年のような印象を他者に与える
ほどの長さにまで短くされ、隠されている。法衣を着せてもらうのに、俗世の象徴
である髪は少しでも短くし、本物の尼に近付きたいと思っていた瀬那が、決して
器用とは言えない危なっかしい手つきで、躊躇うことなく切り落としてしまったのだ。
おしゃれのためではないのだから、自分で切れば十分と、彼女は思ったのである。
どうせ、いずれはすべて無くなるものなのだから、とも。
瀬那には、尼になることを諦める気などさらさら無かった。
「「瀬那!」」
条件付きとは言え、今日ようやくにして法衣の着用を許可されるに至るまでの、
養母とのこれまでのやりとりを苦笑交じりに思い返しながらも、この上ない満足
感に浸っていた彼女の名を、二つの声が同時に呼んだ。
よく似た声ではあったが、一つは穏やかさと寛容に満ち、しかしどこか厳しさも
含む、耳に心地良い低音の響き。もう一つは荒々しく、いっそ暴力的ですらあり
ながら、どこか無邪気な子どもらしさをも感じさせる声音。
前者は雲水、後者は阿含、瀬名の義理の従兄に当たる双子の兄弟が、庭の入り
口に立っていた。
ます(ある意味、宗教に対する冒涜かと)。「そういうのはちょっと……」と思われた
方には、読まないことをお勧め致します。
暖かな光が燦々と降り注ぐ中、寺の裏庭に佇む少女は桜貝のように小さな唇を
綻ばせ、静かに微笑んでいた。春爛漫の極彩色の中にあって、彼女だけは春に
相応しくない、薄い墨染めの法衣に身を包んでいる。だがつつましい色彩しか
持っていない筈のその姿には、何とも言えない可憐な魅力が溢れており、庭に
咲き誇る艶やかな花々にも、不思議と見劣りするものではなかった。
少女の名は小早川瀬那と言う。幼い頃に両親を交通事故で失い、尼寺の住職を
務める遠縁の女性に引き取られた。尼は瀬那を血を分けた我が子のように慈しみ、
瀬那もまた彼女を実の母のように慕っていた。そのまま何事も無く、穏やかな日々
が続いてゆくのだろうと思われていた二人だったが、瀬那の中学卒業が近付くに
つれ、彼女の将来に関して、双方の意見はしばしば衝突するようになっていった。
尼は瀬那に、ごく平凡な女性としての幸せを掴んでほしいと望んでいた。しかし
淋しがり屋の瀬那は、大好きな養母から離れたくなかったのと、これまで愛情
深く育ててくれた彼女への恩返しのため、尼となり、寺を継ごうとしていたので
ある。
まだ未成年のこととて、尼の許可無しに剃髪することは当然許されなかった。
しかし、中学の卒業祝いに何を望むかと問われた瀬那が迷うことなく、法衣の
着用を許してほしいとせがむと、養母もとうとう根負けし、一日限りとの条件
付きで、可愛い養女の願いを叶えてやることにしたのである。
「お前ぐらいの年頃なら、普通はもっと明るくて、綺麗な服を着たがる筈なのに……」
苦笑する養母を尻目に、瀬那は大満足だった。つぶらで澄んだ瞳は誇らしさで
キラキラと輝き、細い指先から華奢な手首にかけては、瀬那の清らかな心を
結晶化したような水晶の数珠がかけられ、これまたキラキラと陽光を反射して
輝いている。頬は嬉しさのあまり、紅を刷いた訳でもないのに薄紅色だった。
はらはらと、瀬那の滑らかな象牙のような額と、頭部全体を覆う白絹の上に、先程
からひっきりなしに桜の花びらが零れ落ちている。滑らかな絹地の下には、昨日
までは清楚な尼削ぎだった褐色の髪が、まるで少年のような印象を他者に与える
ほどの長さにまで短くされ、隠されている。法衣を着せてもらうのに、俗世の象徴
である髪は少しでも短くし、本物の尼に近付きたいと思っていた瀬那が、決して
器用とは言えない危なっかしい手つきで、躊躇うことなく切り落としてしまったのだ。
おしゃれのためではないのだから、自分で切れば十分と、彼女は思ったのである。
どうせ、いずれはすべて無くなるものなのだから、とも。
瀬那には、尼になることを諦める気などさらさら無かった。
「「瀬那!」」
条件付きとは言え、今日ようやくにして法衣の着用を許可されるに至るまでの、
養母とのこれまでのやりとりを苦笑交じりに思い返しながらも、この上ない満足
感に浸っていた彼女の名を、二つの声が同時に呼んだ。
よく似た声ではあったが、一つは穏やかさと寛容に満ち、しかしどこか厳しさも
含む、耳に心地良い低音の響き。もう一つは荒々しく、いっそ暴力的ですらあり
ながら、どこか無邪気な子どもらしさをも感じさせる声音。
前者は雲水、後者は阿含、瀬名の義理の従兄に当たる双子の兄弟が、庭の入り
口に立っていた。